シャーマン議員
サリー
第1話 「シャーマン議員」
今日も後援会名簿を片手にあいさつまわり。隣り町の80代ご夫婦を訪ねる。玄関のインターホンを押す。
「ピンポーン」
「こんにちは、市議会議員桜井です」
「はーい」と奥様の声。
和風玄関のすりガラスの向こうに正座している奥様が見える。相変わらずお上品な感じだ。この年代の奥様はご丁寧に玄関で正座して迎えてくださる方が多い。
「中村の妻でございます。いつもお世話になっております。主人はすぐに出てきますから」
玄関の中から細い優しい声で言われた。
そして奥の方からご主人の大きな声、
「玄関の鍵は開いているからどうぞ入って」
「失礼します」
引き戸を開け玄関に入る。さっき見えていた奥様の姿はない。
奥の部屋からご主人が、
「ちょっと待ってね。膝が痛いのでゆっくり玄関に出るから」
杖をついてご主人が玄関に向かってゆっくり歩いてくる。
「大丈夫ですか、ゆっくりでいいですよ」
相当膝が痛むのだろう、そろりそろりと杖をつきながらご主人が玄関まで出てきた。
「あれ、膝をどうかされましたか?」
「いや、3カ月くらい前から膝が痛くて立ったり座ったりに時間がかかるよ、歩くのもやっとで。やっぱり、年には勝てんねぇ」
私は議員活動報告のチラシをお渡しし、市政に対するご意見をうかがった。いつも数点のご意見があり、その日も30分ほど話を聞いた。
「それでは、膝をお大事に、こけないように気をつけてくださいね」
と玄関を出ようとしたそのとき、
「あ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど。半年前に家内が亡くなってね、食事に困っているんだけど、膝が痛くて外に食べに出れないし、どこか食事を届けてくれる業者を知らんかね?」
「えっ、奥様亡くなられたんですか?」
さっき玄関先に座っていた姿が見えたのに。と、
「どうして、私、こんなふうになったんでしょう?」
と奥様が私に聞いてくる。そして、ご主人の横に寄り添う奥様の姿がうっすら見え、
「お父さん、私はどこに行ったらええんかね」
今度はご主人に聞いている。気づかないふりをして、
「ではお弁当の宅配サービスの業者を調べて、またうかがいますね、お邪魔しました」
玄関の扉を閉める。奥様は亡くなられたあと霊となり、まだこの家におられる。
人は死んだら霊になる。生きていたときの思いと行ないにより、天国または地獄へと向かう。子供のころ、おばあちゃんに聞いたとおりだ。しかし、それを信じていないまたは知らない人は行き方がわからず、どこにも行けずに霊のまま生前暮らした場所にとどまっている。最近、こんなパターンが多い。
さて、私の後援会長は、生まれ育った同じ町に住む3才年下の後輩で、私の霊体験を信じて聞いてくれ理解してくれる大切な人だ。その日もいつものように、体験話を聞いてくれていた。一つは先ほどの亡くなった後も霊となり自宅で暮らす奥様の話。もう一つは、ある議会の議員同士の論争の話。
先日、二人の言い争いの様子をじっと見ていると、それぞれの斜め後に二重写しのように薄ぼんやりと別の人物が一人ずつ見える。言い合っている二人の内一人は江戸時代にいるような浪人風の男性。薄灰色の着物、胸の辺りがはだけ着崩れしているので、格式ある武士ではなさそう。
片やもう一人は、イギリスの法廷で弁護士などがかぶっている巻き髪の白いカツラをかぶり、貴族のように振る舞っているが、所詮かぶりもの、偽物貴族という感じ。
果たしてこの二人の姿は何を表しているのか。前者は与えられない立場や報酬、世間の評価などに納得がいかず、心が荒みさまざまなことに言いがかりをつけている。
後者は貴族のように見せているが、嘘つきのロバのような顔をしていて、お金と権力を守るために平気でうそをついている。
そんな人がそれぞれについているのが見える。どちらも善人とは思えない。この二人の論争は嚙み合わず解決しないだろう。
そんな二つ目の話を聞いたあと、後援会長が、
「りりこさんは『シャーマン議員』だな」
ぽつりと言った。私はその呼び名が妙に腑に落ち、この日から自分自身を『シャーマン議員』と呼ぶことにした。
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