遺跡へ

「遺跡」は「ダンジョン」とは似ているようで違う。

 似ている点は主に「周辺とは明らかに様子の違うモンスターが守っている」というのと、「簡単には踏破できない広さと複雑さを持つ」という点。

 あとは、普通手に入らない発掘品おたからが手に入る、というのも似ている点であるか。

 しかしまず、遺跡はダンジョンのようによくわからない空間にあるのではなく、遺跡というだけあってれっきとした実体を持つ。

 そして、基本的には素材単位で有用な品が手に入るダンジョンと違い、遺跡では「完成品」、つまり魔導書などの文明的な品々が手に入る。

 おそらく、古い古い時代には今の僕たちよりも遥かに魔術の研究が進んでいたのだろう、というのが学者たちの見解だ。それがどうして、発掘品に全く後れを取るような状態に「後退」してしまったのか、という点に関しては諸説あって、はっきりしない。

 魔術を極めて禁断の奥義に至り、全ての人類から知識を奪うような狂った魔術が使われてしまったのか。

 あるいは強大な技術を使った終末戦争が起きて、物理的に一度人類が「終わった」のか。

 あるいは……同じ戦争でも、相手はダンジョンのさらに先、「異世界」だったのか。

 それぞれにいくつか証拠足りえるものが見つかっているらしい。

 しかし長命のエルフやドワーフがいてもはっきりしない遠い時代のことだ。僕が生きている間に確定することはないだろう。

 ……ただ言えるのは、遺跡を漁れば、強力で、有用で、金になる品々が手に入る……かもしれない、ということであり。

 ユーカさんたちのように他人の依頼で稼ぐ必要のなくなった一流の冒険者たちは、遺跡やダンジョンを制覇することを勲章としている。


 ただ、一流というのは自称も他称もいろいろあり、「本当に一流である」者もいれば、「一流と認められたい」と息巻く者も、あるいは「かつてはそう言われたが、もう一流ではない」者もいる。

 何かの統一的な基準でそれは分けられるものではない。人には肉体にも精神にもあらゆる才能があり、冒険の中でそれが尽きることもあれば、花開くこともある。

 それを外から「一流である」とか「二流に過ぎない」と判定する、便利なものなんてありはしない。

 それぞれが自分を信じて難関に挑み、あるいは栄光を手にし、あるいは及ばず散る。それが冒険者というものだ。

「今回遺跡に入った連中は血気盛んではあったが、ちょいと危なっかしかったのう。ワシは謎のX君じゃから無粋な寸評は控えたが、酒場の店主も似たようなことを思っとったようじゃ」

「マードから見りゃ、だいたいの冒険者なんて足元ユルユルだろーよ」

「さすがにそこまでのぼせ上がっとりゃせんよ。“火炎王”シルヴァーだの“燕の騎士”エラシオだの、あの辺くらいの腕ならケチつける気はなかったんじゃが」

 どちらも最近よく噂を聞く冒険者だ。

 ユーカさんのように最強の座を争う、といった感じではないけれど、注目株として知れ渡り始めている。

 僕は直接見ていないけれど、燕の方はゼメカイトにも遠征して来たことがあると聞いた。

「いかにも一旗揚げてやりたい、といった感じでの。……まあ冒険者なんて伸びる時はドーンと伸びるもんじゃ。そういう若さもアリじゃが」

「それで救助要請してんじゃなー。これがゼメカイトみたいにそこそこの連中がいる街ならまだしも、もしメルタにマードが来てなかったらおしまいだろ」

「さてさて。救助要請の決断をしたのも後詰冒険隊サポートパーティらしいからの。もしかしたら取り越し苦労で、ワシらの出番なぞないかもしれんぞ」

 そう言いながらもマード翁の顔に油断はない。


 後詰冒険隊サポートパーティの設営したキャンプに到着したのは数時間後だった。

 早馬だからそれで済んだが、徒歩なら二日近くかかる場所だろう。

「おーい、助っ人に来たぞい」

「誰だ……って、本当誰だ、変な爺さんとメガネと女の子二人!?」

「失礼しちゃうのう」

 どうやらマード翁、もとい謎の凄腕冒険者Xを知らないらしい。後詰冒険隊サポートパーティはメルタで募集したわけじゃないのか。

「メルタの冒険者はソロの温泉大好きマンたちと初心者ばっかりじゃからの。ワシとこやつらの方がちょっとマシなんじゃ」

「マジかよ……遺跡だぞ」

「ピクニックじゃねえのにこんな連中に来られても……どうすんだ?」

 冒険者たちは見るからに絶望している。

「アイン。お前がボロ着てメガネかけてるせいだぞ」

「だから今度新調するって……あとメガネは必要だから」

「この人たち凄腕なんですよ! 私は違いますけど!」

「そうじゃそうじゃ。ファーニィちゃん以外はすごいんじゃぞ! ファーニィちゃんは違うがの!」

「リピートしないで下さい!」

 どうしよう。これもしかして僕がまとめないといけないやつ?

 ……とりあえず咳払いして。

「とりあえず、どういう理由で救助要請出したか教えて下さい。呼びつけられて黙って帰るわけにはいかないんで」

「……どうもこうも。夕方に遺跡の奥から雷みたいなすげえ音がして、今になっても帰ってこねえ。夜には戻るって聞いてたのに。それだけだ」

「……雷みたいな、か。……どうしますマー……エックスさん」

 一応、配慮して僕もマード翁を「エックスさん」と呼んでおく。

 マード翁は肩をすくめて。

「情報量のない報告じゃ。……ま、行って調べるしかないようじゃの」

「おい、この遺跡は未制覇なんだぞ。遊び気分で入ったら死ぬぞ!」

「ほっほ。ええからええから。……行くとしようか。ユーカはともかく、アイン君は前衛でええんじゃよな? 見た感じ細すぎるが」

「前衛です……一応」

「大丈夫大丈夫。こいつすげーんだぜ。多分剣での魔力捌きは世界一だ」

「ほほー。そりゃ楽しみじゃ」

「待てよ! 死んでも本当に知らねえぞ!」

 叫ぶ後詰冒険隊サポートパーティの冒険者を無視して、僕たちは遺跡に踏み込んでいく。

 僕たちが頼りないのはまあ、事実としても、マード翁は掛け値なしの超一流だ。大船に乗った気になれる。


 遺跡は不自然な静寂に満ちている。

 露天の通路を誰かが掃除しているわけでもないだろうに、つるつるとした床には土汚れも見当たらず、うっすらと鏡のように天地の逆像が映るほどだ。

 時々、ぼんやりとした光を床や壁が発していて、夜でも歩くのには苦労しない。

「遺跡ってこんな風になってるのか……」

「初めてかの?」

「どこもこんな感じなんですか?」

「場所柄によって多少は色とか雰囲気が変わることもあるが、まあ似たような技術水準じゃの。妙に綺麗なんじゃよなー、モンスターはエグいのおるくせに」

「エグいの……」

「まあ、この前の多頭龍ヒュドラなんかは珍しい例じゃが。サーペントやテンタクラー、ライトゴーレムが割と多いかのう。あとアーマーゴブリンちゅうのがよくおる」

「ライトゴーレムとかアーマーゴブリンってのは知らないですね……」

「割と多いからすぐ出ると思うぞい。……お、ライトゴーレム」

「!?」

 かすかな音からマード翁が察知し、指差した先には……忽然と出てきた妙に細いゴーレム。

 全高は3メートルほどだが、全体的に鋭いシルエットで機敏そうだ。

 そいつは先頭にいたマード翁に向かって身構え、そのポーズのまま宙に浮いて突進してきた。

「マードさん!」

 ドゴ、と3メートルの巨人の膝と老人がぶつかる。

 カラフルなカツラがまた吹っ飛んだ。

 が……マード翁は、飛ばない。

「あまりやりたくないが、ワシの受けた仕事じゃから……の!」

 突進してきた……細いとはいえ数百キロはありそうなゴーレムの膝を体に抱え、両足を開いて踏ん張り。

 ドムッと鈍い音がして、マード翁が突然、二回りほど大きくなる。

 そして、ローブの中からヌッと伸ばした手……昼間にピースサインをしていた枯れ枝のような手とは大違いの力強い手が、細いライトゴーレムの腰を掴み、そして。

「ふんぬ」

 右足を軸に、左足をコンパスのように引いて回転。

 数倍の体躯のライトゴーレムを地面に叩きつける。

「……!」

「前のユーカやフルプレみたいに、ごっつい必殺技とか使えれば早いんじゃが。ワシは溢れる元気で単純に暴力をふるうしかなくてのう」

 そして叩きつけたライトゴーレムをさらに持ち上げ、壁に投げつけてすごい音を立てる。

 背筋の曲がった老人はいつの間にか直立し、僕と同じかそれより上ぐらいの高さで敵を見据えて腕組みをする。

 ユーカさんの逆。瞬間マッチョ化だ。

「……さて、ちょいと泥仕合になっちまうが。待っとれ」

「いや、待てマード」

 ギギギと軋んだ動きをしながら立とうとしているライトゴーレムにノシノシ向かおうとするマッチョ翁を、ユーカさんが手で制し、僕にアゴをしゃくる。

「アインの方が早い。やっちまえ」

「……効くかなあ」

「パワーストライクはこういう奴に使うんだよ」

「ああ、そうか」

 接近することの危険は……まあ、死にさえしなきゃマード翁が治せるしな。

 僕は納得して剣を抜く。

 立ち上がった細いゴーレムに対し、僕は剣を八相に構えながら迷いなく進む。怪我をしてもいい、というのは気が楽だ。

 ゴーレムは再び浮き上がり、突進……と見せかけて一瞬コースを変え、僕の後ろを取ろうとして。

 僕はそれを冷静に理解し、身を翻して魔力を注いだ剣……「パワーストライク」を、無造作に叩き込む。

 鈍色にくすんでいた魔導石が明るく輝き、剣が一瞬で高熱化。

 魔力を纏ったことによる単純威力の強化と合わせ、思った以上にあっさりとゴーレムの胴体は泣き別れる。

 ガッシャン、と上半身と下半身が別々に転がり、壁にぶつかる。

「……脆いな」

「いや、結構硬いぞそれ。ストーンゴーレムより軽くはあるけど」

「じゃあこの剣の威力か」

 勝手に火属性にされてしまった愛剣は、前回の初陣が比較的腹の柔らかい緑飛龍ウインドワイバーンだったせいもあって、未だに威力のほどがよくわからない。

 ……いや、そもそも「パワーストライク」って近づかれてからの奥の手として使ってるから、改造前から斬れない相手に当たってないな。

 これ、本当はどこまで斬れるんだろう。限界に挑んだら折れそうだからやっぱり試さないけど。

「ほお……度胸あるのう。今のに慌てないとは」

「だろ。あいつさ、なんか大物相手になると妙に勘がいいんだよ。必殺技を覚えるのがやたら早いってのもあるけど、それがあるから見ててワクワクすんだよな」

「うむ。こりゃ面白い子を当てたのう」

 超一流二人による寸評をくすぐったく感じながら剣を収めようとする。

 と、ファーニィが僕の背後を見て慌てる。

「アイン様! そいつまだ……」

「!」

 僕は反射的に振り向く。

 そして慢心に気づく。

 こういう時にボッ立ちで振り向いちゃいけない。腰を落とせって言われたじゃないか。

 そして、上半身のみになったライトゴーレムがそれでも浮遊し、僕に両腕を広げて飛び掛かってくるのをモロに食らい……そのまま圧し潰すように壁に押し付けられる。

 足が無いのになんて突進力だ。

「が……はっ……」

 尖った胸部が僕の体に突き刺さり、壁とプレスしてくる。

 奴の両腕はあえて壁に叩きつけられており、安定感抜群に僕の逃げ場を奪う。

 ……まるで強引な男に攻められるヒロインじゃないか。

「ぐ……!」

 剣は……抜けない。

 左腰の鞘に手が届かない。

 剣がなければ技が使えない。

 ……まずい。このまま……潰し殺される……!?

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