魔獣の保管庫

 空飛ぶ絨毯は僕のパーティとシルベーヌさんを乗せて軽快に動き出した。

 ジェニファーが走る速度は普通の馬の駆け足よりも速い。

 というか、昼間の平地で走ることに専念すると、こんなに速いんだ、とちょっと驚いた。

 戦闘中の瞬発的な動きが素早いのは知っていたけど、それって長くて数十メートルの話だ。こんなに走り続ける姿を僕は見たことがなかった。

「リノ、大丈夫ー!? そんな速さで長距離走れるー!?」

 心配になって叫ぶ。風を切る速さなので、ちょっと声を張り上げないと聞こえない。

 リノはこちらに振り向いて叫び返してきた。

「ジェニファーは普通の獣じゃないから!」

 だから大丈夫、ということらしい。

 元々生物として性能が高いのは知っていたけど、こうしてみると本当にモンスターだったら怖すぎるな。

 普通の肉食獣なら、一瞬素早く動ける代わりにスタミナ切れも結構早いんだけど(だから草食獣も最初の一撃をかわせていれば結構逃げ切れる)、この速度で数十キロも走り続けられたら、馬に乗っていても逃げ切れないだろう。

「本当に完成度高い子ねぇ。魔術攻撃ができないというだけで死なせたくない、っていうリノちゃんの気持ちもわかるわぁ」

「シルベーヌさんから見てもそう思いますか」

「力持ちで頭もいいし器用だし、里子に出す前提なら、半端に魔術が使える子よりもずっと喜ばれるんじゃないかしらぁ」

「……でもサンデルコーナー的には、失格、と」

「『家畜のハイグレード』としては素晴らしいけど、合成魔獣キメラというお題目で買う商品としては、お客さんに納得させづらい……というのは、見逃せないんでしょうねぇ」

「うーん」

 まあ、確かに「ものすごく良い家畜」と言われると、そうなのかな、とも思う。

 実際、最初にリノが仲間になった頃、ジェニファーをどういう役回りとして活用するか……っていうのは結構悩んだもんな。僕やクロード以上のアタッカーとして伸びしろを感じるわけでもなし、と。

 これで魔術攻撃、つまり飛び道具も扱えるとなれば、そんな悩み方はしなかっただろう。

 獣の身体能力に魔術攻撃は、もう「なんでもできる」というのに等しく、どんなパーティであれ、即戦力として活躍が期待できる。

 ……とまあ、今でも考えるだけで夢が広がってしまう要素だ。

「サンデルコーナーとしては、ジェニファーが魔術を使える成功作ならどうしたのかな……」

「あっちのことには詳しくないけれどぉ、リノちゃんが合成師として次のステップに行くにはどちらにしろ邪魔なのよねぇ。元々最初の子は『失敗するために作られた合成魔獣キメラ』って可能性もあるわねぇ」

「……処分することまで教育課程に入れる、ってことですか」

「あるいは、充分に育てた合成魔獣キメラを引き取らせる先があるか……合成魔獣キメラといっても情緒を育てるのは大変だもの、そんな手間をかけたくない人はいるでしょうしねぇ。そういう人に、魔術なしの子は基準としてハネられてるのかもねぇ」

「普通は合成師って何年くらい育てるもんなんですか?」

イスヘレス派わたしたちは売る前提の作り方をしないから、それも詳しくはないけどぉ……まあ、赤ちゃんのまま出すと本当に大変だから、大半の動物の身体がある程度完成するくらいの1~2歳ってところじゃないかしらぁ」

 ……それくらいの合成魔獣キメラを作って育てて、人に引き渡し続ける仕事。

 まあ、それこそ馬や牛みたいな家畜だってそんなものだけど。

 リノにはどちらにしろ難しいかもなあ、と思う。

合成魔獣キメラ研究って資金が必要だからねぇ。そうしてハイペースでの合成魔獣キメラ製作の実践と資金調達をサイクル化してるサンデルコーナーのやり方は非難もできないのだけどねぇ……短命種にんげんの時間では、それでも30回作れるかどうかだと思うしねぇ」

「シルベーヌさん的には少ないですか」

「ようやく本格的に分かってくるくらいの回数じゃないかしらぁ」

 エルフはとんでもない長命だ。あのアーバインさんも数十年程度の話は「この前」という感覚のようだし、サンデルコーナーのように効率化した製作システムじゃなくても数十回、あるいは数百回は余裕でこなしているのだろう。

 ……と、言っているところで大きく曲がる崖際の道。

 そのまま行くと僕たちは崖にぶつかってしまう。

「リノ!」

 ジェニファーからは縄で繋がっているだけだ。

 曲がるとしたら早めに旋回しなくてはいけないが……リノはわかっているだろうか。

 果たして。

「……えっ、どうすんのアレ」

 わかっていない。

「シルベーヌさん、減速!」

「ちょっと間に合わないわねえ」

「ええ!?」

「空気の抵抗をつけるだけだから踏ん張るみたいには……」

 言い終わる前に絨毯が壁に叩きつけられる。

 いや、叩きつけられるかと思ったら崖側を「地面」と認識したのか、滑り上がるように絨毯が崖に沿って傾き、持ち上がった。

 激突は免れている……が、僕たち乗員は最終的に垂直に近い角度で振り上げられた絨毯に踏ん張り続けることはできない。

 全員放り出された。

「うわー!?」

「あ、アイン! クロード! 『メタルマッスル』だ!」

「前衛の人たちそれでいいかもですけどうきゃあああああ!!」

「ファーニィちゃん! 目ぇつぶっとれ!」

 僕、ユーカさん、クロード、アテナさんは、放り出された段階で「メタルマッスル」発動して落下ダメージを相殺。

 で、ファーニィは綺麗に放り出されたがマッチョモードのマード翁によってパワーキャッチ。

 シルベーヌさんは……あ、スイーッと空飛んで普通に着陸した。すごい。

「わーっ!? みんなごめん!」

 さすがにリノもびっくりして止まった。

 絨毯は停止したジェニファーの周りを旋回するように一回りして、同じ位置に戻ってきたところをぱしっとユーカさんが受け止める。

「みんな無事ぃ? さすがねぇ。……緊急事態だし私も触ってもよかったのよぉ、お爺ちゃん♥」

「全然慌てとらんから余裕じゃと思うたわい。……あとワシを爺ちゃん扱いするな、ワシよりずっと年上じゃろお前さん」

「つれないわねぇ」

 マード翁、あくまでシルベーヌさんには塩対応。相変わらず谷間を見せつけるすごい衣装なのだけど。

「こういうカーブでは早めに減速、徐行……だね」

「はーい……」

「ガウ」

 とりあえず対策をリノ&ジェニファーと確認し合う。

 曲がり道の多い場所では軽快にすっ飛ばすわけにはいかないな。便利だけど安全第一じゃないと。

 これが荷車なら、牽引家畜が足を緩めれば必然的に後ろも遅くなるけれど、「空飛ぶ絨毯」は全員乗っても人一人で余裕で引いて歩けるので、それだけでは止まれない。

 絨毯の減速術式はジェニファーが足を緩めるより早く発動する必要がある。常に誰か発動準備しておかないとな。

「意外と乗りこなすにもコツがいるなぁ」

 ユーカさんが服の泥を落としながら溜め息をつく。

「メタルマッスル」で肉体的ダメージはなくとも、地面に叩きつけられたのだから汚れは免れなかった。

 シルベーヌさん以外はみんな似たようなものだ。

 まあ、それで済んでよかった……と言うべきだろうか。「メタルマッスル」をユーカさんがみんなに教える前だったら大惨事だったかも。



 そのまま走ったり歩いたりすること半日。

 まだ木の上からならなんとかデルトールが見える、ある谷の洞窟に、シルベーヌさんの合成魔獣キメラは安置されていた。

「この子たちよぉ」

「……見るからに強そうなのがいますね」

「そうでしょう? まあ、とにかく強いのを模索してた時期もあったのよぉ。それでも単体でダンジョンの親玉ボスクラスってわけにはいかなかったのだけどねぇ」

 5メートルある巨大なゴーレム……に似たシルエットの、人型。

 あるいは翼を持った巨大イノシシのような生き物。

 なんだかよくわからないがとにかく大規模な触手生物じゃないかと思われる、大量の紐状の器官の塊もある。

「私一人で乗り回すならエグめの子でもいいんだけどぉ……他の人を守る予定だし、ダンジョンに潜れないのもいけないし……この子かしらねぇ」

 シルベーヌさんが目星をつけたのは、ワイバーン……いや、ドラゴン?

 ワイバーンは二翼二脚だが、その合成魔獣キメラは二翼四脚。

 スタイルだけなら、ドラゴンと同じ。あの水竜アクアドラゴンもヒレ状になっていたものの、その形態だった。

「ドラゴンの幼体……じゃ、ねえよな?」

 ユーカさんも同じ印象を持ったようで、おそるおそるという感じでシルベーヌさんに聞く。

 シルベーヌさんは微笑み。

「ドラゴンは合成魔獣キメラ技術で作れるのか……って、魔術師ならちょっと気になるでしょう? そういうのを目指してみたのよぉ。もちろん、本当にドラゴンにできたわけではないけれどねぇ」

「ありゃ見た目以上に中身がバケモンだからな……」

「ええ。……大きさもちょうどいいし……それじゃあ、目を覚まして、私の可愛いブラッドサッカーちゃん……♥」

 血吸いブラッドサッカーて。

 いや、攻撃的な造形ではあるけどそれ個体名ですか。

 と、言おうかどうしようか迷っているうちに、そのミニドラゴン型合成魔獣キメラはうっすらと光を放ちながら石化を解除されていく。

 そして。

「……ゴオオオオ……!!」

 目覚めて、周りを見渡して。

 遠巻きにお座りして見ているジェニファーを見咎めて、何故か殺気を放ち始めるブラッドサッカー君。

 ジェニファーもさすがにそれを受けて無心の構えとはいかず、毛を逆立たせて臨戦態勢に。

「いや、生きてる合成魔獣キメラ見るだけで問答無用で喧嘩売るの!?」

「あらぁ……そういえばそういう子だったかしら♥」

 笑ってないでなんとかしてシルベーヌさん。

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