魔王城における喫煙所のマナー

長田桂陣

第1話

 喫煙所。

 俺は先客の女に会釈をすると、商売道具を降ろし灰皿の横に立つ。


「健康ブームなんですかね、ここでタバコを吸うのはもう私だけ。喫煙所で人に会うのは久しぶりですよ」


 女が世間話を振ってきた。

 煙草の似合う美人はたまらなく良い。


「俺も似たようなものです。今の職場は未成年ばかりで気を使います」


 女はゆっくりと煙を吸い込み、天井に向けて煙を吐き出す。


「未成年というと……勇者ですか?」


 俺は横目で女を見定める。

 喫煙所は社交の場だ、それを乱すような無粋な女には見えない。


「お察しのとおりです」

「あなたも?」


 床におろした袋から、剣を取り出しカウンターに置く。


「いえ、戦士です」

「失礼ながらその細身で前衛は大変そうですね」

「攻撃特化の回避剣士ですよ」


 女が驚きに目を見開く。


「勇者パーティの軽戦士、あの高名な? 間合いに入れば斬れぬものはないそうですね」


 俺は鞘に納めた細身の剣を指でなぞる。


「そう自負しています」

「これは恐ろしい。私など瞬殺ですね」


 確かに前線で戦うとは思えない体つきだ。


「後衛ですか?」


 女は照れながら灰を落とした。


「ええ、恥ずかしながらシャドーなどと異名を頂いております」


 今度は俺が驚く番だった。


「なんと! あの72の姿を持つ四天王のシャドーですか? 誰も素顔を見たことがないという」

「いやぁ、面と向かって褒められる機会がないから嬉しいなぁ」

「その姿、凄く魅力的で好みです。変装なのは残念だなぁ。もっとも、変装だと知っているからこんなセリフが言えるんですけどね」


 俺の軽口に女は顔を赤くした。


「え? もしかして?」

「えぇ、まぁ。素顔です。タバコを吸うときくらいはリラックスしたいので」


 これは気まずいことを言ってしまった。ええい、この際だ旅の恥は掻き捨てと言うじゃないか。


「もし、人類が勝ったら。食事を奢らせてください」

「いいですよ。でも、魔王軍は強いですから負けませんよ」


 最後の一息を肺いっぱいに吸い込む。


「一本だけの約束なので戻ります」


 女は俺に箱を差し出す。一本だけ煙草が飛び出していた。


「もう一本だけどうですか? お互い最後になるかもしれませんよ?」

「うーん、魅力的なお誘いですがね。あいつらを待たせちゃ大人の示しがつきません」

「そうですか、残念です。では奥で待ってますから。また会いましょう」

「ええ、また後で」


 俺は喫煙所をあとにした。

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魔王城における喫煙所のマナー 長田桂陣 @keijin-osada

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