希望を映して

@aika02

第1話


 携帯電話を耳にあてたまま、テレビを前に呆然と立ち尽くしていた。ニュースというのは、時として、狙いすましたかのようにわたしの前に現れる。


「深夜から猛威を奮っている台風十三号は、築百年を超える木製の鳥居を完全に倒壊させてしまいました!」


 傘もさせないほどの暴風雨の中、アナウンサーは懸命に現場のリポートを続けている。朝方の眠気は完全に覚めた。胸元から込み上げてくる不安は、わたしの目と口を閉じさせない。画面の中には、故郷のシンボルでもある神社の鳥居が、無惨な姿で冷たく映っていた。


「神社が壊れた……」

「え?」

「わたしの、地元にある神社の鳥居、台風で、壊れちゃった……」


 通話先の彼氏にそう言った。響きのない途切れ途切れの声で――

 だけど、ことの重大さはあまり伝わっていないようだ。彼からは「そうなんだ」と他人事のような返事が聞こえてくるだけで、それ以上は一言もなかった。彼の冷たい反応に、わたしは一瞬、強い言葉で罵しりたくなったけど、寸前のところでそれを飲み込んだ。いくら彼氏だからといって、行ったことも、見たこともないだろう神社の惨劇に、わたしと同じ気持ちになってと求めるのは、さすがに大学生にもなって子どもっぽいと思った。


 それでも、わたしにとってそこは故郷にある思い出深い大切な神社なのだ。初詣や夏祭りだけでなく、初宮詣、七五三、十三詣、といった人生儀礼も全てこの神社で行なってきた。よく散歩もしたし、なにかある度にお祈りもした。神主さんとの挨拶が日常だった。

 なのに、そんな宝石のような思い出は土砂降りの雨に晒されてしまう――

 台風が去ったところで、週末のデートも楽しいと思えなかった。きっと、今、必要なことは自分の足で動き出すこと。少しでも故郷の力になりたいと思った。


 わたしが、学生街の一角にある飲食店でアルバイトを始めたのは、鳥居を再建するための寄付金を神社が募っている、そう中学の同級生から聞いた数日後の話だ。大学生活の暇をみつけて、お客さんを座席に案内し、注文を受け取ることにした。けっして大した金額ではない。月に稼いだ給与から、わたしは神社に支援金を送ろうと決めたのだ。

 テーブルを片付け、汗を拭う。もうしばらく頑張らないとね。そう呟いて、外の景色を覗こうと近づいた窓ガラスには、誇らしげに見つめるわたしの姿が映っていた


「よーし。その調子だ。いいぞ!」

 あっという間の数ヶ月だった。

 太いロープで繋がれた巨大な木製の鳥居は、物々しいクレーンによって運ばれていく。本来、あるべき場所へと。

 寄付金が全額集まるには、もう少し時間はかかると思われていた。しかし、地元民の早急な支援により、予定よりも早く計画は進んで、再建の日を迎えた。不思議なことだが、生まれ変わったばかりの鳥居は、すでに手を合わせたくなるような、神秘的な空気を漂わせていた。


 あたりから喜びの声が聞こえはじめる。

 目の前には、こんもりと聳えるイチョウの神木と同じように、神社の新たな門出を見守るみんなの姿が映っていた。わたしは思う。遠い昔から、何度も目を背けたくなるような光景は繰り返されてきたはずだ。その度に、一人ひとりが立ち上がり、今日という日まで繋がってきたのだろう。この美しい、誇らしい光景が、はるか未来の先までずっと続いていきますように。心の中でそっと手を合わせると、雲間から射しこんでくる光に、ようやく頬をやわらかくした。


 鳥居をくぐり抜ける風が、落ち葉の匂いと共に秋の空に向かって舞い上がっていく。




 








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