第六話・「√星:分岐点」

 尻にジリジリとした痛みを感じる。

 その原因は目の前にいるこの白髪の少女だ。

 彼女は俺が謎の光に包まれたところで、えりを掴んで雑に放り投げたのだ。どうやら命を助けられたようなのだが、やり方が少し雑な気がする。

 ま、まあ、命を助けてもらったことには感謝してるけど。

 正直、今がどういう状況なのかはよくわかってない。

 黒い獣を倒して避難所に向おうとした時、町に溢れた怪物の姿に動揺していたところを、突如現れた二匹の怪物に襲われ、よくわからない光に包まれたと思ったら、目の前には彼女がいた。

 超常的なことに関しては、現在進行形で関与しているので考えないものとしても、いささか状況に理解が及ばない。

 ただ何はともあれ、今はとりあえず彼女に声を掛けよう。こっちは命を救われた身だ、感謝をしなければバチが当たる。

 そう思い声を掛けようとしたその瞬間、彼女が俺の方へ振り返った。

 「――――」

 彼女の容姿を見て思わず見惚れてしまった。

 短い白髪は肩ほどの長さで切り揃えてあり、月光を受けて輝いている。

 その肌は透き通るほどの美麗びれいな白――

 整った顔立ちは童顔気味で少し子供っぽさを感じるが、とても愛らしくて魅入ってしまう。身長もあまり高くなく、俺(身長172cm)の肩ほどの位置に顔がある。

 その目は透明な碧眼へきがん――

 ガラス玉を思わせるほど透き通った美しい瞳は、放課後に見た青空の碧さを凌ぐ美しいあお

 灰色と白を基調としたフリルの着いた可愛らしい服。

 全てを通して本当に人間なのか疑わしくなる。まだ人形と言われた方が納得できるほど、作り物のような美しさをゆうした少女。

 誰がどう見ても美人と答えるであろう、その姿に見惚れると同時――不思議な感覚にさらされた。

 胸の中で何かが引っかかって取れないような気色の悪い感覚。まるで何かを思い出そうとして、喉まで出かかっているのに思い出せない――そのような感覚を覚えた。

 そんな風に頭を悩ませていると、カツンカツンと靴を鳴らして彼女が近づいて来る。

 「君、大丈夫かい?」

 「え……あ、ああ、おかげさまで、なんとか」

 急に声を掛けられ戸惑いながらそう返した。

 「ところで一ついい?」

 「なんだ?」


 「――をやったのは君?」


 そういい彼女が指刺すのはさっきの黒い獣だった。

 どう考えても人間のやったことじゃないだろうその光景。その問いを肯定してしまえば、ドン引きされそうで嫌だな、と思った俺は一瞬たじろいだ。

 しかし、状況が状況だ、ドン引き程度は仕方ないと思い素直に答えることにした。

 「あー……一応は俺がやった」

 「ふ~ん……」

 彼女は納得したような表情を浮かべた後、覗き込むように俺の顔をジッと視た。その様子はなんだか興味深そうに、まるで面白いものでも見たように嬉々としたものに感じた。

 一方、俺は作り物のような美しい顔に見つめられ、恥ずかしくなって視線を逸らした。

 「面白いね、君」

 「え?」

 不意にそう言われ呆けた声が漏れる。

 「それってどういう――」

 問いを投げ掛けようとした時、彼女が被せるように言った。

 「悪いけど、どうも今は悠長に会話していられないみたい」

 そう言った彼女の視線の先を見ると、そこには崖から這い上がって来る無数の怪物の姿があった。

 頭から血の気が引くのを感じる。

 あまりにも絶望的なその状況に俺は何もできず、ただこの場で、これから起きる光景を覗くことしかできなかった。

 しかし、そんな状況にも関わらず、目の前に立つ少女は余裕そうに目の前に迫る大小様々な怪物の数を数えている。あんまりにも緊張感のないその姿に、こっちまで恐怖が薄れて緊張感がなくなってくる。

 「二十二、二十三、二十四……う~ん、ちょっと少ない気がするけど……まあ、いいかな?」

 小さく笑みを浮かべる。

 『クレア様。お使いになりますか?』

 「いや、まだいい。あなたは本命まで取っておきます、それまでは補助に回りなさい」

 『了解致しました』

 なにやらブツブツと独り言を呟いている。

 「さて、そろそろ始めましょうか……、回路――起動開始」

 目の前にいる怪物達へ向ってそう口にした。そして彼女は念じるように瞳を閉じ、右手をスッと前に出した。

 すると突然、彼女の右腕に淡く輝く空色のラインのようなモノが走る。ラインは回路のような形状をしており、右腕を覆っている。

 バチバチ、と静電気のように空色の光がスパークする。

 始めてみる光景に驚きながらも、そのあまりにも幻想的な光景に目を奪われる。優しい空色の輝きが、周囲を淡く照らしている。

 「高密魔力弾バレッタ――並列展開マルチセット

 閉ざした瞳を開くと共に、彼女はそんな言葉を口にした。

 バチバチと右腕の回路が光を強め、激しくスパークすると共に、彼女の周囲に複数の魔法陣のようなものが水平に形成された。

 計十――陣が空中に描かれた。

 魔法陣から空色のスパークを放つ大きな光球が発生する。次にそれらの光球は段々とそのサイズを小さく、圧縮させていき、バスケットボールほどの大きさになる。

 バチッバチッ、とスパークの威力と頻度が増える。その様子から、その光球には凄まじいエネルギーが圧縮されているのだとわかる。

 「一掃いっそうする。固定解除――全弾発射」

 彼女の引き金トリガーを引く声と共に展開された魔法陣が滑るように光球を後ろに回り、雷管らいかんのように光球へ発射のエネルギーを与えた。

 射出された光球はまさしく弾丸のようで、目にも止まらぬ速さで怪物達を

穿うがつ。

 あまりにも容易たやすくあの怪物達を貫く光球――否、光弾。何匹かの怪物は運よく回避に成功したようだが、突然角度を変え飛来する光弾にことごとく打ち抜かれて絶命した。

 「固定ロック

 そんな言葉と共に光弾が停止する。

 辺りを見渡すと、その場にいた怪物は全てが絶命しており、残っているのは黒い肉塊だけだった。あまりにも圧倒的な光景に絶句した。

 あんなにも苦労して一匹を仕留めたのに、彼女は余裕そうにこの数を蹴散らした。この事実は若干の悔しさと共に、助かったという安堵あんどの気持ちから少し胸を軽くした。

 「一掃完了。うん、いい感じ……」

 満足したような表情をした後、コツコツと右手の腕輪を指で突いた。

 「プリカ、残った魔弾に自動追尾を付与。魔弾内の残存魔力で可能な限りフリーカーの駆除をお願い」

 『了解しました』

 「頼んだよ、プリカ」

 そういい微笑むと彼女はクルッときびすを返し、俺の方へ歩いて来た。

 同時、彼女の右手の腕輪とその周囲にあの回路のようなラインが見えると、空中に浮遊していた光弾にもう一層魔法陣が展開された。すると、次の瞬間に光弾は再び射出され、崖下へ飛んで行った。

 い、一体何が起きてるんだ?

 非現実的な状況、あまりにも現実離れし過ぎて全然頭がその現実を受け入れてくれない。目の前で起きたことである以上、それが現実なのは確かであるのだが、それでも受け入れがたい。

 現実を受け入れられずにいると、目の前に美麗な手が現れる。顔を上げるとそこには、優しい笑みを浮かべた少女がいて、座り込む俺に手を差し出してくれていた。

 「私はクレア・ファシフィス・アーゼンベルグ、気軽にと呼んでくれると嬉しい。君は……?」

 「え、あー、俺は叢真むらま……逆刃大さかばだ叢真だ。叢真でいい」

 彼女の手を取りながらそう名乗ると、すこし彼女が固まった気がした。しかし、すぐに表情が動きを取り戻し、握った俺の手を引っ張って起こしてくれた。

 「なるほどね……ふむ、叢真、君はこれからどうするつもりだい?」

 そんな質問をされて思わず黙ってしまう。

 すぐに避難所へ向かうと言えば良かったが、何故だかその言葉が出なかった。他に選択肢なんてない筈なのに、俺はその選択肢以外を選ぼうとしている。

 不意に心の中で言葉が生まれた。

 …………。

 不思議な感覚だった。その選択を選べば、俺は後悔してしまうかもしれない――でも、思いついたその瞬間には、迷いなんて少しもなくて俺はその言葉を口にした。

 「クレア……お前に付いていくのはナシか?」

 「え」

 そんな声と共に驚いた表情が作られる。

 予想外の言葉だったのだろう、碧い瞳を大きく開いて彼女は驚いていた。

 「こんな怪物がウヨウヨしてるんだ、こんなボロボロの状態じゃすぐに死ぬと思う。お前に付いて行けば危険は伴うだろうけど、多少は安全かと思ってさ……」

 「絶対に助けられる保証はしないよ」

 「ああ、わかってる。あくまでこれは俺の身勝手な意思だ……最低限、自分の命は自分で守る。その上で本当に危ない時は、たまにでいいから助けてくれたらと。まあ、そんな状況にならないように善処はするけど」

 「…………」

 彼女は俺の意見を聞き、腕を組んで悩むように手をあごに当てた。

 正直な話、これらの言葉は今適当に考えたことだ。本当の思いは俺自身よくわかってない……でも、なんでだろう? この選択をしたいってそう思ったんだ。

 感情に突き動かされるまま、発言して行動に移そうとしてる。

 でも――それでいいと思えた。だから、俺は迷わない。

 「……この先は君の知らない世界が広がってる。もしかしたら、元の生活に戻れなくなるかもしれない……それでも――それでもいいの?」

 困ったような表情で真剣に問い掛けて来る。

 きっと彼女の言う通り、この場で引き返さなければ俺は変わってしまうだろう。きっと色々なものが変化して、いつもの日々は消え去ってしまう……そんな気はする。

 でも――もう〝覚悟〟が決まっている。

 どうしようもなく俺は、彼女の歩む道程どうていに付いていきたいと思ってしまっている。

 「いいよ。どうせもう片足突っ込んでる、どうせならしっかり見ておきたい」

 「……ふふ、君は本当に面白い」

 小さく笑みを零すと再び手を差し出して来る。

 「じゃあ、わかった。死なないようについて来てね、叢真」

 「ああ、死なないようについてく」

 そう言葉を送り俺はその手を掴んだ。

 自分が選んだ道だ――きっと後悔する末路が待っていたって、それでも胸を張れる。

 不思議と胸の中が軽いと思えた。

 そんな次の瞬間――なにやらクレアの笑みに変化を感じてゾクリと嫌な予感を覚えた。さっきまで優しかった筈の笑みは何だか嫌な笑みに変わってる。

 冷や汗が頬を滑り落ちる。

 「ところで叢真――って好き?」

 「…………、嫌いだ」

 「そう、じゃあ今慣れて」

 理不尽な発言と共に凶悪な笑みが浮かぶ。

 瞬間、繋いだ手がギュッと力強く握られる。こちらが手を放して引っ張っても、抜け出せないほどの握力で右手を拘束こうそくされた。

 彼女はそのまま、なぜか崖の方へ俺を引っ張る。

 この人、華奢きしゃな見た目に反して力が強い。ボロボロな体の上、カウンタの負荷でまともに体が動かない俺はそのままズルズルと引っ張られ、崖の前に彼女と共に立った。

 ヒューっと風が吹き、目の前に広がる光景に背筋が凍った。

 ダラダラと冷たい汗が止まらない。さっきとは別の意味でこの光景に恐怖を覚えることになった。

 「回路起動」

 準備運動をするように、トントンと軽くその場で飛ぶ。ふわりと揺れる髪などを見て、また見惚れそうになったが、今回は彼女が若干に悪魔か何か見えたせいか、見惚れずに済んだ。(若干見惚れてはいたけど)

 そんな彼女の足に視線を向けると、さっきの右腕のような線が発光していた。その様子を見て、なんとなくこれから起こることが想像できてどんどん顔色が悪くなる。

 「って、うあっ!」

 「叢真、しっかり捕まってて」

 クレアが急にお姫様抱っこをしてきた。

 人生二度目になるお姫様抱っこに顔を赤くする。こんな状況でなければ抵抗したのだが、流石に今は状況が状況のため、素直に彼女の言葉に従って恥ずかしいながら彼女に強く抱き着いた。

 「ふぅ――、よし行きましょうか」

 そういうと彼女は地面を強く蹴って飛んだ。

 常人じゃありえない程の跳躍ちょうやく。おそらく意識して両脚にⅢ固定を使ったレベルの高さまで飛んだ後、段々と高度を下ろし崖下に落ちて行った。

 「うわああああ――――ッ!」

 「叢真、うるさい」

 「いや、無理だってッ!」

 凄まじい速度で落下していき、木々や地面を蹴って加速しながら超速で焔に燃える街へ向かっていく。はっきり言ってバンジージャンプなんて目じゃないほど恐怖体験。これなら怪物と戦っていた方がマシだって思えるほどに辛い。

 臓物が浮かび上がる感覚、足場を踏む度に来る激しい衝撃。

 自然と彼女に掴まる腕に力がこもる。

 クレアは少し恥ずかしそうに頬を赤くにしていたが、そんなこと今の俺は気にしていられない。落下と加速の恐怖に耐えるため、必死に彼女に抱き着いた。

 「と、ところでクレア」

 「何かな?」

 「お前って何者なんだ?」

 必死に恐怖に耐えるために別の事を考えた結果、そんな疑問が思い付いて問い掛けた。


 「私? 私はしがない――さ」


 「魔、術師……? ――って、うわああああ――!!!」

 意味不明な言葉に首を傾げる俺だったが、一瞬気を緩めてしまった瞬間に浮遊感による恐怖がぶり返り、再び恐怖に叫び声を上げてしまった。

 そして、彼女が魔術師ということについての言及は、地面に着地するまですることができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る