僕は仲間とともに、覇王の道を進む。

久遠 れんり

第一章 旅立ちと冒険者時代

第1話 旅立ち

「どうなさいますか?」

 ミヒャル=コンフューシャスは、わざとらしくレオンに聞く。


「作戦通り、森の中に隠した大弓を斉射。敵が引き始めれば、後背のがけを崩せ」

 レオンは、ミヒャルを一瞥すると、呆れたように伝える。これはむろん言わなくても知っているだろうという意思表示。

 すると彼は、にへらと笑い、ふざけたことを聞いてくる。


「宣誓はよろしいので?」

 眼下で蠢く、敵の流れを確認をしながら、わざわざ聞いてくる。

 此処は平原側ではなく、すでに山側の中腹。

 今から敵の前に出ていく気は、毛頭無いことは彼も知っている話だ。


「全滅をさせれば、形式など、あったかどうかは伝わらん」

 俺がそう言うと、ミヒャルは、にやっと笑う。


「聞いたか。准将は敵の全滅をご所望だ。中将様達の弔いだ。一気にいけ」

 周囲にいる兵に向かい、茶化すように、命令が宣言される。

 それを聞き、伝令となる兵が、攻撃の開始を伝える為に走って行く。



 すでに戦いは二月。


 三日ほど前。

 主力であった精鋭部隊は、自らの浅はかな作戦により敗北。

 残数は全員をかき集めても、一個師団八千人ほど。

 大半は農民だ。


 敵は倍。

 一万五千は居るだろう。


 帝国とアウルテリウム王国の境。


 山と山に挟まれた峡谷。

 近くには、レオン達が生まれ育った、シグナ村が存在をする。


 先発だった、エリオット=スケフィントン中将率いる隊は、平原での戦いを望み、初期の兵同士の戦いでは五分だったが、突然敵が引き、代わりに現れた敵の魔法師団によりすりつぶされた。


 上司だった、ヨエル=ヴラハティ少将は、中将の腰巾着らしく共に討ち死にをしたようだ。


 レオン達は、命令により三千ほどの連隊と補給部隊を援護するため、後方に下がっていた。

 

 そして、太陽のような火の柱を平原に見た。


 上司に疎まれていたのが、幸いしたようだ。

 駆けつけた平原に、敵の姿はなく、味方だった者達の炭が無数に転がっていた。


「これは……」

「味方がコレなら敵はほぼ無傷でしょうなあ? 一時的に撤退のようですが、数日中には隊を組み直し、また来ますな」

 レオンは速やかに行動に出る。


「王都へ、本隊全滅の報を入れろ。援軍求むの連絡もな」

「御意」

 連絡兵達が走って行く。


「仕方が無い。やるか」

 敵が寛いでいる間に、知力を絞り罠を仕掛ける。

 どうせ、まともにやっては勝てない。

 向こうの数は多く、精鋭が残っている。

 休憩を挟めば、魔法師団も復活をするだろう。


「正々堂々と、戦う気はありませんか?」

 副将であり、軍師でもあるミヒャルは嘲るように聞いてくる。

「あるわけないだろう。情報が正しければ敵は倍以上だ」

 わざとらしく、首を振り手を広げながら答える。

「あなたらしい」





 天に何かを期待された少年は、運命に従い。

 十三歳の今日旅立つ。

 その名は、レオン。


 両親は、農場を耕すだけの農奴だった。

 本来なら、農奴の子供も、また農奴となるのが定め。

 だが、この国境では、定期的に敵である帝国がやって来る。


 今まで数千人程度の小競り合いで引いていく。

 だが、繰り返されるその戦いで、徴兵をされ、父達を含めて、村人は減っていく。


 レオンは、母を守り弟と妹を育てるために働いたが、多くは税として取られ手元には残らない。

 そのため、冒険者になることを選択をした。

 農奴でも、冒険者つまりハンターと呼ばれる存在にはなれる。


 ハンターは、国から身分を保護され、魔物の脅威から国を守る。

 そのため、特別扱いをされている。


「レオン。無理はしないでね。駄目なら帰っておいで。地道に暮らせば、なんとか生活はできるから」

「分かったよ母さん。では、お母さんも元気で」

 母親と、幼い妹と弟。


 僕が生まれたあと、母さんは体を壊し、妹や弟とは少し年が離れている。

「稼いだら、仕送りをするから」

 そう言って手を振り、出ていく息子を見送る。


「大丈夫でしょうか?」

 母親は、父親と仲の良かったシモンに問う。


「そんなに簡単じゃない。徴兵されたとき、仲間も言っていた。ハンターになっても生き残りは三割。その中で、上位にいけるのは、ほんの数人だと」

 母であるシンディは手を振り見送る。

 シンディのその手は、震えていた。


「駄目なら帰って来こい」

 開拓村シグナを出るときに、レオンは母と一緒に見送ってくれた、猟師のシモンさんから、魔物除けの匂い袋を貰う。


「ありがとう。行ってくるよ」

 レオンはまだ十三歳。成人は十五歳だから、ハンターとなっても、まだまともな仕事はさせてもらえない。

「おかげで、すぐに、命を落とすことはあるまい」

 そう思いながら、友人ラルフの息子、レオンを見送る。



 そうして少年は旅立ち、近くの町へと向かう。

 アウルテリウム王国。ゼウスト=ヴェネジクト辺境伯が治める領地で、町は領都であるテルミウスオピディウム。辺境の町と呼ばれている。


 ここから、流血の渓谷を越えれば帝国の勢力範囲。

 明確な国境は無い。


 だが商品の流通はあり、山越えの街道が通っている。


 谷は深く、山肌に切られた街道は戦時でなくても崩落を繰り返し、人の血を吸う。

 時に川は、赤く染まる。


「この街道に沿って行けば、町にたどり着くはず」

 レオンは、村からの道を左に折れる。


 戦地になるこの辺りは、石は敷かれておらず、馬車の轍が深々と刻まれている。


 そうして、約二時間も歩いた頃、少し前に追い抜いていった馬車に、ウルフたちが取り付いていた。

 高そうな馬車だが、護衛は少なく、ウルフ達の数とスピードに翻弄されている。

 その数は、三十程度。


 護衛は五人。

 御者は、おびえて、馬車の上に張り付くように立っている。


 ただ、馬たちはおびえているが、脚を踏みならし、ウルフを威嚇している。


 無手のレオン。剣術も体術も少しは習ったが、たいした事は無い。

 だが、様子を見て、見ぬ振りをできる性格でもない。

 世の中では、無鉄砲とも言う。


「大丈夫ですかぁ」

 そう言って走ってくる子供に、護衛の方が焦る。

「来るなあ。危険だ」


 護衛が叫ぶ。

 だが、レオンが近付くにつれ、ウルフたちはしっぽを巻き、逃げ始める。


 その様子を、護衛達は呆然と見送る。

「一体何が?」

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