呪いの子だけど、世界を救うと決めました

@HareTxo

第1話 呪われた12歳 クオン・セラピア

「はぁ…はぁ…」


───なんで、なんで毎回僕だけこんな目に遭わないといけないんだ…!


汗を垂れ流し、ザラザラと葉っぱを蹴り散らしながら森の中を走り回っている茶髪の少年がいた。彼は自分の身が枝に引っ掛けられようが、石につまずいて転けようが、まるで意に留めずにひたすらと走り続けていた。


ふと後ろを向くと、同級生が三人追いかけてきているのが見える。


「待ちやがれ、クオン!!」

「おい!逃げんじゃねえよ!!」


それぞれに怒号を挙げている中、そのうちの一人が杖を取り出す。


───攻撃される…!


そう思うのも束の間、杖の先から一瞬光が飛び出たかと思うと、走る少年の足元の土が弾け飛んだ。


「うわぁ!!」


突然踏み場を失ったことで足を挫け、その場で転ぶ。


「やっと捕まえたぞ、散々逃げ回りやがって!」

「やっぱりこいつおかしいと思ってたんだ、絶対何か隠してやがる」


立ち上がろうともがいていると、先に追いついた二人に肩を掴まれ、憎々しい言葉を投げつけられる。


「よおクオン、もう逃げないのか?」


杖を持った少年は、得意げにニヤつかせながらクオンを見下す。


「カ、カルシオ…もうやめてよ…なんでいつもそうやって僕をいじめるの…?」


クオンは痛みで歪んだ顔を挙げ、カルシオを見上げた。


「はぁ、お前はほんとバカだな。魔物を飼ってたあのこと、もう忘れたのか?」

「あ、あれが魔物だったって知らなっ───」

「どうだっていい! お前は魔物を育てようとしていた、違うのか?!」


カルシオの言葉に、クオンは何も返せずにいた。


半年前、クオンはたまたま森で見かけた小さなウサギを持ち帰り、こっそり育てようとしたことがあった。しかし、それが町の人々にバレてしまった上、さらにウサギだと思ったそれは、実は魔物であることが判明された。大きく育ててしまえば、誰かに被害が出るかもしれないとのことで、早々に町の人によって討伐されたが、この噂が広がり、クオンは非難の対象となってしまったのだ。


「これだから呪われてるヤツは救いようがないな」


カルシオの言葉がクオンの胸に刺さる。


呪われた子、このルンドル町では、クオンは皆にそう呼ばれている。

これは、決して魔物を育てたからではない。そのずっと前、クオンが生まれた12年前からそう呼ばれていたのだ。


───僕は、呪われてなんかいない!


「おい、何睨んでるんだ?」


無意識にカルシオを睨んでいたクオンは、そう言われて慌てて目を逸す。


「お前、調子に乗るなよ!」

「ぐあっ!」


目つきにイラついたカルシオは、腹部をめがけて前蹴りすると、クオンは痛みに耐えれずうずくまる。


「テメェ、カルシオ様をばかにしやがって!」

「このやろう!!」


残りの二人は、カルシオの目配せを合図に、地面に横たわるクオンを蹴り上げ始めた。




△△△△△△△△△△△△△△△




夕方、クオンは一人帰り道についていた。

小さなルンドル町は、仕事終わりの冒険者や職人、夕食の買い物をする婦人たちで溢れ、賑わっていた。夕陽が差し込む一本の長い道を、クオンはどじどじと歩く。

賑やかな雰囲気とは反対に、クオンは今日も泣きそうな気持ちに襲われる。


「クオン…?」


声をかけられ、ふと顔を上げると、目の前には長い青髪が風で靡く綺麗な女の子がいた。

同級生のミナだ。


「どうしたの?その傷」

「森でちょっと転んじゃって…」


心配そうな彼女に悟られないよう、クオンは誤魔化そうとするも、どうやら彼女には見透かされているらしい。


「またカルシオくんだよね…」

「う、うん…」


眉を八の字にして悲しそうに見つめてくるミナに、少し恥ずかしくなる。


「私じゃあ何もしてあげられなくてごめんね」

「いや!そんなことないよ、いつも僕に優しくしてくれて嬉しいんだ」


クオンは何かを思って落ち込むミナを慰めようとする。


彼女も、クオンより優れた環境にいるとは言えない。

ミナの両親は、彼女が6歳の頃に亡くなっており、現在ミナは叔母であるセルナ婦人に引き取られて三年前にこのルンドル町に引っ越してきた。クオンの母は、セルナ婦人と昔から付き合いがあるため、ミナとは三年前から同い年の兄妹みたいな関係だった。


「ありがとう…お母さんのところに帰ろっか」

「うん」


ミナはクオンの手を取って歩き始める。


クオンの家はそう遠くなく、ほんの15分ほど歩けばすぐについた。

木造のこの家は、どうやらクオンの母が生まれた時からずっと住んでいたところだったらしい。


「おかえり、クオン。 あら、ミナも来てたの?」


家につくと、母のリオ・セラピアは、鏡の前で青い長めのスカートに着替えていたところだった。


「ただいま」

「お邪魔します!」


帰ってきた息子を迎えるリオだったが、クオンの身なりの汚れ具合を見て何かを察し、眉を顰める。


「ちょっとクオン、またカルシオくんたちにいじめられたの?」

「う、うん、大丈夫だから」


強がるクオンを無視して、リオは彼のおでこに手をかざすと、手先から眩い光が放たれ、次いで少し冷たい感触がクオンを包む。


「す、すごい…」


みるみる汚れが消え、怪我が癒えていく様を見てたミナは、目を大きく開けて驚く。

いつもクオンがいじめられて帰ってきた時は、こうしてリオが治癒をするのだが、何度見てもミナには新鮮に感じるらしい。


「はい、これでどう?」

「うん…もう大丈夫みたい」

「リオさん、いつもすごいです!!いつか私もできるようになりたいなぁ」


リオがクオンの頭を撫でていると、横でミナが目をキラキラさせていた。


「ふふ、ミナちゃんが15歳になったら、ちゃんと教えてあげるからね」

「はい!」


魔法というのは、精神的な能力がかなり関わってくるため、ルンドル町含め王国では15歳以上にならないと基本的には学べないのだ。基本的と言ったのには、例外も含まれているからである。

例えばカルシオは、父親が貴族で一定の権力があることと、12歳ながら魔法の才があると見込まれているために、すでに魔法の教育を受けている。


「さ、向こうにおやつを用意してるから、二人で仲良く分けてね」

「うん」

「いただきまーす!」


リオはテーブルを指差しながらそういうと、ミナは嬉しそうにテーブルまで駆けて行った。クオンもテーブルに着こうとするも、ふとリオが玄関から動こうとしないことに気づく。


「お母さんはどこか出かけるの?」


リオが正装なのを見て、クオンは疑問に思う。


「うん、これからちょっとセドリック町長のところに行ってくるね」

「またあの人…?」

「大丈夫よ、二人で家で大人しくしてて」


セドリック町長を、クオンは昔から信頼できずにいた。

とにかくなんだか怪しいという感覚が拭えないのだ。

雰囲気が変わったことを察したリオは、少し腰を曲げてクオンの視線に高さを合わせると、優しく彼の頬を両手で包んだ。


「お母さんは大丈夫だから。 二人で家で待ってて、後でセルナが来るから、ミナと一緒にセルナについて行くのよ?」

「僕もセルナおばさんについていくの?」

「ええ、今日、お母さん遅くなっちゃうから、セルナの家でご飯を食べてきて欲しいの」

「…わかった」


ふふ、とリオが笑い、クオンの頭を撫でる。


「リオさん、気をつけて行ってらっしゃい!」


クオンの気も知らずに、ミナは明るくリオを見送った。




△△△△△△△△△△△△△△△




家から出たリオは、フードを被り、人目につかないよう薄暗い裏道に入る。

いくつかの角を曲がり、大通りを出てしばらく歩くと、大きな屋敷の前で足を止める。


「どうぞ、中でセドリック様がお待ちしております」


すらっとした長身の執事が軽くお辞儀をし、先導して玄関のドアを開けてくれる。


「ありがとうございます」

「ご案内いたします」


執事はリオの横を歩く。


「あの、今日、サンク伯爵様はいらっしゃるのかしら?」

「ええ、すでにいらしています」

「そう」


少し嫌そうな表情を浮かべるリオをチラッと見た執事だったが、何事もなかったように無反応だった。

それから少し経ち、大きな木の扉の前で執事が立ち止まって振り返った。


「どうぞ、お入りください」


ガチャっと音がなり、扉が開く。

テーブルを挟んで向かい合ってソファに座った中年の男が二人、こちらに目を向けた。


「リオか、さあ、こっちに座ってくれ」

「待っていたぞ、リオ、ワシの横に来てくれ」


セドリック町長が立ち上がってリオを促している中、サンク伯爵は卑しくリオを見つめながら、自分の横の空いたスペースを手で叩く。


「失礼します」


リオは、サンク伯爵の横、少しだけスペースを開けて座る。


「相変わらず美しいなぁ、リオよ、どれ、匂いを嗅がせておくれ」

「は、伯爵様、今はやめていただけませんか?」


顔を首元に近づけてくるサンク伯爵の胸を押し退けながらそういうと、サンクが今度はスカートの上から太ももを撫で始めた。


「今は、ということは、後でいくらでもさせてくれるんだなぁ?」

「そ、そういうわけでは───」

「サンク様、お戯もそれほどにして、そろそろ本題に入りませんか?」


セドリック町長にそう言われ、「おぉ、そうだな」とサンクは思い出したかのように姿勢を正した。ただ、手が太ももから離れることはなかった。


「では、こちらが今回用意した書面です」


町長は、テーブルに一枚の紙を差し出した。

その紙面には、太い文字で『ルンドル町の合併提案書』と書かれていた。




△△△△△△△△△△△△△△△




「ねえクオン、そんなにお母さんが心配なの?」


リオが家を出てから、ずっと不機嫌そうなクオンにミナが声をかける。


「当たり前だ。 ここのところずっと町長のところに行ってるじゃん、何があったのか気になるでしょ」

「そうかも知れないけど…でも、リオさん強いから、何かあっても大丈夫だって、私の叔母が言ってたよ!」

「そんなの関係ない!!」


慰めの言葉をかけたミナに、クオンは怒りをあらわにする。


「どうせ、みんな母さんのことも人だと思ってないんだ…」

「そんなこと…」


ない、と言い切ることはできなかった。

ミナは、クオンが呪われた子だと言われる理由をよくわかっていた。


彼の母であるリオは、実は子供を産むことができなかった。つまり不妊だったのだ。

しかし、リオが20歳になった時、ふとこの町から姿を消し、次に現れた時には、すでにクオンが生まれていた。

それまで美しき歌姫としてこの町で人気だったリオは、その日からまことしやかに噂されるようになり、そこにあらゆる脚色が付け加えられて今に至った。


「じゃあさ、セドリック町長のお屋敷に行って、何をしているのか確かめてみようよ!」

「え…?」


急な提案に、クオンは呆然とする。


「だーかーらー、そんなに気になるなら、私たちで忍び込んじゃえばいいって!」

「そ、それはまずいんじゃないかな?」

「はぁ、あのね、心配だったんじゃないの?」

「そうだけどさ…」


ミナは、たまに信じられないことを言い出す癖があるが、クオンにとって今回は今までで一番のものだった。


「じゃあ、行っちゃう?」

「う、うん、行こう」


そしてクオンにも、そういうミナに昔からのせられる癖があった。


そうして二人は、おやつをささっと片付けると、服を着替え、変装をして家を出た。

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