第7話 ティリア

 森の中に安全が確保できる場所はないが、魔物の弱い場所ならある程度は問題ない。


 多少落ち着ける場所まで来たら、火猿は少女を下ろす。


 運ばれている途中で落ち着いてきたらしく、自分の足で立つことができた。


 改めて確認すると、ティリアは可愛らしい女の子だ。大きな青い瞳や小動物的な雰囲気は、男性に人気が出そう。



「ところで、お前、名前は?」


「ティリアです……」


「何歳?」


「十四です……」


「職業は?」


「冒険者をしてます」



(やはり、この世界には冒険者ってのがいるわけだな)



「ふぅん……。十四歳でもう命懸けで森に入るのか」


「全員ではありませんけど、私の家は裕福ではないので、仕方なく……」


「冒険者ってのは、何歳からなれるんだ?」


「登録自体は十二歳から。でも、戦闘を伴う依頼を受けられるのは、十四歳からです」


「なるほど」



 それからも、火猿はティリアに様々なことを聞いた。


 火猿がいるのは、ルナミリス大陸の北西に位置する、ギーシェルト王国。この森は王国の西にあり、妖魔の森と呼ばれている。


 奥地に行くほど魔物が強力になるが、浅いところでは低級の魔物しか出現しないので、駆け出し冒険者もよく訪れる。また、奥地に続く整備されたルートもあるため、本当の実力者はそちらを通る。火猿たちがいる場所の付近を訪れることは滅多にない。


 ここから一番近いのは、フォルスという町。人口四万人程度の中規模なところ。


 レベル上げをしやすい森が近くにあるため、初級者から上級者まで、様々な冒険者が滞在している。


 冒険者にはランクがあり、基本はAからFの六段階。Aの上にSがあるが、これは偉業を成したものに名誉として与えられるランクなので、必ずしも強さとは関係がない。


 ティリアは一番下のFランクで、先ほどの男三人はEランクの上位。パーティーランクとしてはDになる。


 なお、自分のステータスは全ての人間が見られるもので、各ランクの戦闘力の目安はというと。



 A:50,000以上

 B:30,000~50,000

 C:10,000~30,000

 D:5,000~10,000

 E:2,000~5,000

 F:0~2,000



 大多数の人間は、戦闘力20,000以下。Cランクにもなれば十分な実力者と見なされて、冒険者として一人前。BランクやAランクになれるのは、人類の中でもごく少数。一つの国でAランクは十名程だし、Bランクも百人いない。


 火猿の戦闘力は一万台まで上がっているため、ランクとしてはCとなる。


 そもそも戦闘力はどう決まるのかという話だが、攻撃力の最大値や戦闘技術などで総合的に数値化されるらしい。防御力があまり反映されていない面もあるらしく、防御力特化だと戦闘力は低めに出る。


 戦闘力の低い者が、高い者に勝てないというわけではない。それでも、戦闘力に大きな差があれば、それを覆すのは容易ではない。


 スキルは全ての人間が持てるものだが、基本的に修得には訓練が必要。スキルのない状態から何かの訓練をすることで、いつしかスキルとして身につける。


 スキルを使っているとスキルレベルが上がり、また、派生して別のスキルを得られることもある。要は努力次第な面がある。


 まれに、特定のスキルを持って生まれたり、訓練とも関係ないスキルを身につけることもある。種族特有のスキルだったり、なにかしらの才能によるものだったりする。


 また、どれだけ訓練しても特定のスキルを得られないこともある。それは才能がないということで諦める方がいいらしい。


 特殊スキルは、努力などに関係なく、血統や特殊な要因で身につく。鬼術もその類。


 世界には魔法が存在していて、人間なら誰でも魔力を持つ。そよ風を起こす程度の簡単な魔法なら、大抵の人が使えるようになる。しかし、戦闘に使うレベルで魔法を使える者は全体の二割程。魔法スキルを持つものは重宝されるようだ。



「……ところで、あなたってもしかして、最近噂の冒険者殺し……ですか?」



 諸々の話を聞きだしたところで、ティリアが火猿に尋ねた。



「その噂は知らないが……どんな噂なんだ?」


「最近、ここ、妖魔の森の浅いところで、赤い肌の魔族が現れるって聞きました。実力自体はまだそこそこですが、駆け出しの冒険者にとっては危険な存在だと……」


「……それはおそらく俺だな。ちっ。そんな噂になっているのか。もしかして、討伐依頼でも出されているのか?」


黒剣こっけんというパーティーが指名されて、近々討伐のために動くと聞きました」


「黒剣は強いのか?」


「全員がCランクの実力者パーティーです」


「……それは不味い。悪いが、俺は早々にこの辺りから立ち去った方が良さそうだ。この辺りには強い魔物も出ないし、お前は勝手に帰れ」



 火猿は急ぎ荷物をまとめ、森の奥に向かおうとする。


 それをティリアが引き留める。



「ま、待ってください! わたし、ここからでもまだ一人じゃ帰れません!」


「はぁ? ここでもダメなのか? ゴブリンくらいしか出ないだろ?」


「む、無理ですぅ! わたし、戦闘力三百くらいしかなくて……。ゴブリンと一対一ならギリギリ勝てる程度なんですよぉ……」


「……お前、なんでそれで冒険者やってるんだよ。一応剣士なんだろ? 腰の剣はなんなんだ?」


「剣士……っていうことにしてますけど、本当は違くて……。この剣は……その、丸腰だと舐められてしまうので、形だけでも剣士風にしていると言いますか……」


「……お前には何ができるんだ?」


「わたし……料理とか洗濯とかの家事なら……」


「お前、本当に何で冒険者やってるんだよ」


「……働き口がないからです」


「ああ、そう……。じゃあ、選べ。俺について来て森の奥に行くか、魔物に出くわさないことを祈りながら一人で帰るか」


「一人で帰るなんて無理です」


「なら、一緒に来い。ついでに荷物持ちをやれ」


「ええ!?」


「ええ、じゃねぇだろうが。来ないならこの場に放置する。好きにしろ」


「ま、待ってくださいよぉ!」



 ティリアが涙目で火猿についてくる。


 ひとまず、火猿は今は使わない弓と槍をティリアに持たせる。ティリアは不満そうだったが、結局火猿に従った。



(はぁ……。こいつを連れてくのにメリットなんてあるのか? もう散々人を殺してるんだから、さっさと見捨てるべきじゃないのか?)



 火猿は迷う。しかし、積極的に見捨てることはできなかった。


 ティリアが可哀想になったわけではなく……単に、火猿も人恋しいという思いがあったからだ。


 魔族に転生したらしいが、まだ人の心を完全に失ったわけではない。

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