密室ホテルデスマッチ

葵染 理恵

デスマッチ

「本日は柳田流くん12歳VS草野忠さん32歳のイベントに、お越し頂きまして誠にありがとうございます。今回の設定場所はホテルでございます。この至って普通な一室で彼らは、見つけることが出来るのでしょうか?」

薄暗く殺風景な部屋には、綺麗に着飾った男や女たちが、燕尾服を着た男の解説を静かに訊いてきた。

「そして、柳田流くんは母親の仇を取ることが出来るのでしょうか?はたまた、流くんの母親を殺した草野忠さんは無事、証拠品の凶器を見つけて、目撃者の流くんを殺すことが出来るのでしょうか?さあ皆様、こちらに注目してください」

と、言うと、燕尾服の男は暗幕を勢いよく開けた。

「イッツ ショータイム!」


大きなマジックミラーの奥には、小さな体で草野を睨み付けていてる流と、それを、ほくそ笑むように見つめる草野。その間で、レフリー姿の男が説明を始めた。

「いいですか。制限時間は15分。凶器の包丁を見つけた時点で、その人が勝ちです。そして負けた相手を殺してください。けして試合中に殺そうとはしてはいけません。そんな素振りや探す邪魔などの行為をした時は、反則で即刻、死んでもらいます」

と、言うと、黒光りした拳銃を見せた。

「それでは、始め!」

レフリーは、マラソンのスタート合図かのように、天井に向けて一発、撃ち込んだ。

拳銃の音に驚いた流と草野は首をすくめて、その場に座り込んだ。

天井からパラパラと落ちる破片を、見つめる二人にレフリーは発破をかける。

「固まってないで、始めてください。時間はありませんよ!ドローだった場合は、お二人とも死んでもらいます。さあ、探してください」 先に動いたのは草野だった。 近くにあったソファーのクッションをひっくり返して乱暴に探し始めた。それに続くように流も小さな手で、枕の下や掛け布団、ベッドのシーツを剥がして、母を刺した包丁を探した。

草野はソファーのクッションを手で引きちぎって探すが無いと分かると、テレビ台の周辺を探す。だが、包丁は無い。

次に綺麗な薔薇が飾られている花瓶を逆さまにして中を覗く。

「クソ!」

と、花瓶を床に叩きつけた。流は、バリンと割れた音に一瞬、驚くが、鬼のような形相をした草野の面が目に入り、復讐心が沸々と沸き上がった。

ベッドを諦めた流は、お風呂場に向かった。大理石で出来た洗面台にはアメニティグッズなどが置いてあるが、背伸びをしても流の身長では、とどかない。

そこへ、レフリーがやってきた。

「身長のハンデがありますから、私がお手伝いします」と、言って、流を持ち上げて、大理石の上に立たせた。

助けてもらった流は、ほんの少しだけ表情が和らいだ。

「ありがとう」

声量は小さかったものの、力強さのある声を発した。そして、すぐにアメニティグッズや棚を探した。

だか、見つからない。

流は、大理石に座ると、足から降りた。そしてお風呂場を探す。

桶の中や椅子の上、そして、またレフリーに肩車をしてもらい、天井の蓋を開けて、配管が通っている場所を探した。

お風呂場にも凶器はなかった。

流は、レフリーの肩から降りると、急いでメインの部屋に戻る。その途中、草野は荒々しい声を上げながら、トイレの中を探していた。

レフリーは時計を確認すると「あと3分です!」と、大きな声で知らせる。

「クソ!ふざけやがって!あんな包丁なんって、どうでもいい!」

と、言うと、隠し持っていたナイフを取り出した。

「俺は、はじめから皆殺しする為に来たんだよ!」

草野は、レフリーの腹をめがけてナイフを突き立てた。だが、合気道の型で、簡単に投げ飛ばされた。

「あと2分23秒!草野さん、そんなことしてる場合じゃないですよ。探さないと」

と、言いながら、笑顔で見下ろす。

草野が投げ飛ばされている間に、流は、備え付けの冷蔵庫やクローゼットの中を探していた。

「残り1分!」

焦りと悔しさで、流の瞳から涙がこぼれだす。それでも諦めずに探そうと、踏み出した瞬間、花瓶の水で足を滑らせた。

そして、天を仰ぐように背中から転んだ。

痛みで声も上げられずに、倒れていたら、スタート合図で空いた銃痕の穴からキラリと光る物を見つけた。

「!?」

草野が乱暴に物を投げつけながら探していたので、その振動で穴がボロボロと広がっていたのだった。

「残り25秒!」

流は、花瓶の欠片を広い集めて、ベッドの上に上がった。そして、銃痕に向かって何度も陶器の破片を投げつけた。

「残り5秒!!」

と、カウントがはじまった瞬間、凶器の包丁が落ちてきた。

「あったーーー!!」

凶器の包丁を拾い上げて、レフリーに見せつけた。

「お見事!勝者、柳田流くん!!」

と、言って、拍手を贈った。

「何が、お見事だよ。馬鹿馬鹿しい!」

草野は、銃口をレフリーに向けていた。

レフリーは白々しく、持っていた拳銃を探した。

「阿呆だねー。俺は、これを奪うために投げ飛ばされたんだよ。俺の秘密を知る者は皆殺しだ!」

と、言って、引き金を引いた。

だか、カチンと音が鳴るだけで弾は飛び出さなかった。

「その銃は一発しか入ってないんですよ。それでは……」

と、言う合図で、玄関から黒いスーツを着た男が二人はいってきた。そして、草野を両サイドから、がっちりと押さえつけた。

「放せ!放せ!!」

体をよじりながら、必死で逃げようとするが、びくともしない。

レフリーは黒いスーツの男から拳銃を受け取ると、流に渡した。

「撃ち方は分かりますか?」

流は、首を横に振った。

「お母様を殺した包丁で仇をとるか、6発の弾でジワジワと苦しめて仇をとるか、どちらにしますか?」

右手には血で錆びてきている包丁、左手には拳銃。流は、二つを見比べながら考えた。

そして「両方」と、答えた。

レフリーは高らかに笑った。

「承知しました。では、撃つ場所を教えますね。まずは左右の太ももからです。痛みで立っていられなくなるので、そしたら、左右の肩、右胸と腹に一発づつ撃ち込みます。けして、頭や急所を撃ってはいけません。すぐに死んでしまったら、とどめがさせなくなりますからね」

流は、般若のような顔で頷く。

「最後は、左胸の心臓です。心臓は肋骨という骨に守られていますので、縦に刺すのではなく、包丁を横に持って、そのまま突き刺してください。では、包丁を預かります」

と、言って、包丁を受け取った。

「やめろ!やめてくれ!」

壁に押し付けられた草野は、顔面蒼白になっていた。

小さな手で拳銃を握りしめて、ジワジワと草野に近づいた。

「次は撃ち方です。両手で握りしめてから、人差し指で、引き金をひいてください。そうすれば弾が草野さんの足を貫きます。撃った時の振動で、倒れるといけないので、撃つときは、しっかり足で踏ん張ってください。分かりましたか?」

レフリーの指示に頷きながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「ママの仇だ!!」

草野の左股を目掛けて、力一杯、引き金を引いた。破裂音と共に、草野の悲鳴が響く。

踏ん張っていても、体の軽い流は、後ろによろけてしまった。

「お上手。次は右股」

レフリーに誘導されるがまま、もう一発、撃ち込んだ。すると草野は悶絶しながら膝から 崩れ落ちた。

「後は好きなタイミングで撃ってください。ですが、あまり時間を掛けすぎると、出血多量で死んでしまうので、気をつけてください」 返り血で、顔や腕など血がらけになっていた流は、背中で手に付いた血を拭き取ると、拳銃を握り直した。

そして、両肩、右胸、腹とテンポよく撃ち込んだ。次第に意識が朦朧としている草野の瞳は半分、天を仰いでいる。

「とどめを!」

と、促すと、レフリーは、拳銃を奪って、流に包丁を握らせた。

仇とはいえ、12歳の子供が何発も人間を撃ち続けて、その血を浴び、悲鳴を訊き続けていれば、彼の精神も壊れていく。

すでに無の状態になっていた流は、操り人形のように、レフリーの言葉に従って動いた。

母の命を奪った包丁を、腹の位置で握り締めると、体ごと飛び込んでいった。

すると、鈍い悲鳴とともに吐血すると、草野は絶命した。


「いかがでしたでしょうか?」

燕尾服を着た男は、満足げに客席に問うと、感動で泣いている者やスタンディングオベーションで拍手をしている者たちがいた。

「ご満足して頂き、ありがとうございます。またの出資を、どうぞ宜しくお願い致します」

そして、拍手喝采の中、暗幕が降りた。

すると、一つしかない扉が開く。

「次の催し物は、ストーカーVS女子大生を予定しております。少し弱いと思われるかもしれませんが、この女子大生は一癖も二癖もある方で、ストーカーに負けず劣らずの性格をしておりますので、どうぞお楽しみに」

客たちは、スタッフから高額なチケットを購入してから帰っていった。


「流くん、流くん、しっかりしてください。終わりましたよ」 レフリーが優しく声をかける。すると、流は、大粒の涙を流しながら草野の胸の中で大泣きした。

「パパーーーパパー!!」

黒いスーツを着た男たちは、腕を放すと、草野は血まみれの流を優しく抱いた。

「辛かったよな。ごめんな」

草野も我が子をしっかり抱きながら、大泣きする。

「大変、お疲れさまでした。とても素晴らしい迫真の演技でした。では、草野様の借金3千万は、こちらで全て返済致します。あと、こちらは社長からです 」

と、言うと、分厚い茶封筒を草野に渡した。

「300万、入っております。このお金をもとに流くんと二人、健全に暮らしていってください。世の中には、金融会社から金を借りて友達に肩代わりさせる奴や、ストーリー性のある殺し合いを楽しむ悪趣味な富豪たちが、ごまんといますので、なんでもかんでも信用せずに、疑いの目を持ってください」

「は……い…本当に、ありがとう…ございました…」

草野は、極度の緊張と恐怖から解放された安堵で、大切な息子を腕に抱いて泣き続けた。

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密室ホテルデスマッチ 葵染 理恵 @ALUCAD_Aozome

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