羽付きナイトフライト
かみやりみ
羽付きナイトフライト
今日が金曜日でよかった。
足早にトイレの個室へ入って乱暴に鍵をかける。どさりと便座に腰を降ろすと、キリコは勢いよく額を膝に付けて短く息を吐いた。そしてすぐに顔を上げてスマホを取り出すと、SNSにメッセージを飛ばす。
今夜、家で餃子パーティーしない?
退勤後、近くのスーパーで野菜を見ているとスマホにリリカからの着信が入った。
『キリちゃん、お疲れー』
いつものんびりとした声が耳に染み込んで、ほっと安堵する。それで知らぬ間に体が強ばっていたことに気が付いた。
「お疲れ。バイト終わった?」
『うん。キリちゃんは買い出し中?』
「そうだよ」
『おっけー。着替えたらそっち行くね』
「ありがと、助かる」
スーパーの場所を伝えると、
『りょーかーい』
と、やはりのんびりと返事が返ってきたので、キリコは少しだけ唇を緩めて通話を終了した。スマホをポケットにしまうと、カートを押しながら必要な食材をカゴに入れていく。野菜コーナーから順に回り、一通り集めたところで不意に後ろから肩を叩かれた。
あまりにも突然のことに心臓が大きく脈打って、喉の奥から「ヒッ」と空気が漏れる。
「キーリちゃん。おつおつ~」
慌てて振り向くと、リリカがひらひらと小さな手を振りながら立っていた。
「ねぇー! もう、びっくりさせないでよ! お疲れ!」
「それでもちゃんとお疲れって言ってくれるの、律儀でウケる~」
ケラケラ笑いながら隣に移動してきたリリカはカゴの中身を覗き込んで「材料選んでくれてありがとねぇ」とのんびりと礼を言う。
「とりあえず定番の材料は入れたんだけど、違う味も作る?」
「いいねー。エビとかチーズとか、キムチも美味しそう!」
「よし! じゃあ、どんどん入れていこう」
そうして思いつくまま手当たり次第にカゴに食材を入れていく。リリカが何気なく手にとって美味しそうと呟いたお菓子も「いいよ入れな」とキリコはカゴに入れさせる。
「今日は私持ちだから」
「えーいいよぉ、出すって」
「いいのいいの。私が言い出しっぺだからさ」
急な招集にせめてそれくらいはと提案するキリコに、「じゃあさ」とリリカは提案する。
「お酒代は私とシノちゃんで出すよ。今日バイトすんごい忙しくてさー、わたしもめっちゃ飲みたい気分なんだよねぇ。シノちゃんも残業でヘトヘトだろうし、何せ華金だしね!」
親指を立てて見せるリリカに、キリコは切れ長の目を少しだけ丸くして、それからふわりと緩めてみせた。無邪気なリリカの笑顔が、胸の奥にじわりと染みてあたたかい。
「ありがと。じゃあ、お願いしようかな」
「うんうん! 好きなの選びな~」
「じゃあ、いつも発泡酒だから今日は生ビールにしよっ! お高いやつ」
「いいよいいよぉ、どんどん入れてこう!」
目を輝かせて大股で歩き出したキリコの後を追って、リリカも楽しげに酒コーナーへ向かう。
途中、気を利かせたリリカがもう一つカゴを持って来たので、好きなだけ酒を入れていくと、あっという間に空のカゴはいっぱいになった。
会計を済ませて駐車場の方へ歩いていると、二人のスマホが同時に鳴った。SNSの共通グループにメッセージが入っている。
「お。シノブ、仕事終わったんだ。今日はだいぶ早いね」
「おぉーよかったぁ。今日餃子パーティーだから、頑張って早く終わらせてくれたんじゃない?」
「ふふ、そうかも。とりあえず、『お疲れ。買い出し終わったから家においで』っと」
キリコがメッセージを送信するとすぐに既読がつき、『了解』と吹き出しのついたキャラクターのスタンプが返ってきた。ほんわかとした絵柄の猫が元気よく片手を振り上げている。
すかさずリリカが『シノちゃんの好きなお酒もいっぱい買ったよー』とメッセージを送った。やはりすぐ既読がつき、先ほどのネコが飛び跳ねながら喜んでいるスタンプが送られてきたのを見て、二人はくすりと笑い合いながらキリコの車に乗り込んだ。
スーパーから約十分、ひっそりとした郊外にあるアパートの駐車場でキリコの車は停車した。
中身のぎっしり詰まったエコバッグを持って外階段を上がり、鍵を開けて部屋に入る。
「ただいまぁ~」
「はい、おかえり。ただいまー」
「はい、おかえりぃ~」
勝手知ったる部屋の明かりをリリカが付けていくのを、家主は後ろからついて行く。
エコバッグを調理台に置き、荷物や上着をリビングに置くと交代で手を洗って食材を出していく。キリコがボウルやフライパンなどを用意している隣で、冷蔵庫に酒類を入れていたリリカが「もー我慢できん!」と缶を二本取って一本をキリコの顔の前に差し出した。
「とりあえず一回乾杯しよ! 作る前にガソリン入れなきゃ」
労働後の自炊は気力がいるもの。キリコはにやりと頬を緩め、差し出された缶を受け取った。そして二人はかしっとプルタブを開け、念願のアルコールに緩んでいく頬と叫び出しそうな衝動を抑えるように「かんぱーい」と小さく絞り出してコツンとぶつける。
ごくごくと勢いよく流し込むと、よく冷えた炭酸と苦味が喉を滑り落ちていって、濁点の付いた甲高い感嘆が二人の口から同時に漏れた。
「あー美味しい。染みるぅ」
「はぁー、やっぱりこれだよねぇ。最高ー!」
「よし! エンジンかかってきた」
「そんじゃあ、やりますかー!」
缶を調理台に置いて、まずは手分けして野菜類を切っていくことにした。
千切りキャベツの袋を開けたリリカは、中にキッチンバサミを突っ込んでチョキチョキとみじん切りにしていく。その横でキリコはニラと小口ネギをシンクで洗い、ざっと水気を切る。そして、何故か新品のキッチンバサミを取り出して開封すると、野菜類を適当にまとめて持ち、ザクザクとボウルの中へ細かく切り刻み始めた。
「待って。キリちゃん家、なんでキッチンバサミ二本あるの?」
「これさ、会社の忘年会のビンゴ大会で当たったやつ。そういえばあったなと思って、開けてみた」
「ナイスじゃん。ウケる。」
んふふふ、と鼻に抜ける笑いを残し、やがて二人は目の前の作業に集中して無言になった。
ザクザクと無心で野菜たちを切り刻みながら、キリコの意識は自然と日中の記憶へと飛んでいく。
お前に言ってるわけじゃないんだから、関係ないだろ。
ぐわん、と頭の中にリフレインして思わず息が詰まる。隣のリリカに悟られないように平静を装いながら、ザクザクと野菜たちをキッチンバサミで切り刻んでいく。するとだんだん目が痛くなってきて、アイメイクも気にせずキリコは手の甲を目に押し当てた。
うるせぇよ、馬鹿。
口の中で溶かして、唇を噛む。
うーと悶えながらキリコはキッチンバサミを置いて手の甲を目に押し当てたまま天を仰いだ。
「なになに。どうした? 大丈夫?」
リリカがこちらを伺う気配がして、キリコはへらりと口角を歪めた。
「うあー。やばい。めっちゃ目ぇ染みる」
ネギのせいかな、ニラも染みることがあるんだっけ、と、キリコは堪らずに野菜類も置いた。じわじわと痛む目は異物を洗い流そうとして覆っている手の甲をじわりと濡らす。リリカが「キリちゃん。はい、これ」と何かを握らせてきたので目を覆っていた手の甲を外すと、
「いやこれ、キッチンペーパーじゃん」
「ティッシュまで遠かったんだよー」
ぼそりと硬い感触に、キリコはぶはっと吹き出した。涙でぐちゃぐちゃになっている目元にキッチンペーパーをギュッと押し付けると、すっと背中を擦りながら「大丈夫」とリリカが寄り添ってきて優しく語りかけてくる。
「泣いていいんだよ。僕の胸、貸してあげる」
中性的な甘い声音、優しく背中を擦るあたたかさにぐっと鼻が熱くなった。タイミングが悪い。だってこれは、全部ネギやニラのせいなのに。
「……なんでイケボ」
「んふふ。キリちゃんだけの特別サービスだよ。きゅんとした?」
「気持ち悪い」
「ええっ! ひどーい!」
落胆するわりに楽しそうなリリカの笑い声にキリコも釣られて吹き出し、もう一度強くキッチンペーパーを目に押しつけて涙を吸い込ませると「よしっ」と顔を上げて肘でぐいっとリリカを引き剥がす。
「もう大丈夫、ありがとありがと。さ、続きやるよ」
「はぁい」
調理台に置いた缶を取りぐびっと煽り、キリコは全ての野菜類を気合いで一気に切り終えた。リリカが切り刻んだキャベツと共にボウルに入れて、更にひき肉もそこに入れているところでインターホンが鳴った。
「あ、シノブ来た」
「はーい」と勝手知ったる様子でリリカがモニターを操作し、玄関までパタパタと駆けていく。しばらくしてリリカの後ろからシノブが眉尻を下げながら顔を出した。
「お疲れ様。遅くなってごめんね」
「お疲れ。全然大丈夫だよ。むしろいつもより早いじゃん」
「今日は餃子パーティーだから、早く帰らないとって思って。終わってないけど切り上げてきちゃった」
「やっぱりー! そうじゃないかなって、キリちゃんと話してたんだよぉ。嬉しいー! ほらほら、早く荷物置いてきな」
リリカに急かされてシノブは眉尻を下げたまま上着と荷物をリビングに置くと、ゆるくウェーブのかかったロングヘアを大きなシュシュでまとめながらキッチンに戻ってくる。
「今どこまで出来てるの?」
「野菜切ってひき肉入れたところ」
「あとエビも入れようと思って買ってきてあるんだぁ」
「じゃあ、エビのみじん切りしようかな」
手を洗いながらシノブはにこやかに答えた。
いつの間にか冷蔵庫から取り出したらしい缶を、手を拭いているシノブに「まあまあ、シノちゃん」とリリカが差し出してくる。
「とりあえず、ガソリン入れてもらって」
「わ! ありがとう」
早速ぷしゅりとプルタブを開ける音に、キリコも調理台に置いてあった缶を手にして振り向いた。そして自分の缶を持ったリリカがにひひ、と嬉しそうに歯を見せて音頭を取る。
「じゃあ全員揃ったということで、お疲れ様! かんぱーい!」
コツ、コツン、と缶を合わせて、ぐびぐびと喉を潤していく。やがて満足気な甲高い感嘆が一斉に漏れ出た。その様子に三人は顔を見合わせ、大きな笑い声を上げた。
「美味しいー! ビールはいつでも美味しいね!」
「ビールは裏切らないよね」
「二人はすごいなぁ。私、未だにビール苦手だから」
「いや、初っ端からストロング系で飛ばすシノブもすごいと思うよ」
キリコの苦笑いに「そうかな」と眉尻を下げながらシノブは更にぐびぐびと喉を潤す。手元の缶にはレモンの写真とアルコール度数九%の表記があった。
「いやぁ、シノちゃんいい飲みっぷりですねぇ」
「えへへ。みんなで餃子パーティーするの楽しみだったから、進んじゃうな」
「わあお。愛されてるねーうちら」
「恥ずかしいからやめてって」
気の置けない二人からの素直で真っ直ぐな表現は嬉しい。けれど、それがむずむずと胸の奥をくすぐって妙な気持ちになる。キリコは熱くなった耳を誤魔化すようにぐっと缶の中身を煽ると、ボウルの肉だねを力いっぱい捏ね出した。
勝手知ったる様子でシノブがまな板と包丁を取り出して剥きエビを刻み始め、リリカはその横で皮の袋の開封や中に包む用のキムチやチーズの用意など、細々した準備を進めていく。こういうときの三人の連携はばっちりで、餃子作りは円滑に進んでいく。
仕事もこうならいいのに。
混ぜ終えた肉だねの半分を別のボウルに分け、そこにシノブの刻んだエビを入れて混ぜながらぼんやりとキリコは考える。日中の記憶が、心にうっそりと翳りを作る。
「そろそろ包もうか」
まな板と包丁を洗い終え、手を拭きながらシノブが笑う。
「待って。もうビール終わっちゃった! 二本目、いきまーす」
「ええっ、リリカちゃんペース早いね。まだ餃子包んでもいないのに」
「今日はもう、ガンガン飲みたいから飛ばしてくぞー! 二人もいるでしょ?」
返事も待たずにリリカは冷蔵庫を開けて缶を取り出す。眉尻を下げながらも嬉しそうにシノブが受け取り、キリコも上の空で返事を返して受け取った。
ざっと調理台を片付けて三人で横並びになって包む作業を開始する。
すでに缶一本を空けた体は程よくほぐれていた。滑りを良くするために二本目のプルタブを開けたキリコはこくりと一口飲んで、口を開く。
「……今日さぁ。課長にわーって、言っちゃったんだよね」
「おお」とリリカがリアクションし、「うんうん」とシノブが穏やかに相槌を返す。
「あー、あの人間性ド底辺のゴミ課長?」
「香水と体臭が拮抗してるっていう、あの課長の人だよね?」
「自分で二人に愚痴ったとはいえ、散々な言われようでざまあみろ感がすごい」
大袈裟でも無関心でもない、ごく普通の世間話をするような二人の雰囲気にキリコは安堵し、肉だねの中心にチーズを置いてひだを作りながら皮目を閉じていく。
「前から自分のミスの尻拭いを下にさせてたらしいんだけどさ。今日、同期がたまたまアイツのミスを見つけて報告したのね。そしたら『じゃあ別のルートに変えればいいじゃん。それやっといて』って突っ返しててさあ。お前それ自分の案件だろ? なんでそんな他人事みたいなこと言ってんの? って思って」
記憶をなぞりながら話していると、ふつふつとあの時の感情まで蘇ってきて思わず声が大きくなる。荒ぶる感情を静めるように、キリコはまたビールで口内を潤す。
「今まで人づてに聞いてただけだったんだけど、今日初めてそれを目の当たりにしてさ。アイツの横暴さのせいでどんどん人が辞めて、カツカツで仕事回してるのになんで余計に仕事増やすかなって。そう思ったらもう我慢できなくて、言っちゃったんだよね」
それ、課長のミスですよね? 自分のミスぐらい、自分でなんとかしてください。
「おー! 言うねえ、キリちゃん!」
「すごい……はっきり言ったんだね」
ぐっと親指を立てて笑ってみせるリリカの横で、手元の皮にスプーンで肉だねを盛りながらシノブがキラキラと目を輝かせた。キッチンペーパーを引いた大皿に出来上がった餃子を置いて、再び皮を一枚手に取ると肉だねをスプーンで掬いながらキリコは吐き捨てるように言った。
「そしたらアイツ、『お前に言ってるわけじゃないんだから、関係ないだろ』って」
馬鹿にして見下すような目だった。ありありと蘇る光景に思わず唇を噛む。
言外からお前は役に立たないのだと嫌でも感じ取ってしまい、視界が真っ赤に染まった。役に立たないのはお前だろ。再び湧き上がってきた感情がじりじりと全身を焼くせいで、皮を持つ手に力が入り肉だねごと変形していく。
「何も返せなかったよね。だって、その通りだし。結局、同期も引き受けて処理してたのも含めてめちゃくちゃ悔しかったしやるせなかった」
諦めた目で受け流すことができない自分は、抗いながら真っ直ぐに受け止めることしか出来ない。そのことが何よりも悔しくてやるせなかった。
変形してしまった餃子の形を整えながら、ふっと笑うように唇を歪めたキリコは「だから今日は二人と餃子パーティーして色々発散したかったの」と手元に目を向けながら小さく零した。
シノブが手を止めて、すっとキリコに寄り添った。手が粉まみれなので二の腕をぴとりとくっ付けている。
「お疲れ様、キリコちゃん。周りが思ってても言えないことをはっきり言えるキリコちゃんは、かっこいいよ」
そう言ってことりと肩にもたれ掛かった。猫が甘えるような仕草だった。一番遠いリリカが小走りで反対側に回り、シノブと挟むようにして体当たりしてきたかと思うと、首をもたげてグリグリ肩に押し付けてくる。犬がはしゃいで寄ってくるような仕草だ。
「そうだよぉ。キリちゃん間違ったこと言ってないんだから、胸張っていこ! 言いたいこと言えてえらい!」
シノブのふわふわな髪の毛と、リリカのブリーチされた硬めの質感の髪の毛に顔周りを蹂躙されて、耐えきれずキリコは吹き出した。とにかくくすぐったくて、熱くなった目頭から溢れてしまいそうで「やめてよー!」と大声で笑って誤魔化した。そうして三人でくっついたままゲラゲラ笑っていたら結局目尻に滲んでしまったけれど、二人も目尻が滲んでいてもっとおかしかった。
ひとしきり笑って一息つき、隣で笑い疲れたとごくごくと缶を煽る二人に、
「ありがとう」
と小さく言うと、飲みながらこちらを向いた二人は目だけで笑ってみせた。
そこから他愛もない話をしながら包む作業を進めていき、終わった頃には餃子の数は大皿三枚分にてんこ盛りになっていた。果たして食べ切れるかどうかなど、すでに二本目も空けた三人にそこまで考える冷静さはない。
油を引いたフライパンにキリコが餃子を並べて火を付ける。その間にシノブが洗い物を済ませ、リリカが食器棚から皿や箸を準備していると、餃子からパチパチと焼ける音が聞こえてきて、キリコの表情がキリッと引き締まった。
「……!」
片付けや準備をする二人の傍らで作っておいた小麦粉を溶いた水を注ぎ、餃子の周りでジュワーッと勢いよく一気に沸騰するフライパンに素早く蓋をする。ふうと息をついたキリコの傍へ「おおー」と感心しながら二人が寄ってくる。
「焼き上がりが楽しみだね」
「ね~! 焼きはやっぱりキリちゃんが一番上手いからなぁ」
「はは、ありがとありがと」
三本目は焼き上がってからにしようと、うずうずしながら見守ること数分。キリコの眼光がギラッと鋭く光り、「よし!」とフライパンの蓋を開ける。
ぶわりと舞い上がる蒸気と共にもっちりつややかに蒸し上がった餃子が姿を現した。周りには縁がこんがりと色付いた羽根がチリチリと音を立てている。鍋肌からごま油を回し入れ、ぐるぐると円を描くようにフライパンを揺すると、パリッと焼き上がった餃子が剥がれ、次第に餃子全体が羽根ごと動き出した。辺りがふんわりとごま油の良い香りに満ちていく。
シノブから手渡された大皿を裏返してフライパンに乗せると、そこでキリコは一度手を止めて「いくよ」と二人を見た。二人は無言で頷く。
それを合図にして、キリコはフライパンを勢いよくひっくり返した。
「うわあー!!」
フライパンをそっと外すと、こんがりきつね色の羽根に覆われた餃子が現れ、悲鳴にも似た甲高い三人の歓声が響き渡る。
「えっ、やばい! めちゃくちゃ上手く焼けた!」
フライパンと皿をもつキリコの代わりに、二人から割れんばかりの大喝采が送られた。
「すごーい! さすがキリちゃん! めちゃくちゃ美味しそうー!」
「待って! 写真撮ってもいい?」
「撮ろう撮ろう! これは映えすぎる!」
きゃいきゃいと三人で騒ぎながらひとしきりスマホでの餃子撮影会が終わると、リリカは冷蔵庫に走り三本缶を持って来て並べ、
「熱々のうちに食べたいから、もうここで食べよ!?」
と、二人に皿と箸を手渡す。呆れながら、そして楽しそうに笑いながら受け取り、調味料入れに並んだ中からそれぞれのタレを作ると、三人はぷしゅりとプルタブを開けた。
「かんぱーい!」
キッチンで立ったまま、三度目の乾杯を交わしてぐびぐび飲む。そして、一斉に餃子に箸を突っ込むとパリッと羽根が割れる音がして、また歓声が上がった。
キリコはラー油たっぷりの酢醤油。リリカは酢胡椒。シノブはシンプルな酢醤油。それらにつやつやと輝く餃子を浸して、息を吹きかけながら慎重に一口かぶりつく。
パリッと羽根が割れる音。カリカリに焼けた面ともっちりした皮。ぎっしり詰まった肉だねから溢れる肉汁と野菜の甘みと旨み。はふはふと咀嚼しながら、んんー! と三人は悶絶して一気に酒を煽った。
「やばい……美味しすぎる……」
「美味しい~! いやぁ~、ビールが進むねぇ~!」
「本当、美味しい! あ、みんな何餃子だった? 私、エビだったよ」
それぞれが適当に包んで適当に置いて焼いたので、味はランダムになっている。シノブがエビ、キリコはプレーン、リリカはチーズだった。
色んな味の餃子を酒と共に味わいながら、少しづつ皿の中が綺麗になっていく。
「あー……キムチ餃子美味しい……。美味しすぎて今なら飛べるわ」
豪快に一口で頬張ったキリコが、ビールで洗い流した後にしみじみとそう漏らした。
「羽根、付いてるもんね」
シノブが指差す先には、きつね色の羽の付いた餃子たち。「確かに!」とキリコとリリカは手を叩いて笑う。
「こんだけ立派な羽がついてるんだから、遠くまで行けるよ」
「え~、どうする? ハワイとか行っちゃう?」
「行きたーい!」
結局キッチンで立ったまま、酒と餃子を片手に三人はきゃいきゃいと声を上げて笑い合う。
気の置けない友人と、よく冷えた酒と、美味しい餃子があれば、どこにでも行けるのかもしれない。
いつの間にか晴れ晴れとしていた心の中でキリコはそう呟くと、まだ行ったことのないハワイの空を飛んでいく二人に続いて勢いよく飛び立った。
羽付きナイトフライト かみやりみ @kamirimi11
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