バンアレンタイ・デー

滝川 海老郎

第1話 バンアレンタイ・デー 1700文字

 幼稚園の頃、私は宇宙にハマっていた。

 スペースシャトルの発射映像を見たり、生まれる前のアポロ計画について調べたり、それから‎ハッブル宇宙望遠鏡とジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とか。


「チカちゃんっ。また宇宙?」

「うん。地球の大気は窒素と酸素だよ。それからね上の方にはオゾン層があるの」

「へぇ」

「それでねそれでね、もうすぐバレンタインじゃない?」

「そうだね」


 私チカが自慢げに指を立てて、知識を披露する。

 対してサクラちゃんは素直にふむふむと聞いてくれる。


「バレンタインデーっていうのはね。聖人の人の名前なんだけど」

「うん」

「本当は『バンアレン帯・デー』っていってね、地球を守ってる磁石の力に感謝する日なんだよ。ただ言いにくいでしょ、バンアレン帯・デー。だからバレンタインデーって代わりに呼んでるんだよ」

「そっか! 知らなかった」

「うんうん。みんなバンアレン帯に感謝して、普段お世話になっている人、それから特に好きな人にチョコレートを渡す日なの」

「それで、ママがパパにあげるんだね」

「そういうこと」


 そう、幼稚園児の私たちは無邪気だったのだ。

 それ以来、毎年サクラちゃんはクラスメイト全員に袋入りの一口チョコを配って回っていた。

 それからサクラちゃんは幼馴染のアキラ君には専用の大きなチョコレートをあげているのだ。「お世話になっているから、感謝だね」って。

 まあ本当は、感謝もバンアレン帯も嘘なのだけども。

 それから私とも親友の感謝のチョコレートを毎年交換している。


 中学二年生になった今年も同じだった。


「はい、チカちゃん。感謝感謝。バンアレン帯に感謝だもんね」

「あはは、そ、そうだね。おかしい」

「なんで、笑うの?」

「ううん、なんでもない」


 サクラちゃんとチョコレート交換を無事済ます。

 しかしその日の放課後、サクラちゃんは顔を赤くしたり青くしたりして、私に泣きついてくるのだ。


「ちょっと、ちょっと、チカちゃん!」

「え、なに」

「バンアレン帯って嘘じゃん!」

「知らなかったの?」

「うん。私、みんながバンアレン帯に感謝するためにチョコレートを配ってるって思ってて、アキラ君にもみんなにもあげてたけど、なんか誤解があるみたいで……告白された」

「あぁ、まあいいじゃない、告白くらいされても。アキラ君でしょ」

「うん……」


 サクラちゃんが顔を赤くする。


「ちなみに、私ともチョコレート交換してるけど、私も本気だからね」

「えっ」

「サクラちゃんの事、好き♡」

「えへへ、私もチカちゃん好きだよ」

「ぐふふ」


 二人でテレテレする。


「まあアキラ君のことは保留にして、私とはずっと仲良くしてね」

「うんっ。でももう、バンアレン帯なんて嘘つかないでね!」

「あはは、幼稚園の事じゃない、えへへ」

「あー騙されたぁ。くやしいぃぃ。今までネットで検索するまでもない常識だと思ってたのに」


 バンアレン帯があるのは本当だ。

 だからたちが悪い。

 バンアレン帯に感謝する日ではないというだけで、まあいいじゃないか。


「ふふん。サクラちゃん、好きだよ」

「私も好き」


 ちゅ。


 軽くキスしてみる。

 するとサクラちゃんは目を丸くしてびっくりしていた。


「きゃっきゃっ」


 まあこれくらいの戯れは許してもらおう。

 本気の好きと悟られないように、私は軽く手を振って、冗談だよ、という顔をする。

 サクラちゃんはテレテレとうれしそうに笑うのだった。

 この笑顔を大切にしたいと思った。


「ねえ、バンアレン帯が宇宙ウイルスから地球を守ってるって話は?」

「えっと、それも半分は嘘というか、放射能とか宇宙線とか言っても難しいから、わかりやすくたとえただけ」

「そ、そうなんだ。ショック。ずっと悪い宇宙ウイルス、マイクロ宇宙人がいて、地球を狙ってると思ってたのに」

「あはは」


 サクラちゃんは素直だもんなぁ。

 ほっぺを膨らませて抗議してくる。

 うえい、うえい、かわゆい、かわゆい。


「じゃあ、宇宙人が公的には見つかってないのは、バンアレン帯に守られてるからじゃないんだ……」

「まあそうなるね」

「どどど、どうしよう。明日にでも宇宙人、侵略しに来るかな」

「んなわけないでしょ」

「そっかぁ。よかったぁ」


 まったくサクラちゃんはかわいい。

 大好きだよ。

 来年からは恋人のチョコレートをバレンタインとして贈るね。

 そっと心の中でつぶやいた。


(了)

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