対決方針と護衛選び

 ロナルド・ラングラフ。

 僕たちの旅に一度だけ関わり、長らく影を落とし続けている、対人戦において誰もが認める「最強中の最強」。

 僕たちは快調に見えながら、その実ずっとロナルドに「今は再会しませんように」と願い続ける日々を送っていた、といえる。

 ユーカさんを超える「最強」への道筋は、半ば彼への怯えに整備されていたと言ってもいい。

 そして、それは未だ確実な勝利を得られる確信には至っていないけれど。

「受けて立つなら今だ。奴の曖昧な宣言にビクつくのはここらで終わりにしよう。そう簡単に勝たせてくれる相手には思えないけれど、今ならマードさんもアテナさんもいる。フルプレさんもアテにできる。出会ったからって即座に殺られることはないと思うし、これだけ保険が揃う状態は、もしかしたら、もうないかもしれない」

 アーバインさんやクリス君を念頭に、そう言う。

「邪神もどき」という別の脅威がいる以上、いつこれらの状況が失われ、取り返せなくなっていくか、わかったものじゃない。

 味方となり得る全員が元気に揃った理想の状態なんて、もう有り得ない。

 話して和解するにしろ戦うにしろ、今が最大のチャンス。ここから先は失われていくばかりかもしれないのだ。

「……しかし、それにしてもどうするのだ。ロナルドの足取りは掴めない。吾輩たちは彼の者がロナルドなのではないかと睨んですらおった」

「双子姫様に探すようお願いしてあります。戻れば何かしらの成果はあるはずです」

 しれっと言い切る僕。

 探すどころか彼女らはすでに所在を掴んでいるが、それを今、言うわけにはいかない。

 クロードが飛び出していかないように伏せていた情報だし、今は知らないていで話をしておくべきだろう。

 それに情報は更新されているかもしれない。確認して損はない。

「マリスたちか……あやつらに小賢しい真似をさせるのは感心せんのだがな。所詮は宮廷しか知らん子供だ。危険に対する嗅覚が鈍い。好奇心は猫を殺す」

「…………」

 その彼女らに彼がちょっとしたアホ扱いされていることは伏せておこう。

「とにかく、ロナルドとの会見に向けて協力してもらえますか、王子」

「……吾輩のためでもある。呑もう」

 フルプレさんは重々しくうなずいた。



 それはそれとして。

 ダンジョン内にロゼッタさん(と、護衛要員)のための住居が作られることになった。

 普通はダンジョンの中で建築などすることはない(モンスターに当然壊される)のだが、このダンジョンはもうモンスターも環境も再生することはない。

 木材や石材などを持ち込んで新しく住居を建て、長期間生活できるようにするのだ。

 となると、その拠点をダンジョン内のどこに置くかが問題になる。

「やっぱダンジョンの入り口近くの方がいいんじゃね? 奥に構えると物資運搬が面倒だろ。モンスターは狩り尽くすって言ってもさ」

 ユーカさんは極めてシンプルな意見だ。

 が。

「運び屋から見るとそうじゃが、デルトールのダンジョンにはちょいちょい盗賊が入ると聞くぞい。もとより官憲の目を盗んで盗掘に入ろうとする荒んだ輩が、入って目の前に無防備な家なんぞ見つけたらどうなる?」

「びっくりするだろ」

「まあびっくりするじゃろうな」

 …………。

「そこで話を終わらないでくださいマードさん。そのまま押し込み強盗になるよねって話じゃないんですか」

「ああ、うむ。そういうことじゃ」

「そういうのにやられないように護衛置くんじゃね?」

「そうは言っても、どんな相手が来ても跳ね返せるような万全の護衛は難しいじゃろうよ。これからずっとワシらが居座るというのもナンセンスじゃろ」

「うーん……じゃあどうすんだ?」

「ある程度奥まった場所にすれば、誰ぞ入ってきても急に襲われるということはなかろう。ロゼッタちゃんの眼は今もギリギリ使えるわけじゃから、先に察知し、消灯して奥に避難すれば、やられはせんじゃろうて」

「でもあんまり奥になるとやっぱりなー……」

「生活用の照明魔術を見咎められると、なんかあるなと目星をつけられてしまう。それが見えん程度に奥に構えればええと思うぞい」

「じゃあどのくらいだ? ドン詰まりも駄目だよな、その理屈だと」

「光が届かんようにするわけじゃから、こう……曲がり角を三つ四つ曲がれば大丈夫じゃと思うがの」

「死んだダンジョンなど、入ればすぐにそうと理解できよう。よほどの間抜けでない限り深入りはせぬと思うが」

「逆に死んだダンジョンに入り慣れてる奴もそういねーっつの。変わった雰囲気だなー、モンスターが何故かいなくてラッキー、ってズンズン行くアホだっているだろ」

「ううむ。いっそのこと外に物理的に扉でも作るか? さすがに鉄の門扉をブチ破ってまで入ろうとすることはないのではないか」

「逆になんか特別儲かるモンがあると思われるだろ、それ」

「ええい、卑しい者の考えは厄介だな!」

 憤るフルプレさん。

 まあ、真っ当な冒険者なら役人の目を盗んでダンジョンに入ろうとなんてしないわけで、真っ当じゃない奴のやり方を想定すると何でもありだ。

 完璧を期すと、どこまでも話を大きくしなくてはいけなくなる。

「護衛の人選も問題じゃな。普通に考えればフルプレの人脈きしだんか、冒険者か……といったところじゃが。チャンバラの訓練しかしていない騎士では、野良のモンスターが入ってきた時に追い払えるか微妙なところじゃ。しかしフリーの冒険者を雇うとすれば、慎重に人選をせねばならん」

「あー……護衛対象が美人なうえにロクに戦えもしないロゼッタだもんな……」

 ユーカさんが溜め息をつく。

 その冒険者がロゼッタさんに劣情を抱いたとしたら、防ぐ手段がない。

 そうでなくとも「静まり切ったダンジョンで退屈な護衛を続けるよりは」と強引に連れ出し、人買いにでも売り飛ばそうとするかもしれない。

 そういう危険を考えると、護衛なんて最初から置かない……というのも手ではあるのだけど、そうなると外とのやり取りも難しくなる。

 生活物資配達に誰かが出入りする必要はあるわけで、ロゼッタさんはこの場合それを一人で迎えることになるのだから……結局その点の危険は同じわけだ。モンスターや賊なども一人で対処しなくてはならなくなるし。

 結局、数人ほどは駐在員が欲しい。

「……それなんですけど」

 ファーニィがおずおずと提案の挙手。

「イライザさんたち、使えませんかね。女性ですから男よりはロゼッタさんの危険は少ないですし、前衛不足ですけど一応パーティとしての体裁は整ってますし」

「んー……信用したいが、もう一声欲しいところだよなー……」

 ユーカさんは難しい顔。

 彼女らとはこの二日……いや三日か、一緒に戦ったわけだから、もう仲間だ、と言いたくもなるが、気心を知ったというには難しい期間だ。

 実力も初心者では決してないが、デルトールでこれからも充分やっていくには、やはりコマが足りない。

 信用も実力も太鼓判を押すには物足りない。そのままよそに行くには不安が強い。

「人ならいくらかは火霊騎士団はいかから出すが……実力はあまり期待するな。多分に漏れず、我が団でもモンスターとの戦いを得意とする者は多くない。ゴブリン程度ならいざ知らず、だ」

 フルプレさんの方もそんな感じか。

 ……まあ騎士団がモンスターをそんなに片づけていたら、冒険者なんて商売にならないしね。

 騎士は獣を狩る職業ではなく、あくまで「戦争」を制するもの。領分の問題だ。

「ここで頭をひねっても仕方ないです。とりあえず話をデルトールに持ち帰りましょう。ここでは思いつかない手があるかもしれないし」

 みんなで煮詰まってきた雰囲気を出し始めたので仕方なく僕が仕切る。

 早く着替えたいのだ。あとちゃんと体を洗いたい。

「むう。……確かに領主に話せば糸口もあるかもしれん」

「ルリたちだけじゃなくて、他の冒険者もつけたらちょっとはマシになるかもしれねーな。ロゼッタのためなら金に糸目はつけねーよ、アタシは」

「恐縮です」

「ロゼッタが外に出られないままじゃ、アタシの財産はほとんど動かせねーから、借金になるけどな」

 ああ……そっか。ロゼッタさんがゼメカイトに戻れないというなら、ユーカさんの財力を使うこともできなくなるんだっけ。

 そういう意味では掛値なしに重要人物だな、ロゼッタさん。

「いざとなればワシの古なじみを頼ろうかのう」

「あのメルタの大剣のおっさんみたいな?」

「そうそう。ウォレンやナオちゃんくらいなら頼りになるじゃろ。この近くにまだ引退しておらん腕っこきがおればええが」

「なんなら絨毯ですっ飛ばしてメルタまで迎えに行くってのも手だな」

 ワイワイと話しながら、今日のところはロゼッタさんのそばにフルプレさんの部下の女騎士数名を残して、一度撤退する。



 僕は密かにマキシムパーティもつけようかと思っていた。

 彼らもメンバーを欠き、現状のままの活動再開には不安があるはずだ。ロゼッタさんの護衛にできれば面倒な男性を置きたくない、という方針には反するが、彼らも有象無象の冒険者より信頼できる……はず。

 と、思っていたのだが。


「ああ、それなら私が入るわぁ♥ コレが完成したら、眠らせてある合成魔獣キメラ連れて来ればいいしぃ」


 絨毯づくりをしながら、シルベーヌさんがそんなことを言いだした。

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