あるお嬢様と執事の話。season1

天千鳥ふう

ver.2 あるお嬢様と執事、初詣に行く。

薄灰色に染められながらも、淡い光がかすかに差した空。


肌寒い風の中にも春のかおりが入り混じり始めた今日この頃。


まるで天の川の星ほどの数の人々が、蟻のように列を成していた。


「ねぇ、あと何組くらいかしら、待ち時間は?」

「あと6組ほどですので10分もかからないかと」

「そう」


その列の中、ラフなジーンズに白いダウンコートをまとった少女とスーツの上から紺色のダッフルコートを身に着けた長身の男が小声でやり取りをしていた。


むろんそれは、周りになじむべく軽い変装をした、お嬢様と執事である。


彼らの目の前にそびえるは赤塗りの本殿。


木造の柱の割れ目や赤い塗装の剝がれが、その年季を示している。


そしてその両脇に立てられた旗には、赤地に白抜きで『初詣』の字。


時はお正月。お嬢様と執事は、初詣に来たのである。


「お嬢様、順番でございますよ」

「あら、意外と早いわね」


執事は胸ポケットに手を入れ小銭入れを取り出し、500円硬貨をお嬢様に手渡した。——いや、手渡そうとした。が、


「あら、ずいぶん太っ腹なのね、お賽銭にしては。そんなじゃなくても」


そう言いながらお嬢様は自分の財布から五円硬貨を取り出す。


「さようでございましたか」


執事としては、50円硬貨なんかを出して『ケチね』といわれることを考慮していたが、逆に来るとは心外だった。


——いつもは100レベルなのに、お賽銭となるとケチンボなお嬢様なようだ。


――というか、どちらかというとバチが当たりそうである。





そんなこんなでめいめいのお賽銭を入れ(執事は戻すのも気まずく思いそのまま500円硬貨を入れた)、二人そろって礼をする。


境内に拍手の音が響く。


数秒間の沈黙ののち、二人は目を開けた。



お参りを終えたところで、お嬢様は口を開く。


「ねえ、あなたなにお願いしたの」


執事はすぐに返答する。


「もちろん、お嬢様の幸せでございますよ」






















その日の夜、執事が



『さすがに自分のギャラが減りませんようにって願ったなんて、言えないよなぁ』



とかなんとか思っていたかどうかは、誰にも知り得ないことである。




☞ The end.


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