1人用声劇台本【白亜病棟】

汐音 葉月

白亜病棟

【キャスト数】

0:0:1(男:女:不問)


【所要時間】5〜10分


【配役】

医師(性別・年齢不問)


【本編】


0……ト書き

※通常ト書きは読みませんが、朗読台本として読んでいただいても構いません



医師:人が死ぬ瞬間まで残る感覚は、聴覚と云われている。

だから私は、今日も言葉を掛け続ける。



( 0:朝日が差し込む部屋。医師は白衣に腕を通す。)



医師:あぁ……明るい。白亜石の壁に反射した陽の光。寝起きの私の目には優しい刺激だ。



( 0:医師はタブレットを片手に病室へ向かう。)


( 0:辿り着いた病室には患者が一人横たわっている。患者には無数の管が繋がっており、心電図のピッピッという音だけが鳴り響く。)



医師:今日もまた一日が始まる。幾度となく繰り返されてきた日常。


まずは朝の回診だ——といっても、患者は一人だけだが。

患者の顔を見る。反応は無くても、「おはようございます」と挨拶をする。それからバイタルチェックをしてタブレットに記録。点滴は私が換えたり看護師に頼んだり、その時の状況次第だ。


その後、外来があった時のために診察室で作業をする。まぁ、ここに来るような人は滅多にいないのだが……


この病院には私と数名の看護師、受付兼雑務係、そして一人の患者しか居ない。



( 0:1名の回診と0名の外来を終えた医師。病棟の屋上で遅めの朝食を摂ったあと缶コーヒーを飲む。)



医師:100年以上前はどの地方都市にももっと人がいたらしい。

出生率の低下と人口の減少。さらにウイルス性の感染病が流行り、それらに拍車を掛けてしまった。


変異を続けている新型ウイルス。一時期、感染率を抑えることは出来た。しかしそれはほんのひと時だけで、もう我々人類は太刀打ち出来なくなっていた。

——誰がいつ罹っていつ死んでもおかしくないのが、当たり前な世界だ。



( 0:コーヒーを飲みながら、ポケットから煙草とマッチを取り出す。)



医師:あの癌患者には、身寄りも後見人もいないらしい。数年前までは患者自身も普通に話せていたらしいが……私が赴任して来た頃には終末期に入っており、寝たきりになっていた。


国会で揉めに揉めて採決された、“積極的安楽死”における法律。一部条件に合う人のみ適用される事になったのが十数年前だ。

だが、あの患者は安楽死の意思表明をする前に昏睡状態へと陥ってしまった。

代理人さえもいないのだから、勝手に患者の生命維持装置の電源を切ってはいけない……無論、私から進んで切ることはないが。


( 0:煙草を吸って、溜め息と共に煙を吐き出す。)


医師:“死人に口無し”、とは言うが……あの世へ片足突っ込んでいる人はどうなんだろうか。


——生命倫理を議論し尽くしたところで、この世はいつ終わるかも分からない。こんなこと考えたって……仕方ないじゃないか。

私は思わず、吸い終わった煙草を乱暴に靴の裏で消してしまった。



(0:夕刻、患者の病室を訪ねる。)



医師:患者は一人しかいないし、看護師は交代制で夜勤にも来てくれる。だから私は誰もいない家には帰らず、こうやって病院に住んでいる。


——どうですか?調子は。

患者に語りかけるが、もちろん返答はない。瞼は閉じており、わずかな胸の上下と心電図の音で生きていることを確認する。


——夕日が見えますよ。いつも真っ白な部屋の中が今、オレンジ一色です。

まだ残っている聴覚を信じて、他愛のない事を話しかける。


——もう少しで桜の季節です。きっと鶯もやって来るでしょう。その時は窓を開けて、一緒に鳴き声を聞きましょうか。

私は目を疑った。患者の瞼がぴくっと動き、唇も僅かに開いて何かを呟いたのだ。


私はこの人を知らない。寝たきり前の姿を。何色の瞳をしているのかを。どんな声をしているのかを。

本人の希望か代理人の同意さえあれば、安楽死させていたかもしれない。そう、医師と患者以上の立場は無い。


( 0:患者の片手を両手で握る )


医師:——あなたの手は、いつも冷たい。

それは仕方のない事ではあるのだが。例え意味が無くても暖めたいと思うのは、私の傲慢だろうか。


意思を伝えられない患者にとって、私が延命をしている行為は地獄かもしれない。

ただ……微かに呼吸をしている。手からは弱々しくも脈拍が伝わってくる。


だから、私は——


また明日も、ここに来ますね。

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1人用声劇台本【白亜病棟】 汐音 葉月 @shione_hazuki

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