私とミカちゃんと③
ミカちゃんは、放課後に誰か教室にいたら帰ってしまうみたいだった。
逆は、このあいだと同じ、誰かとしゃべっている。
私は誰かさんが帰るミカちゃんに手を振っている妄想をして、少しだけいいなと思った。
手を振る、声をかける、視線が交わる。
笑顔でしゃべれる。
きっと心の底から笑顔になれるのだ。
中途半端な私とは大違い。あの大人っぽいミカちゃんが微笑む相手。
決戦の日はやってきた。みんながいなくなり、ミカちゃんが席に座ってしゃべりだす頃。
私は思いきって、教室の外からだったけど「ミカちゃん!」と呼んだ。
「と、幽霊、さん!」
ミカちゃんは大きく目を見開いて私を見る。
珍しいものを見たような目だ。
「……なに?」
それも一瞬で、すぐに目は細められ声は低くなる。
「わたし、も、なか、仲間に、い、いれて」
「……」
ミカちゃんは、私を上から下まで見てから肘を机について手のひらに顔を乗せた。
「見えないじゃない」
そうだ、見えない。
「それに中堂さん、今のグループから抜け出したいの? それとも罰ゲーム?」
「れ、れは……わ、わたし、こ、こんな、だか、ら」
「……先生から言われたグループだもんね」
吃音症。それが私の病名。
成長すればなくなると言われて一番安心したのは両親だろう。私を人間じゃないように、見ていた人たち。私はわかる。その人がどんな風に思って、どんな風にしたがるか。
今、私がいるグループはお情けグループだ。
吃音だけの私は特別学級に行くことはない。
でも、誰よりもおかしいのは確かで、それで一人じゃないのは、
「はっきりして」
ミカちゃんという存在がいたからだ。
私よりも好奇な目を集める人。
『幽霊が視える』変な人。
「わ、わたし」
ぼろぼろと涙が零れた。私という存在はミカちゃんより小さくなって『許されている』
「とも、ともだち、に、なり、たい」
「……」
ミカちゃん、ごめんなさい。ずっと、引っかかってた部分。でも心から引き抜けた針は、たった一つ。『友達になりたい』という感情だった。
忘れ物をした日。ミカちゃんの笑顔は綺麗で、他の誰よりも『何か』が好きなのを私は知ってしまった。
逆に私は、へらへらと笑うだけ、いるだけ、うなずく係、それだけ。
幽霊さんがうらやましい。
「ミ、ミカちゃん、わ、わたし、ゆう、ゆうれい、みえ、ない、けど、ともだちになって」
「……物好き。ワタシはイヤ。でも、傍にいるのは勝手にすれば」
嘘の色はなかった。嘘の色はなかった!
そっぽを向いたミカちゃんは、また『誰か』と話し始めた。
会話は弾んでいるし、ミカちゃんは笑っている。
私は教室に一歩入って、ミカちゃんの隣の席に座り、今日の宿題をランドセルから出した。
ミカちゃんは帰らない。
そう宿題は多くないけど、私は宿題が終わるまでミカちゃんの傍にいた。
集中していたからミカちゃんの声がなくなるのに気づかず、慌てて横を向いたら、同じようにミカちゃんも宿題をしていた。私の視線に気づいたのかミカちゃんは、
「おわったの?ワタシもおわったから帰る」
ガタンッと机と椅子を鳴らして、宿題をランドセルに詰めるとミカちゃんは教室を出て行こうとして、私も慌てて帰る準備をしミカちゃんの背を追いかけた。
後ろを歩いてもミカちゃんは何も言わない。
元から何も言わないのかもしれない。
だから隣を歩くことにした。
ミカちゃんは何も言わない。
私も何も言わないで歩く。
分かれ道になるところだろうか、ミカちゃんは立ち止まって私を見る。
「あっちでしょ」
私は吃驚した。私はミカちゃんに家の方向を言ったことがないはずだ。
こくりと頷くと、
「ワタシこっち」と反対方向に指を差す。
「う、うん、ばいばい!」
「……」
そう言って私たちは別れた。
ミカちゃんからの別れの挨拶は出来なかったけど、今日はミカちゃんと友達になれた。それだけでいい。
家に帰ったら、お母さんが悲しいことを言うかもしれないけど、私の心は強くなる。
明日もミカちゃんと一緒がいい。
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