港の激戦

 フルプレさん、数百メートルもすっ飛んで湖に落ちたけど、もちろん全身鎧だよな。

 さすがにフル装備では沈むと思うんだけどどうなんだろう。

 ……と、少し心配にはなるものの、僕が気にしたところでどうにもならない話ではある。

 救助はきっと火霊騎士団か、水霊騎士団が手配するだろう。間に合うかどうかは別として。

 そして救助を阻む最大の要因は、目の前のこの水竜アクアドラゴン

 ……つまり、僕たちは現状、目の前に集中するのが唯一にして最善の一手だ。

「行くぞアイン! 背中だ!」

「うん!」

 巨獣の注意がこちらに完全に向く前に、僕とユーカさんは後ろ脚から強引に胴体に駆け登る。

 舞うようにその背に飛びつき、よじ登るユーカさんはさすがの身軽さだ。

 僕はなんとかついていこうとするが、思ったのと質感が違って足を滑らせ、巨獣の体を一気に駆け登るのには失敗する。

「アイン!」

「くっ……うわっ!」

 もう一度、と勢いをつけて足をかけたものの、さすがに水竜アクアドラゴンも僕たちの挑戦をただ見過ごしてはくれなかった。

 明らかに歩行とは異なる動きでヒレ状の脚を振り、僕は再び地上に転げ落ちる。

「……ユー、僕は下から狙う!」

「……わかった!」

 登れない。なら、それしかない。

 背中に登って具体的に何をするか、それさえよくわからない大雑把な計画だったのだ。臨機応変にやれることをやっていくしかないだろう。

 僕は努めて冷静さを心掛けながら、いったん水竜アクアドラゴンから距離を取る。いつまでも張り付いていたら踏み殺されかねない。

 水竜アクアドラゴンは自分の体の陰になって僕の所在がよくわからないようで、しばらくまごつくように足踏みしつつ、背中に取りついたユーカさんに何かしようと首を回す。

 が、どうも完全に首を真後ろに向けるのは辛いようで、ユーカさんが水竜アクアドラゴンの首の巡りに合わせて逆サイドに避難することで、直接の食いつきやブレスといった攻撃は避けられているようだ。

 的確な移動は偶然とは思えない。戦った経験があるんだろうな。

 そして、僕はその隙に適度な距離で剣を構える。

 雷属性……は、ユーカさんにも被害を与えそうだからナシ。

 そしてあまりの巨大さなので、目立ちにくい無属性にこだわらなくても回避の心配は無用だろう。

 となれば、剣の魔導石の位置は、火属性一択。

「効いてくれよ……オーバースラッシュ!!」

 かなり慣れてきた「六割」の魔力を込めて、「オーバースラッシュ」を水竜アクアドラゴンの横腹に叩き込む。

 ボジュッ、というよくわからない音がして、しかしはっきりと巨獣の横腹に大きな焦げた傷がつく。

 瞬間、水竜アクアドラゴンは絶叫。


「キュオオオオオオオオオオオオオ!!」


「っっ!」

 数百メートル離れても鼓膜が破れそうだった咆哮は、至近距離だと殴られるような衝撃だ。

 思わず怯むが、逆に言えば、奴も即座の反撃はそれしかない。

 僕の位置が見えていないのだ。打撃もブレスもすぐにはやりかえせない。

 そう考えれば、チャンスなんだ。

 ……僕の強みは、これが「ここ一番の一発技」ではない、ということ。

 まだまだ撃てる。

「んじゃ、撃てるうちに……やらせてもらう!!」

 剣を振るう。

 振るう。

 振るう。

 オレンジ色の剣閃が深夜の船着き場を照らしながら怪物に殺到する。

 かなり攻撃ペースと魔力調整が噛み合ってきた。ラッシュスピード的には「スプラッシュ」にかなり近づいている。

 神経は使うけど魔力そのものは消費が減り、威力は激増。いい具合に技としての完成度が高まっている。

 が。

「……どうだ……っ!?」

 二十発を超えたあたりで、どこまでの深手を負わせられたか、と手を止める。

 そして理解する。

 ……内臓までは届いていない。

「……嘘だろ!?」

 焦げ目は大量に付き、体液も飛び散っている。だが、それでもある程度以上の深さまでは入っていない。

 まるで体表より内側、腹腔を守るように、もっと強固な何かが仕込まれているみたいだ。

 どういう体構造をしてるんだ。

「アイン! こっちだ!」

 と、そこで唐突に横の路地に現れたアーバインさんが僕をとっ捕まえて脇の倉庫に飛び込む。

 扉を閉めた次の瞬間、ヒュゴオオオッと激しい音が倉庫を襲う。

「……冷気のブレス」

「お前、攻撃に夢中になって頭の上に注意いってなかっただろ。直撃したらあんなんフルプレじゃないと五体満足には済まねーぞ」

「……あ、ありが……」

「礼は後だ。すぐ裏から逃げるぞ。あのドラゴンは喋れねえみたいだが馬鹿じゃねえ。ブレスが当たってないとわかったらすぐにここ潰そうとするはず……」

 言い終わらないうちに、ゴシャアッと壁の一部がヒレ足に蹴り壊される。

 アーバインさんと頷き合い、僕たちはすぐに反対に向かって走る。


「それにしてもアーバインさん、よく無事でしたね!?」

「これでも大物とのバトルの経験は豊富なんだ。ブレスの予兆ぐらいわかる。とっさに耐性強化レジストかけて家の隙間に逃げ込んだのさ。……冷気ブレスは一瞬なら被害は炎より軽く済むしな」

 とはいうものの、全身にところどころまだ霜が張り付いている。

 本人の言う通り、魔術で耐性を上げなければ、命に別条はなくとも、まともに動けはしなかっただろう。

水竜アクアドラゴンはホント、刺さらねえんだよ。腹とか一見そんなに固い鱗があるわけでもないから刺さりそうに見えるんだけどな。アレは続けても無駄だぜ」

「……みたいですね」

 奴の視線を避け、時々倉庫の中を通りながら距離を取る。

 いきなりまたブレスをかけられたらたまらない。

「やるならもっと威力のある攻撃だ。……そういやユーカは?」

「……背中に乗っちゃいました」

 ……水竜アクアドラゴンには彼女を攻撃する手段が今のところ、ない。

 即座には振り落とされないだろうが、いつまでもは放っておけない。

 思い切って地面を転がったり、一旦水中に逃げたりすればユーカさんでも掴まり続けるのは無理だろう。

「……じゃあ俺たちはもう一度攻撃だな。ユーカは暖まるのにしばらくかかる。気を散らさねえと」

「え……暖まるって」

「ユーカが相手に届く位置まで行ってるならもう一息だ。アプローチに何度かは失敗すると思ってたんだけど、一回で乗れたのはさすがだな」

「いや、っていうかユーカさん今アレなんですよ!?」

 子供同様の身体能力だ。

 しかも武器は長剣すら持ってはいなかった。多分、いつものナイフしか持っていないだろう。

 結局、彼女に何を期待しているんだ。

「アイン。……紙を一回折ると厚さは二枚になる。二回折ると四枚だ」

「はっ?」

「三回で八枚。四回で十六枚。……まあ、ユーカはゴリラ時代は百枚スタートだったが、それが一枚スタートだとしても、ちょっと時間がかかるだけだ」

「何言ってんのか全然わからないんですが」

「すぐわかる。……行くぞ。ヒット・アンド・アウェイだ」

「アーバインさん!?」

 なんかなぞなぞみたいなことを言い置いて、アーバインさんは再び家屋の屋根に飛び乗り、攻撃を始める。

 ああもう。


 僕も意を決して水竜アクアドラゴンの攻撃に参加する。

 周囲ではすっかり隊列の乱れた騎士団と……意外なことに、僕たちより先にファーニィが弓による嫌がらせをしていたようで、しかしアーバインさんのような威力が出ないので意に介してもらえず、「ああもうーっ!」と焦れているところだった。

「ファーニィ!」

「アイン様! ユーちゃん助けないと!」

「まだ背中に乗ってる!?」

「はい! なんか一生懸命切りつけてるみたいですけど、あんなの絶対……」

「アーバインさんはそれでも期待してるみたいだ。なんかあるんだと思う。……僕も一発当ててみる。フォロー頼むよ」

「フォローったって、アイン様!?」

 僕自身も、ファーニィに何を期待しているのかよくわからない。

 が、「オーバースラッシュ」で駄目なら……直接行くしかない。

「道を空けて下さい!」

 騎士たちに叫び、剣を構える。

 遠慮なく魔力を注ぎ込む。剣はすぐに赤熱し、空気を揺らめかせる。

「ランダーズ様……」

 近くにミリィさんがいた。そして僕が大技を出そうとしていることを察し、部下たちに手を振って道を空けさせる。

 いくぞ、怪物め。

 ……突き、破る!!


「ゲイル……ディバイダー!!」


 剣をねじり上げるように高く構え、切っ先を敵に向けたまま、僕は走り始める。

 水竜アクアドラゴンまでの距離はまだ100メートルはあるのに、ずいぶん気の早い全力疾走だ……と、笑われているかもしれない。

 だが、それもおそらく一瞬のこと。

 速く。

 迅く。

 疾く。

 風を引き裂き、加速する。

 僕の体重で突くのではなく、剣そのものが猛進する。僕はそれについていくだけ。

 ユーカさんの指摘通り。おそらくこれは、僕の無手でのダッシュより、速い。

 剣の疾走に足が追いつかなくなる。もはや足は、体が地面に倒れないように弾いているだけ。

 着弾の瞬間まで加速し続けて、高熱を込めた僕の剣は、真正面から水竜アクアドラゴンの胸に突き刺さり、埋まる。

 体ごと巨獣に体当たりしてしまうという、命知らずにもほどがある形になりながら、柄尻だけしか残っていない剣に、最後に魔力をもう一度追加して。


「吹き飛べ……!!」


 ドォウ、と水竜アクアドラゴンの胸元が爆発する。

 僕も剣も、その爆発によって血霧とともに後ろに弾き飛ばされ、石畳を転がる。

「っ……どう、だ!」

 明らかに「オーバースラッシュ」よりは深くまで通っただろう。これで殺せるとは思わないが、なかなかのダメージになったんじゃないか。

 と、水竜アクアドラゴンを見上げると……確かに見た感じはなかなかのグロテスクな状態ではあるが、しかし奴の戦意が落ちているようには……見えない?

「アイン! 下がれ! 攻撃が来るぞ!」

「っっ!!」

 アーバインさんの声に反応し、僕は慌ててその場から転げて離れる。

 直後、水竜アクアドラゴンの巨大な頭部が振り下ろされ、僕のいたあたりの石畳を巨大な顎で噛み砕いた。

「……これだけ食らわしても、まだこんなに元気なのか!?」

「ドラゴンは余力があるうちは再生するんだよ! 一回や二回、急所にいいの食らわしたくらいじゃ終わらねえって!」

「それ早く言うべきですよね!?」

 走って距離を取りつつアーバインさんに文句を言う。

 彼も彼で継続的に弓を放ち続けている。超絶技巧で何度か目に刺さっているが、言われてみればそれで視野を失ったにしては混乱した様子もない。

 あれも再生とやらのおかげなのか。

「……でも、それじゃあユーカさんはどうやって……」

「いや」

 アーバインさんはニヤリと笑い、手を止めた。

「……始まるぜ」


 僕にも、見える。

 水竜アクアドラゴンの背に乗った小さな少女が、ナイフを手に、自らを乗せる怪物の横顔を見下ろす。

 その眼が……数十メートルも離れたその眼が、不自然に薄紫の光を宿す。

 月光の下で、赤い髪をなびかせた、本当は暗緑の瞳のはずの少女が。


「さあ、遊びはそろそろおしまいだ。アタシに狩られな」


 ドラゴンを、恐怖させた。

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