第六話・「√星:分岐点(3)」

 クレアに付き、拠点とやらに向って町を駆け抜ける。

 道中、何度も怪物と接敵することになったが、その全てはクレアが放つ魔術によって蹴散らされ、大した時間を割くことなく先へ進んで行けた。

 そういうわけもあって、彼女を助けたあの一回を除いて俺の出番というのは一切なかった。

 別に積極的に戦いたいとは思っていないし、そんな状況になってほしいとも思わない。だけど、彼女に負担が掛かりっぱなしという今の状況は非常に申し訳ない。

 まあ、かと言って俺に何かできるわけでもないけど……。

 俺にできることなんてたかが知れている、どんなに頑張ろうとやれることには限りがある。

 それに俺の場合、力の使い過ぎで身動きが取れなくなる可能性がある。下手に行動して、彼女の重荷になってしまった、なんて状況になろうものなら目も当てられない。残念だが、今は余計なことはせずだけに意識を集中した方がいい。

 五感の探知器官センサーで周囲の状況を確認しつつ、怪物の接近がないかを確かめる。

 カウンタにより強化された五感。それぞれが超人的な能力を発揮し、五感ごとの情報をまとめて補強することで約半径100mまでの状況を精確に探知することができる。

 ――……見つけた。

 探知器官センサーの範囲に侵入した存在を発見する。

 「クレア――来た」

 コクリと頷く彼女は右手の回路を光らせ、五つの光弾を生成した。

 空中に浮かぶ光弾は彼女の周りで待機――撃鉄を待つ。

 「左斜め前の建物上、二。真正面、壁の先に一。左後ろ、一――」

 そう探知した敵の位置を知らせると彼女は一瞬の迷いなく、即座にそれぞれの方向へ光弾を射出する。

 放たれた光弾は空色に輝く、それはまるで夜空に浮かぶ星のような美しい輝きだった。星の輝きを放つ光弾は一切の容赦なく怪物を撃ち抜いた。

 結果、その姿を見せようとした怪物らは俺達の視界に映ることなく絶命することになった。

 「いい仕事だよ、叢真むらま。最後は?」

 一切足を止めることなく、怪物を撃ち払い前進するクレア。彼女は余裕そうな笑みをこちらに向け、そう問い掛けて来る。

 そんな彼女に対して俺は、

 「――

 そう口にして指で地面を指した。

 瞬間――俺とクレアはほぼ同時に左右へ飛んだ。

 ドッゴン――ッ! こっちから見て左側の地面に轟音と共に穴が空いた。中からは土をき散らしながらモグラのような怪物が飛び出て来る。

 ふと、その光景がモグラ叩きのように見えた。

 しかし、い出たモグラの怪物からはあの可愛らしいモグラらしさは一切なく、意気揚々と獲物を喰らおうとする醜悪しゅうあくな怪物の姿をしていた。

 だがしかし、全て意味はない――もう何もかもが遅い。


 「うん、君は本当にいい仕事するよ――叢真」


 怪物の真横にいる彼女はそっと右手を怪物へ向けた。

 ――既に

 彼女の手元に展開された魔法陣が強く光り輝き、次の瞬間には光弾が射出される。至近距離から放たれた光弾はモグラの怪物に直撃し、その上半身を一撃で消し飛ばした。

 飛び散る黒い肉の塊と血――あまりにもグロテスクな光景が広がっている。

 しかし、俺は彼女との道程で何度もこの光景を見てきたせいで、正直慣れてきてしまっていた。この状況に至るまでの俺であれば、この光景を前に吐いていてもおかしくないが、今はもうほとんど何も感じない。

 慣れって怖いな。

 黒い血の水溜りに視線を向けながらそう思った。

 「クレア、大丈夫そうか?」

 「ええ、私は問題ないよ」

 そう心配するように声を掛けると平気そうに彼女は答えた。

 連戦に次ぐ連戦とは思えないほど余裕そうな姿には驚きを通り越して呆れる。魔術師というのは全員が全員こうなのか、それとも彼女が特別なのか、どちらにせよ行動を共にする身としては心強いと思うと同時、心配な気持ちになってしまう。

 ……まあ、今の彼女は本当に大丈夫そうだからいいか。

 無茶をしている様子はないし、本人が何も言っていないのに世話を焼くというのはただ迷惑なだけだろう。心配し過ぎるのもよくない、今は彼女のことを信じた方がいい。

 でも――ほんの少し、やっぱり心配なことがある。

 「さあ、行くよ叢真」

 小さく笑みを浮かべると共に彼女は再び歩み始める。

 俺はそんな彼女を見て、

 「……ああ」

 なんだか、とても――


 ――〝生き急いでいる〟ように感じた。

 

 どんどん先へ進んで行く

 どこか遠くへ――手の届かない場所へ行ってしまいそうなその後ろ姿。不思議なわびしさを胸に抱きながら、俺はその背中を追って再び走り出した。

 怪物の死体を越えて道を進んで行く中、ふと聞き忘れていたことを思い出す。

 「なあ、クレア。今更だけど、この怪物って一体何なんだ?」

 彼女の隣まで走り疑問を述べる。

 これはずっと聞こうと思っていたことだった。だけど、怪物との戦いや魔術師についての情報を聞いている内に、頭の中からスッカリ飛んでしまっていた。

 俺の悪癖あくへきだな、一つの事に集中すると他が飛ぶの。

 「怪物? ……ああ、フリーカーのこと」

 「殻?」

 聞いたことのない名に首をかしげる。

 彼女の言い方的に殻とは、あの怪物のことを言うのだろうけど、あんな生物の話は聞いたことがない。おそらく魔術師同様に一般人には秘匿ひとくされている存在なんだと思うけど、これほどの数がいるのに今まで人の目にさらされることがなかったというのは、魔術師やらの秘匿能力の高さがうかがえる。

 気づいてなかっただけで、情報操作とかされてるのか?

 現在進行形で超常的な現象を引き起こしている魔術師を見てそう思っていると、彼女がその殻という存在についての説明を始めた。

 「殻というのはね、竜の一部が独自の存在を確立して生まれたモノよ。簡単に言うのなら〝竜のウロコ〟」

 「竜の、鱗……」

 「その全てが竜の一部……言い方を変えるなら――

 驚愕の事実に驚きながらも、その事実をゆっくり呑み込む。

 「竜から生まれた残りカスの魔獣。私が所属してる組織、星十字団せいじゅうじだんはこの殻に五段階からなる対人類種危険度を定めているの」

 「対人類種危険度?」

 「ええ。C、B、A、S、Uの五段階レートを殻に付けて、対応できる人員を派遣して処理しているの。因みにこの道中、一体を除いてAレート以上の殻は見ていないよ」

 「そうなのか?」

 クレアはコクリと頷いた。

 そんな彼女の様子を見て、記憶の中から今まで接敵した殻のことを思い出す――が、

 「うーん……正直、全部同じように見えたな。主にクレアが一撃で倒すせいで、違いなんて姿形すがたかたち程度しかわからなかったぞ」

 「それは仕方ない――私、

 ハッキリキッパリ言い切るクレア。あまりにも堂々としたその姿に呆れたような視線を向ける。

 「……お前、所々で自画自賛が入るよな」

 「事実は事実だよ、叢真」

 「そのどこから湧いてくるかわからない自信が羨ましい」

 「私の自信は、〝努力〟と〝経験〟にもとづいた所在しょざいの明確な確固たるものだよ。羨むことはいいけど、他人ばかり見ていては自分を見失うだけだよ」

 真正面から正論を言われ、なんだかムッとした気分になる。

 しかし、そういう彼女の笑みがあんまりにも真っ直ぐ俺を見て来て、そんな気持ちもすぐに霧散してしまう。

 「はぁ……ところでクレア」

 「何だい?」

 「ずっと話の中に出てきただけど……竜ってのは一体なんなんだ?」

 さっきはスルーして彼女の話を聞いたが、竜の鱗やら竜の触手などの単語が出て、気にならない筈がなかった。

 「竜は、星の内部機関の複製体。星は幾つかの機能や機構、機関を保有しているのだけど、竜は抑制機関の一つ――〝りゅう〟の複製物。人間でいうところの白血球のようなもの」

 「つまり……星を守る生物、ということか?」

 「その通りだよ。存在自体が奇跡のバケモノ、模造品でありながら在来の生命体をはるかに超えた存在規模を有して、その力は地表にくう基本的な生命じゃ太刀打ちできないほどの隔絶かくぜつした種。生物として人間を含めた数多の生物を超越した存在、それが――〝竜〟……星十字団私達がこれから戦う存在だよ」

 真剣な声色とその険しい表情が、その言葉を冗談でも嘘でもないことを知らせる。

 そんな彼女の様子を見て竜という存在に恐怖を覚えると共に、そんなモノに本当に勝てるのか?という不安がつのる。

 そして同時にある疑問が生まれた。

 「……その竜ってのは、星の抑制機関っていう割に――随分ずいぶんと地上を傷つけるんだな」

 焔に燃える街並みを見てそう思った。

 星の抑制機関……星を守る生物の筈なのに、こんなにも地表を荒らすというのはその存在意義に反しているように見える。

 そんなこちらの疑問に対して少し答えにくそうな表情を浮かべるクレア。

 「うーん。まあ、この程度の災害、星としては大した影響もないからね。いくら人が死のうと、星としては何の問題もない。地表肌の上の微生物がいくら死んだところで何の関心も湧かない様に、人間がどんなに死んでも星は何とも思わないよ」

 た、確かに……。

 つい人間規模で考えてしまったが、星規模で考えるのであれば納得してしまう。人間視点ではたまったものではないことだが、星にしてみればこんなことは些細な問題でしかない。

 そもそもの規模が違うんだ、当たり前といえば当たり前だ。

 「でも――」

 彼女の言葉に納得したところで、不意に彼女が声を上げる。

 「今回はそれ以外の要因かな。叢真、よ」

 「前提が、間違ってる?」

 微笑を浮かべ、コクリと頷くクレアを見て首を傾げる。

 その言葉の意味を考え頭を悩ませる。しかし、一向に答えがわかる気がしない。唸りながら必死に答えを導き出そうと奮起する。

 すると、そんな俺を見て彼女が面白そうに笑みを見せると共にヒントを口にした。

 「叢真。思考は柔軟に、予想外なことも視野に入れること……そうだね、私はしたかな?」

 「限、定……?」

 その言葉を聞き脳内の情報を再び洗い出す。

 竜、星の内部機関、抑制機関、地表を傷つける竜……――

 彼女との会話で得た情報を集計する中、ふと、のことを思い出し、一気に脳が回転速度を上げる。そして、ハッとした。

 ま、まさかっ!?

 深い思案と共に右手をあごに当て俯きながら呟いた。

 「この星の、竜じゃない……?」

 その呟きを聞き、クレアは嬉しそうな笑みを浮かべて言った。

 「素晴らしいe x c e l l e n t、正解だよ」

 「…………」

 彼女の言葉を聞いて頭の中で淡く孕んだ疑惑が確信に至る。

 表情が暗くなっているのが自分でもわかるほど、心が酷く重々しくなっている。脳裏に過るのは、そんなことになるなんて思わず、ただその美しさに目を輝かせていた記憶。

 形となった疑惑は言葉にせずにはいられなかった。俺はその場で立ち止まり、そんな俺を見て彼女も足を止める。

 そして、震えるくちびるで疑問を口にした。




 「星災せいさいの……あの日のが――――原因なのか?」




 その言葉を聞いて若干の驚きを孕んだ表情を見せる。

 だが、彼女はすぐに表情を戻し嬉しそうに言葉を返した。


 「君は話が早くていい……だよ。そう、七年前のあの日から――全てが始まったんだよ」


 ほんのり表情が暗くなる。

 辺りを囲む焔の熱気が呼吸をしくしている。

 しかし、それ以上に目の前で悲しそうな表情をしている少女を見ている方が、なんだか胸が詰まって呼吸がし辛かった。

 やはり――あの日が俺達全ての〝分岐点〟だったのだろう。

 星の道をくにしろ、架の道を進むにしろ――全ての始まりは星が落ちた……――忘れ去られたから始まった。

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