魔獣にわからせパンチ

 ジェニファーは強い。

 その体格と体重。

 器用で剛力を誇り、ライオン爪からゴリラハンドに自在に変化する両前足。

 見た目から想像できる以上の瞬発力と跳躍力。

 そして何より、こちらの言うことを正確に理解する優れた知性。

 それらが生み出す戦闘力は、やりようによってはワイバーン級相手にも勝つことが可能なほどだ。

 ……が、それは合成魔獣キメラという枠組みの中で、特別優れた存在であることを意味するか……というと、残念ながらそうではない。

 リノが5歳の時にこの魔獣を生み出したことを思えば充分過ぎる結果だといえるが、それでも人間を遥かに超えた年数を研究に捧げているシルベーヌさんが、多くの中からあえて残しておくような「お気に入りの合成魔獣キメラ」と伍するほどかというと、やはり難しい。

 僕は当然、二頭の間に立ってジェニファーを背に守る。

「シルベーヌさん、彼を落ち着かせてくれませんか」

「まだ石化が芯の方に残ってるからぁ……今、下手に精神系の魔術使うとパーになっちゃうのよぉ」

「どうするんですか。ジェニファーに襲い掛かってきたら僕も指咥えて見てるわけにはいきませんよ」

 ジェニファーは大事な仲間だ。ブラッドサッカーが今後大事な戦力になるとは言っても、ジェニファーを見殺しにしてまで尊重はできない。

 もし、かかってくるようなら……僕が反撃することになる。

 そして僕は「鬼畜メガネ」と言われる由来になるくらい、一度抜けば惨事になる。

「折檻してでも止めて下さい。僕がやると加減が利きませんよ。強い奴なら、なおさら」

「んー……」

 シルベーヌさんは、あくまでのんびりとした顔で。

「ちょっとだけ上下関係教えるのもいいかもねぇ♥ 頭以外の場所をスパッとやっちゃう程度ならいいわよぉ。お爺ちゃんが治せるでしょう?」

「ワシ、合成魔獣キメラの治療とかやらされるんかいのう」

「私がくっつけてもいいけど、私のやり方だと回復じゃなくて再合成になっちゃうから、能力がどう変化するかわからないのよぉ」

 自分の合成魔獣キメラなのにひどい。

 まあ、家族みたいに愛してるリノと違って、彼女にしてみるとあくまでゴーレムなんかと同じような「動く作品」でしかないのかのもしれない。

 ……そして、ブラッドサッカー君は今の会話を聞いて思い留まるほど知力は高くないらしい。石化明けで錯乱してるのかもしれないけど。

 ゆっくり、ゆっくりと、口から瘴気のようなものを吐きつつこちらに踏み出し……僕も覚悟を決める。

「恨むなよ。僕は仲間の方が大事なんだ」

 メガネを押し、腰の剣を握る。

 ブラッドサッカーと目を合わせ、どう斬るかを検討する。

 ……その瞬間、ブラッドサッカーはビクリと足を止める。

「?」

「へー。やるじゃんアイン」

 僕は不審に思っただけだが、ユーカさんは何が起きたかわかったようだ。

「抜きもせずに、殺気だけで初対面のモンスターをビビらすようになったか」

「……殺気なんか出てた?」

「どう殺すか、具体的に考えたろ。そういう時に出るんだよ。殺られる側にとっちゃヒヤッとする感覚が」

「殺すつもりではないんだけどね」

 10分放っておいたら死ぬ程度には酷いことになると思うけど。

 ……どう斬ったら確実に動けなくなるか。

 こいつには四足と翼がある。斬る場所によってはまだ動けてしまう。

 四足だけなら足の一本二本も失えば戦闘不能だが、翼でそれを補って動くというなら、戦闘本能の高さによっては暴れてしまう可能性が高い。

 そうなると余計に斬る必要があって傷が増える。つまりマード翁の手間が増える。

 いくらマード翁でも全長数メートルのブラッドサッカーを……ええい、いちいち名前が長い。もう「ブラ坂」でいこう。

 身体のデカいブラ坂を治癒するとなったら、マード翁でも数秒というわけにはいかないだろう。

 となればできるだけ傷は小さく、それでいて全身が動かなくなる場所がいい。

 その条件だとやはり一番に候補に挙がるのは首……いや、首すっ飛ばしたら死んじゃうよな。

 もうちょっと致命度を下げていこう。

 背骨。腰。やっぱりその辺かな。いくら翼が動いても、そこらが駄目になったら元気には動けないだろう。

 だが、、相手はデカいし簡単に背中を見せてくれるわけもない。

 いきなり「オーバースラッシュ」で一撃して終わりというわけにはいかない。

 どう動いて、どう攻撃するか……アーバインさんの弓ならこういう理不尽なことも可能だったんだろうなぁ。

 と、しばらくの間、どうやってブラ坂を潰すか考え……ふと、フルプレさんに先日言われたことを思い出す。

 ……剣を見る。

 ああ。

 いけるといえばいける。


「よし。……痛いぞ。歯を食いしばれ」


 僕は腰の鞘に納めたまま剣をグッと握りしめ、踏み出し……魔力を込めて剣を、引き抜……かない。

 半ばまで抜き、すぐ戻す。

 パァン!

「ゴォアッ!?」

 しかし、ブラ坂は顔面に衝撃を受けて怯む。

 僕は再び、剣を半ばまで抜いて、戻す。

 繰り返す。

 パァン! パァン! パァン!

 ブラ坂の頭が何度も弾き飛ばされ、彼は何をされているのかわからず混乱している。

 僕のやっていることは、「オーバービート」。

 柄殴りの要領で魔力を飛ばして、ぶちのめす技だ。

 威力はさすがに劣るけど、これならうっかり致命傷になる可能性も低いし。

『ワイバーン如き、初手から正面勝負で頭を叩きのめし続ければすぐ終わる』

 フルプレさんの言う通り、正面から頭を殴り続ける。

 人間だって最初に顔を殴るのは、視界と呼吸を妨害すれば相手から冷静さを奪えるからだ。

 脳味噌も揺れればしめたもの。

 なにも、全身の能力を発揮し合ってやり合わなくても、相手を屈服させることはできる。

 好きにさせない、という意味では、確かにフルプレさんのパワーisパワーの戦い方はアリなのだ。

 不可解な打撃に殴られるのを嫌って、ブラ坂はついに身を翻す。

 立ち並ぶ石化した合成魔獣キメラの森の奥に逃げ出す。

「……しまった。さすがに他の合成魔獣キメラを壊すのはナシですよね」

「うふふ。そこまでしなくても大丈夫よぉ♥ さすがに目も覚めたと思うわぁ」

 シルベーヌさんはやんわりと僕を制止し、奥にいるブラ坂に優しく呼びかける。

「ほら、前から言ってたでしょう? あんまり相手も見ずにイキがっちゃ駄目よぉ、ブラッドサッカーちゃん♥」

「ゴゥ……」

「ちゃんとごめんなさいしましょうねぇ。あっちの合成魔獣キメラと喧嘩しちゃ駄ー目♥ あのこわーいお兄さんが飼い主だからねぇ♥」

「……ゴウゥ」

 すごすご、という感じで石像の森の奥から顔を出し、僕たちの前でゴロンと腹を見せるミニドラゴン。

 降伏の印……なのかな。

「ごめんなさいねぇ。強い相手に怯んじゃいけないから、闘争本能高めに調整したんだけど、昔から寝ぼけて暴れたりして少し危なかったのよぉ」

「大丈夫なんですか、そんな情緒不安定な奴をロゼッタさんの護衛にして……」

「ダンジョンなら隣の部屋に待機させておけば、寝ぼけてどうこうすることはないと思うわぁ」

 ……まあ、居住区画より奥の部屋に待機させれば、確かに大丈夫か。

 ロゼッタさんの目があれば侵入者はすぐにわかるんだから、呼びにいって間に合わない……なんてこともないだろうし。

 奥なら、うっかり補給部隊を攻撃する事態も防げるだろう。

 ……ようやく剣から手を離した僕に、ジェニファーが頭すりすりしてくる。

「ガウ♥」

 感謝の印かな、こっちは。

 ……そしてリノはまたしても不満そう。

「なんかリーダーが飼ってることにされてる……」

「い、いや、それは言葉のアヤってやつだと思うよ?」

「ジェニファーもちょっとは抗議しなさいよ! 私の合成魔獣キメラでしょ、あなた!」

「ガウ」

「……リーダー、なんて言ってるのこれ」

「自分で解釈してよそこは……」

 あんまり温度感のない「ガウ」だったので「まあ……そっすね」みたいな感じだと思うけど。

 僕に懐かなくてもいいから、リノを大事にしてやってほしい。



 ……そして予定通りマード翁は殴られまくったブラ坂の顔を治療してやり、僕たちは再び絨毯に乗って……シルベーヌさんはブラ坂の背に乗って。

「それじゃあ私たちは先にデルトールに戻るわねぇ♥ そっちが到着してからダンジョンに向かうからねぇ♥」

 その翼で空に舞い上がっていく。

 ジェニファーが速いとはいえ、さすがに地を行くもののスピードでそれに追いつくことはできない。

「帰りは安全運転でいこうな」

「ガウ!」

「リーダー、ジェニファー取ろうとしてない? あげないわよ?」

 ジェニファーが先に返事したものでリノが疑心暗鬼になっている。

 他のメンバーもさすがにくすくす笑う。

「そういえば、さっきのは何をやっていたんですか、アインさん」

「ああ、こう……柄殴りを飛ばす感じで魔力をね」

「ほう。騎士団の技にも似たものがあるぞ」

「ところであのドラゴンっぽいの何でブラッドサッカーなんですかね。本当に血が主食なんですかね?」

「だとしたらめちゃくちゃ効率悪そうだよなー。知ってっか、動物の血なんて体重の一割くらいしかねーんだぜ」

「いや、もっと少ねーぞい。1割あるつもりでやってるとその前に死んじゃうんじゃ」

「……マード先生、それどうやって知ったんです?」

瀉血しゃけつっていうやべー民間医術があってのう……色々あってそれやってる奴らの見学とかしたんじゃよ」

 雑談しつつ、僕たちも再びデルトールに向かう。

 暗くなる前に着ければいいけど。

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