Call

志央生

Call

「ただいま」

 返事のない我が家に帰宅を知らせ、スイッチを押して灯を灯す。暗かった部屋が明かりで照らされて散乱したゴミ袋が目に入る。いつから捨てていないのか記憶にない。ただ、こうなったのは妻がいなくなってから、ということだけは確信できる。

 唯一キレイなのはソファだけでそれ以外は足の踏み場もない。なんとかゴミの合間を縫ってソファに辿り着き腰を下ろして「ふぅー」と一つ息を吐いた。落ち着ける場所のなさに辟易しながらもどうにかしなければと思うが、残念なことにその思いが継続する事はない。今までにも何度も同じように片付けを決意するものの実行できず、次は次はと先延ばしにした結果がこれなのだ。そのことを分かった上で意味のない決意を私は繰り返している。そうすることで少しはまともになれる気がしているから。

「ビール」

 ネクタイを緩めながらソファに首を預けてキッチンに目をむける。冷蔵庫までの距離と道のりの険しさ、自身の欲望を天秤にかけてみるものの動く気になれずに欲望に蓋をした。最近は飲むことすら少なくなった、と思う。疲れた体のガソリンだ、と言って毎日飲んでいたのが懐かしめるほど味を忘れかけている。

 すべては妻がいなくなったことが原因だ。人のせいにするなと言われてしまいそうだが、私からすればそれが事実なのだ。彼女がいなくなるまでは部屋はキレイだったし、私の生活も安定したものだった。

 どれだけ嘆いても現状が変わらないことはわかっているが、それでも誰かに原因を見出さなければ心が持ちそうにない。スマホを操作しながら連絡先に表示される彼女の名前を見る。かけたところで電話に出る事はない。延々と呼び出し音が続くだけ、そう分かっている。それでも私は発信ボタンをプッシュしていた。

 部屋のどこかでバイブ音が鳴る。ゴミ袋に埋もれているのか微かな音で場所を教えようとしてくれる。目だけを動かして音がしていそうな場所を探す。昨日も一昨日もその前から場所を変わっていない。妻がいなくなってから彼女のスマホの位置は動いていない。

「変わりなしか」

 重い腰を上げて私はソファから立ち上がり風呂場に向かう。いつになったら終わるのか、私はそう自分に問いかけながら浴槽に沈む彼女を片付ける。

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Call 志央生 @n-shion

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