白雪姫のリンゴがすり替えられる案件

佐兎

第1話 生徒会長と書記

「おい、聞いてるのか有藤?」


「聞いてはいましたが、何か?」


 生徒会長で三年生の葛城壮真かつらぎそうまの熱量とは対照的に、生徒会書記で二年生の有藤芽衣ありとうめいは机に手を突いてこちらに乗り出している相手を冷ややかに見返した。すると葛城は落胆と憤りをない交ぜにした表情を浮かべながら大げさに肩をすくめて見せた。


「何か? ってことがあるか。こちらが事象について説明したんだから、感想なり解決に向けた方策なりを聞き手のおまえは示すべきなんじゃないのか?」

「何故です?」

「さっきから質問に質問で返すな!!」

 バンと机を叩かれて、有藤はめんどくさそうにため息を吐いた。

「では、はっきり言いましょう。私にはまったく関係のない話ですね。他に用もないようなので、これで失礼します」

「ちょっ……と、待て!」

 立ち上がった有藤の二の腕あたりを慌てて掴むと、相手は心底嫌な顔をして即座に振り払った。

「触らないでください、セクハラですよ」

「これだけで!? 悪かった、もう指一本触れないから……ちょっと待ってくれ」

 両手を上げて降伏するようなポーズと表情の情けなさに、有藤はわずかに憐憫を覚えて歩を止めた。

「困っているのは理解できましたけど、相談先がどうして私なんですか」

「だっておまえ、先日悪徳教師の殺人未遂事件を見事に解決したじゃないか」


 有藤たちの通うこのK高校で、違法薬物所持と監禁の罪である一教師が逮捕されたことはまだ関係者の記憶に新しい。その際に巻き込まれる形で被害者となった男子生徒を、有藤の知啓で無事に救出できたという事実は今や学校中の評判となっていた。その原因は主に、その場に居合わせたクラスメイトの伝聞によってであり当の本人は大変に迷惑していた。


「誤解されているようですが、あれはあくまで偶然の出来事でして。過剰な噂になっているように私が探偵のまねごとをしたという事実はありません」

「謙遜しなくても良いぞ、理詰めで犯人を追い詰める様はまるでドラマのワンシーンのようだったとさ」

「誰からそんな話を?」

「誰って……それはまあ、色々と」

「要するに不特定多数が膨らませた妄想を吹き込まれたわけですね。とにかく、私には厄介ごとを引き受ける趣味なんて――」


「ごめん、芽衣ちゃんいる?」


 不意にガラリと扉が開いて男子生徒の一人が遠慮がちに顔を出すと、無表情に葛城と対峙していた有藤芽衣の声と態度が一変した。


「望月くん! どうしたの?」


「うわぁ……」


 さっきまで埴輪のように線だけで描かれたような顔をしていたくせに、まるで睫毛がびっしりと付いたビスクドールのように目を見開いてバックに幻覚の花さえ見える仕草で望月に向き直った有藤を、葛城は胸焼けしたような思いで眺めていた。男子生徒の名は望月希もちづきのぞむ。有藤の幼馴染であり、先の事件で被害者となった不運な生徒である。誰に聞くでもなくこのやり取りを見るだけで有藤が望月に抱いている感情は丸わかりだが、望月自身に伝わっているかは怪しいところだった。


「あ、クラスの子にここだって聞いて。邪魔してごめん、ちょっと芽衣ちゃんに相談があって」

「なに?」

 小首を傾げる様は、自分をセクハラ呼ばわりしていた人間と同一人物とは思えなかった。

「実は美術室の備品の件で、演劇部とトラブルみたいなことになって。何とか生徒会の方で仲裁してもらえないかな」

「あのなあ、そんなこと一々生徒会が――」

「それは大変ね、すぐに行きましょう! と言うことなので会長、戸締りはよろしく」

 葛城の発言を打ち消すように了承した有藤は、再び埴輪のような顔で葛城に施錠のことを託してから生徒会室を後にした。

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