第六話・「√星:分岐点(4)」
七年前に見た〝落ち星〟――
世間では、災害を引き寄せた
焔に燃える建物や襲い来る
「飛来した超越種へ成り損なった星――その
歩を進めながら、クレアは淡々と述べていていく。
「そうだね。言うなれば、竜とは――生きた災害、そう形容できる存在だろうね」
「〝竜災〟……――終わりの始まり、か」
呟きに彼女は同意するようにコクリと頷いた。
「
倒壊し、焔に燃える建物の広がる街並みに視線を向け、彼女はそう語った。
これほどの光景を前に、これはまだ序章に過ぎないという事実を突きつけられる。きっとこの時点で多くの人が息絶えただろう――それでも、きっとこれから先に待っている死人の数には遠く及ばない。
その事実は俺の心を重くする。
「竜はこの地上に在来する生命体が死滅するまで止まらない。もう終わりへの
「…………」
彼女の話を聞いて思わず俯いてしまう。
竜は人では遠く及ばないほど圧倒的な存在。それはクレアの話を聞いて強く理解した、きっとソレは人類が有するどんな
決定した〝破滅〟……この事実を呑み込むには、俺はあまりにも脆い。
「なにか……なにかないのか?」
希望に縋るように彼女へ問い掛ける。
「そうね、明確な方法はないけど……奇跡でも願うなら。……竜が全てを喰らってしまう前に、私達の住むこの
「星の機関? ……それはいつ動き出すんだ?」
星の機関――おそらくこの星の竜か、それと類似した機能を持つ何かなのだろう。確かにそんなモノが動いてくれれば、こんな状況も何とかなるのかもしれない。
淡い期待を抱き彼女の返答を待ったが、返ってきた言葉に思わず目を見開いて絶句した。
「星が――その存在を存続不可と判断した時よ」
「――――」
淡く抱いた期待が粉々に砕け散る。
返ってきた言葉の無情さに絶望した。
……それじゃあ実質、
「つまり、解決に向かうのは――〝星に巣くう生命が死滅した後〟ね」
事も無げに彼女はそう口にしたが、それが事実なのであれば、地上に生きる存在にとってこれから先に起きることはあまりにも救いのない話だ。
しかし、それ以上に残酷な事実が彼女の口から話される。
「それに仮に星の機関が動き出したとしても、それらは人類や地上の生命に対して生存の配慮なんて考えない。つまり、竜を殲滅されても種の大量絶滅は避けられない」
「っ――!」
さっきまで抱いていた淡い期待は完全に崩壊し、絶望に反転する。
星の動きはその上で生きる生物にとって災害に過ぎない。考えてみれば当たり前だ、星の
でも、それはあんまりにも残酷だ。
どうしようもない事実/現実に心が殺される。
「どちらにしたって多くの生命体が死を迎えるのは避けられない。これは――決定事項よ」
「そ、そんなこと――」
認められるわけがない……どうして多くの命が失われなければならないんだ。
強い憤りを感じながら力強く拳を握った。
脳裏に過るのは、瓦礫に押し潰された
これから竜は、大勢の命を奪うだろう――
奪われる命の中には、勇夫さんや文子さんのようにただ平穏を望み、誰かの幸福を祈るような優しい人達も多く含まれる。無関係な一般人――決して無残で残酷な末路を
そんな事実が
〝死〟しか待っていないなんて――許せない。
でも、竜という存在はあまりにも圧倒的。クレアほどの人物が、その存在は人では止められないと言った。それは疑いようのない事実だ、ただの人にソレを止めることなんてできる筈がない。
そんなモノに一体どう抗えばいいのか、俺にはわから……――わからない。
現実に絶望すると共に、割り切ることのできない自分に憤りと怯え、嫌悪が溢れる。空の秤のクセに、今更になってなぜ決断に怖れを抱くのか。
…………後悔、か。
脳内に昔の映像がフラッシュバックする。
モノクロの世界の中に広がった――
白と黒の無機質な世界に真っ赤な水溜り、手に触れたそれはほんのり温かい。吐き気を催すような温かさに気が動転している内に、俺の体は半ば自動的にその場を離れた。
――深く鋭い刀傷のように残った記憶。
何度も何度も自身を呪って、それでも生きようと動いた。でも――また目の前で消えた。
一体どれほど自分の愚かさを呪ったのだろうか? 一体どれほど世界の無情さを嘆いただろうか?
いつだって後悔は、全て終わった後だった。
理不尽な死は許せない――でも、それが〝世界〟だ。
世界は残酷なまでに無情で、死に善悪なんてモノはない。
終わりは終わりに過ぎず、いずれ誰しもがその結末を迎えることになる。
無情でも、理不尽でも――それが〝現実〟だ。
そんな現実を認めたくないのであれば、抗うだけの力を行使しなければならない。
しかし、人はあまりにも弱くて脆い。どんなに努力をしても限界がすぐに訪れ、人は努力することを諦める。
無情な世界――理不尽な現実。
人は一体、そんな〝世界/現実〟で――どう抗えばいいのだろうか?
俺には、その答えが
重たい心を引き摺って前へ歩を進める中、彼女が言葉を口にした。
「でも、だからこそ――」
俯きながらもクレアの言葉に耳を傾ける。
次の瞬間、彼女の凛と透き通った鈴の音のような美しい声で言った。
「――――私達がいる」
その言葉を聞き大きく目を見開き、彼女の方へ顔を向けた。
「この
「――――」
「もちろんそれは簡単なことじゃない。相手は地表の全てを喰らい尽くせるバケモノ、魔術師程度じゃ勝てると思う方がおかしい」
微笑を浮かべ冗談を言うようにそう話すクレア。しかし、そんな言葉と裏腹に、その表情には勝てないという弱々しさはなく、本気で勝つという感じの強きな表情をしているように見える。
真っ直ぐと力強い視線を前方に広がる焔へ向ける。
「確かにこの戦い――勝てないかもしれない、負けるかもしれない。夜に落ちた星のように、本当に小さな可能性しか、私達にはないのかもしれない。
でも、それでも――
――――どんなに小さい可能性だって、
あるのなら必死に抗い続けるのが――〝人〟だよ」
「っ――」
そんな言葉と共に優しい笑みが向けられ、暗く沈んだ心が晴れるように感じた。
「叢真……これは今を生きる人類種にとっての大きな分岐点――全てを竜が喰らい尽くすか、私達人類が生き残るか。これから行われるのはそういった戦いよ。私達は全霊を懸けて世界を救う」
力強い眼差しと共にそう口にする。
「……こ、この戦いに……――勝てる自信はあるのか?」
震えた唇でそう問う。
「ある――と希望を持たせるようなことは言わない」
「…………」
彼女は気休めの言葉を口にはしてくれなかった。
だけど、不思議と気持ちが暗く沈むことはなかった。晴々しているとは言えないが、それでも心は少し前を向けている。
なんとなく――彼女はそういうと思った。
まだ少ししか
彼女は現実と強く向き合っている人間だ――
「でも」
だから、彼女は空想だけを語らない。
「魔術師は――〝真理を目指し、奇跡を体現する者〟」
耳に良いだけの言葉は、無意味だと知っているから――
「――私達、魔術師は奇跡を願わない」
でも、だからこそ――彼女は言葉にする。
「竜に殲滅することが奇跡というのなら、
その奇跡――
――――体現するのもまた、私達の役目」
「――……ハハ」
あんまりにも自信満々に宣言する彼女に思わず笑みが零れた。
そう、か……。
彼女は空想だけ――理想だけを語らない。
それは現実よく直視しているから、理想だけを見て出来もしないことを口にはしない。そんなことをしたってその瞬間のみ救われるだけ、結局事態は好転も暗転もしない……彼女はそれを強く理解している。
でも、人は――理想を捨てて生きてはいけない。
人は光に群がる虫のように、理想という希望の光がなければ生きていられない。だから彼女は理想を語り、理想を目指して歩を進める。
理想は高く――現実は残酷。
人はあまりにも脆くて弱い。
人はあまりにも小さかった。
でも――人はそれでも手を伸ばした。
理想を阻む壁は大きい――でも、だからこそ大きく声を上げて見せるのだろう。
昔、聞いた話に似ている。
そして彼女は今――そんな理想を体現している。
色んな思いが溢れるが、それでも今はただ――
――その事実だけで俺は少し前を向ける――足を止めずに前へ進める。
俯いた顔を上げて前へ進む彼女を見た。
不思議と心が軽く、自身の置かれた状況をより確かに理解できた気がする。
正直、ここへ至るまでは特に具体的な考えがあって行動してきたわけじゃない。ただ何となく、彼女へ付いて行きたいとそう思っただけだ。
でも――今は違う。
なんとなく、俺は自分がどうしてここまで来たのか、
「…………」
少し俯く。だが、すぐに正面に開き直り、地面を強く踏んで走った。
今はいい……今は考えなくていい。
頭を振って思考を飛ばす。
そうだ、今は考える必要なんてない。今はただ前に進めばいい。
後回しにしていることは理解しているが、それでも今は考えたくない。
「……なあ、そういえば私達って言ってたけど、魔術師の仲間がいるのか?」
俺は考えを逸らすため、そう彼女へ問い掛けた。
「一応は、ね……まあ、別に魔術師だけではないのだけどね」
「え?」
その言葉に思わず声を漏らす。
言い方的にそれは、魔術師以外の超常的な何かがいるという意味になるのが、まさか魔術師以外にも非現実的な存在がいるとは。
「もしかして……超能力者とか、霊能力者とか、その類もいたりするのか?」
どんなものがいるのか気になった俺は冗談交じりにそう問い掛ける。流石にそういうのはいないかと思ったが、問い掛けられた彼女がコクリと頷き答える。
「うん、そうだね。間違いではないかな」
「間違いじゃないのか!?」
適当に思いついた超常の類の代表を口にしたのだが、まさかの肯定を受けて驚愕した。
「まあ、その類と言っても根本は大体同じ、私達魔術師と然程変わらないよ。完全な異能保持者みたいな、〝宿す
クレアの言っている事の意味はよくわからなかったが、つまり魔術師に類似した存在は多くいるという意味だろう。
その〝宿す
「今のところ私が出会ったことのある異能者は八人」
「あ、案外多いな」
「まあね。私の場合、世界を飛び回ってるからね。色んな国で人脈はあるんだよ」
そういい彼女は笑みを零した。
「まあ、その八人の内の一人は――――君だけどね」
「…………、はへ?……俺?」
予想外のセリフに茫然とした後、思わず情けない声を漏らして自身に指を指し首を傾げた。
すると、彼女は頷き話し始める。
「ええ、君の持ってるその力……魔術はおろか、三源力による神秘とは一切関係のない独自基盤を確立してる異能。その性質的には噂に聞く、
彼女はそう推測を述べ、俺に答えを聞いてくる。
しかし、その返答をする前に話の中で出てきた単語の吟味を始める。
十七裁徒やら魔皇、死祖……魔王という言葉以外、聞き馴染みのない言葉。しかしそうでありながら、それらが非常によろしくない存在だということだけは理解できた。
おそらく、魔術関連でのヤバい存在達なんだろう。
頭が痛くなったところで吟味を終了して、彼女の言葉に返答する。
「あー、悪い。正直な話、俺はこの力の所在について詳しくない」
「そうなの?」
「ああ」
この言葉は嘘ではない。
はっきり言って俺はこの力についてほとんど何も知らない。生まれた時から使えた能力だったから、幼少期は他の子も使えると思っていた時もあった。
俺がこの能力について知っているのは、名前と能力についての情報だけだ。
能力の情報も軽く知っているだけで、どこまで出来るのか? 何ができ、何ができないか? は正直なところあんまりわかっていない。ほとんどが小さい頃に試した範囲の事だ。
そう、下手にカウンタの出力を上げると死ぬことは幼少期の時点で判っている。
あの時は本気で死ぬかと思った。
昔を思い出し、自分の後先を考えないところを呪った。
「まあだから、そういう話をされても俺にはわから――ん?……、ちょっと待った」
「?」
不意に静止を掛けた俺に首を傾げる。
「どうしてクレアは俺の能力について知ってるんだ? 俺まだお前にその話はしてないよな?」
確かにこの移動中に何度も使用したが、目に見えるような大きな変化を起こすものじゃない。なのにどうして彼女は俺の能力を知っていた?
疑問に頭を悩ませていると彼女がすぐに答えた。
「ああ、それは君と出会ったあの工事現場の死体状況と、ここに至るまでの君の動向から推測させてもらったよ。私は推理小説が好きでね、状況から物事を探るのが得意なんだよ。魔術の鑑定も含め、色々と異質な君を見て超常的な能力を持っていることは、わりと最初の方から
「な、なるほどな」
説明を聞いて納得するように呟いた。
「でもやっぱり君の能力はよくわからない。魔術的な鑑定じゃ、その詳細は少しも測れない特異な力……叢真、君はどこか由緒正しい家の生まれだったりするかい?」
「いや、別に普通の家の生まれだ。両親も兄も、多分魔術とかとは一切関係な……ないと思う」
若干言葉に詰まりつつもそう答える。
すると、彼女は頭を悩ませるように唸り始めた。
「……やっぱり血筋は関係ない、か。まあ、そんなことはわかり切ってたか」
クレアはブツブツと呟きながら考え事に
俺はそんな彼女の様子に疑問を抱きつつも、その隣を走った。
っ――
不意に
しかし、俺は人だとは断定しない。
それはこの何かが人とは思えない異様な速度で接近してきていたからだ。
どんどんと距離を縮めて来る何か。いくら何でも、ただの人が俺とクレアの速度について来れるとは考えにくい。
「クレア――何か来てる」
「ええ……知ってる」
彼女もその存在を察知したのか、考え事を一時止め、スッと後ろに視線を向けた。
ただ
「どうする?」
そう聞くと彼女は深いため息を吐いて、地面を擦って止まった。
それを見て急ブレーキからの停止、彼女の隣に立つ。
「はぁ~……。敵なら殲滅――なんだけど、どうも敵ではないみたい。いや、ある意味〝敵〟ではあることは間違いないけど――」
次の瞬間――ドゴンッ! と地面を砕いて俺達の前に何かが現れた。
「やっと見つけたわッ! クレア・ファシフィス・アーゼンベルグ!!」
土煙によってその姿を目視することはできないが、そのツンツンした声が耳に響いた。
アニメ声というやつだろうか? とても可愛らしい幼そうな声。
段々と土煙が晴れ、その姿を夜空の下に露わとなる。
腰まで伸びたツインテールのピンク色の髪。背丈はクレアと同じくらい、あまり背が高い方とは言えないくらいの大きさ。
大きな二つの青色の瞳――クレアと同じ碧眼だった。
「この私――ルジュ様を置いて行くとはいい度胸ね、クレア。さっすが私のライバル!」
トン、とあまりお世辞にも大きいとは言えない胸を張り、目の前の少女は声高らかに言った。
「クレア! 私と勝負しなさい!」
ビシッと人差し指でクレアの事を指し、彼女は横柄な態度でそう言った。
そんな様子のツインテールの少女を見て、クレアは酷く疲れたようなため息を吐いていた。どうやら彼女は、クレアの知人のようだ。
今の時代、ここまでテンプレートなツンデレキャラはあまり見ない。
相貌、態度、総括して彼女はツンデレキャラというやつなのだろう。今の時代、メジャーになり過ぎたジャンルだが、実際に会って見ると新鮮――いや、鮮度がいいなと思った。
で、誰……?
正体不明のツインピンク(ピンク色のツインテ女子)は、緊迫した空気感を砕き、突如として俺達の前に現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます