ダンジョンでバスタイム
とにかく体と服を洗いたい。
……ただ水を浴びるだけだと洗浄力と消臭性にかなり疑問があるので、できれば水を貯めたい。
身体全体を沈められる浴槽と、タライくらいの大きさの、水を貯められる場所が欲しい。
魔力でなんとか、と思ったけど、無詠唱魔術は持続性に問題がある魔術だ。たとえ大量の魔力を使ってそういう器を作ったとしても、僕自身が余計なことを考えると即座におじゃんになる可能性が高い。
じゃあ、作ればいいじゃないか……というのが次の方策だが、この
地面が土だったらなあ。掘ってリノなりファーニィなりに頼み、魔術でなんとかして水が漏れない程度の処置をしてもらえばよかったんだけど、岩だとまずどうやって掘ったものか。
「パワーストライク」や「オーバースラッシュ」で掘るのはちょっと骨だ。剣という「斬る」ことに特化した道具でちょうどいい穴……というのは難しいし、そんな使い方をしたら刃が多分ひどいことになる。
なんかユーカさんに素手でもできる体術みたいなものを習っておけばよかったかな。そこに魔力をプラスして何かしらの応用はできる気がする。
いや、バルバスさんのところで「拳士の腕輪」を買っておいたら良かったかも。拳を鋼のように固くすることで、モンスターとの実戦で素手の格闘術を使えるようにする魔導具。
……まあ、ないものは仕方ない。
なんとか手持ちで……剣の刃を駄目にするのがよくないんだから、棒状の何かで「パワーストライク」をやればいいんだけど、手ごろな長さかつ壊してもいい余計な棒なんてないし……。
そこらの石ころに魔力を込めて地面に投げてみるか?
あんまりそういうことしたことはないけど、ただの石より威力は上がる……と思う。
……でも、かなり時間かかりそうだな。目当ての大きさの穴にするには。
「うーん」
適当な地面を前にしばらく考える。
この際、魔力の無駄遣いには目をつぶって力の限り水の魔術を使い、とにかく強引に洗う……というのが最善手なのかな。
しかし、これ以上に浪費はしたくないよなあ……もう一度貯めるにはリノにも負担をかけて何日もかかるわけだし。
と、鞘に収めた剣を手慰みにいじりながら考えていて、はっと閃いた。
「……こう、刃の方じゃなくて……」
剣を抜き、振り上げる……そして、柄尻の方を下に向けて。
魔力を込めて。
「ふっ!!」
斬るのではなく、「柄尻で殴る」要領で魔力を放ってみる。
剣というのは魔術的に使い勝手のいい「目的の限られた道具」だが、その限られた目的の一つに「殴る」という用途だってあっていいはずだ。
そのように使えてもいい。
そしてそれは魔力を込めたならば、遥かに強い威力で……!
ガァン! と、激しい音がして、ちょっと離れていたリノとファーニィが揃って「きゃっ!?」と驚いた声を上げた。
「何してんです!?」
「掘削。……できそうだ」
浅いが、岩の地面に穴が空いた。
数発やれば服を洗う用のタライ代わりの穴にはなるだろう。
「また微妙な技を作ってしまった……とりあえず『オーバービート』とでもしておくか」
「加減によっては人を殺さずに叩きのめすのにも使えそうですねー。アイン様苦手って言ってたじゃないですか」
「一応岩を掘削する威力の技だけどね……」
下手な当て方したら斬るより見るに堪えない死に方してしまいそうだから、加減の練習はしておかないと、その用途は難しいかもしれない。
……まあそれはおいおい、として。
「お風呂作るからちょっと離れててね。石が飛ぶだろうし」
二人を遠ざけて、遠隔柄殴り技「オーバービート」を地面にガンガンと叩き込む。
……ダンジョンの「外」って概念はあるんだろうか。掘り過ぎたらまずいかな、とちょっと思ったけど、これですぐ謎の虚空につながるような薄い壁なら、多分モンスターは暴れられないと思う。
まあ人一人分の浴槽くらいは平気だろう、と作業を続ける。
地面に斜めに「オーバービート」を叩きつけ続けて空いた楕円の穴に、無詠唱で編んだ魔術で水を入れ……途中から「熱湯リング」を使って温度を調節して、温泉的な感じにする。
そして、それとは別に数発叩いて小さめに作った穴に、脱いだ服を放り込む。
水の入れ替えとかはできないけど、踏み洗いをすれば結構マシになるだろう。
そして入浴。
「ふはー……何してんだろうね僕」
「ガウ」
なぜかジェニファーが寄ってきて、踏み洗い予定のタライ穴の前にちょこんと座る。
「ガウ」
「ん? 何?」
「ガウ」
「あー、それ? こう、水の中で足で踏んでやると洗濯になるんだよ。本当は石鹸とか使ってやるといいし、干すほど暇でもないからそれだけで完全に綺麗にはできないけど」
「ガウガウ」
「……ん? やってくれる? 爪とか出しちゃ駄目だよ、さすがにボロボロになっちゃうから」
「ガウ」
「あー、そう? じゃあお願いしようか」
本当に会話なのかそれ、と絶対ツッコミ入りそうなのだけど、僕はちゃんとジェニファーの視線とかジェスチャーとか見てるので大丈夫です。
多分彼はわかっている。
そしてジェニファーは、でかい肉球で水の中の僕の服をふみふみし始めた。
「おー、うまいうまい」
「ガウ!」
ジェニファー、ちょっと得意げに吼える。
そして遠巻きにしていたリノとファーニィは、やはり。
「本当に何なの、あの通じ合ってる感……」
「ジェニファーってどうしてあんなにアイン様に懐いてるのかな……やっぱり『怖いリーダー』として獣的カリスマがアレって感じ? ジェニファー的には」
「まあ、実際ここに来るまでの地獄絵図を一人で作ってきたうえにあのワイバーンまで殺してるんだから、服従度上がっちゃってるかもしれないけど……それより洗濯まで進んでやってるのが何か納得できない。私にもしてくれたことないのに」
それは多分彼なりに遠慮したんじゃないかな。女の子の服を雑に洗うわけにはいかないだろうし。
言っちゃなんだけど、僕の服はもうボロボロだ。においが完全に抜ける気もしないし、町まで着たらさすがに諦めて捨てようと思う。そういう魂胆なのもジェニファーならわかっているだろう。
「そっちの水もこのお湯も、だいぶドロッと染み出しちゃったな……入れ替えたいけどそんな方法もないし、これで我慢しようか。ありがとうジェニファー、もういいよ」
「ガウ」
ジェニファーが前足をビビビと震わせながら抜いたタライ穴から、服を引き上げて絞って着る。
改めて胸の虚魔導石を見たが、何とか無傷だった。助かったなー。
あと、鎧や剣も入浴後の温水に沈め、適当に水を切って身につける。こちらも間に合わせの洗浄だ。
「さあ、戻ろうか……いや、このワイバーンから何か切り取っていこうか」
「またの機会でいいんじゃないです?」
「初見の私らじゃ素材の選別もままならないし、いったんロゼッタさんのところに戻って報告したらいいんじゃない」
「……そうだね」
さすがに悪臭が完全に抜けたわけではない……と思うので(若干鼻がバカになりかけているのではっきりわからないけど)リノと二人乗りは遠慮して、ファーニィにその席は譲り、その代わりに足の疲労をファーニィの治癒術で抜いてもらって、意気揚々と撤退開始する。
まあ、ロゼッタさんは断続的に千里眼で見てるだろうから、向こうにはもう伝わってるだろうけど。
「そういやアテナさんやクロードは?」
「一緒に来たんですけどねー。ジェニファーに乗って駆け付けるなら私たちだけの方がよかったんで、ユーちゃんたちのところに残してきました」
「アテナさん、王子様と何か微妙な空気になってたしね……」
「微妙って何が」
「元々あの『全身鎧の謎の人』スタイルは元々王都でアテナさんがやってたのをパクった感じらしくて、でも冒険者としてのあのスタイルは自分のスタイルだー、みたいな……」
「面倒だったんで放ってきちゃいましたけど」
……つまり、その微妙な我の張り合いに巻き込まれて、クロードもこっちを追うことはできなかった感じか。
アテナさんとのツーマンセルならまだしも、一人で奥に来るのはクロード的にはちょっと怖いだろうし。
まあ、とにかく、課題は果たした。
今後のことを話すために戻ろう。
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