第10章 私を殺した人

第1話 亡霊

 今回も精神病等に私は来ていた。そして、三島という患者を担当することになったんだ。三島は、一目みるだけでも分かるほど、怯えている。何かから逃げようとしている。


「三島さん、何に怯えているんですか?」

「お前か、莉緒。来るな。俺を地獄に連れて行こうとしているのか。来るな。」

「私は、あなたのカウンセラーですよ。莉緒さんじゃありません。」

「来るな!」


 部屋の隅にしゃがみ込み、頭を腕で抱え込み、外との一切のコミュニケーションを断とうとしている。こういう患者は、時間がかかる。そして、よほどのショックな経験をしたに違いない。


 警察からはこの患者が、莉緒と呼んでいた女性を殺した容疑者の1人だと聞いているが、この様子を見ると、この患者が犯人なのだろう。殺人の呵責に耐えられず、精神的に追い詰められて、こんな姿になってしまったと考えるのが妥当だ。


「三島さん。落ち着きましょう。私は、男性です。声でわかりますよね。莉緒さんじゃないですから。」

「離れろ。」


 取り付く島もない。ただ、私は、まず自分が男性で莉緒さんではないという言葉を何回もかけた。


 1ヶ月ほど経った頃、やっと、患者は、私が莉緒さんではないとわかり、会話ができるようになったんだ。


「三島さん、どうして、あんなに怯えているんですか?」

「昔、付き合っていた莉緒が、ホームから転落し、死亡したんです。その時に、死亡確認でみた莉緒の顔は半分、潰れていました。それから、しばらくして、莉緒がいつも、私に付いてくるんです。そして、別れたくないから、あの世に一緒に付いてきてって。あの潰れてた顔の莉緒が。」

「亡霊なんていないです。あなたが見ているのは幻影なんですよ。」

「そんなはずはない。先生は、見ていないから、そんなこと言うんですよ。あんなリアルに、私を誘い、肩にも手をかける。手が肩に触れた時には、触られた感触があって、ゾッとしました。」

「そんなことないです。莉緒さんは亡くなったんだから、あなたが自分で作り出した幻影なんです。落ち着いてください。」

「だって、莉緒しか知らない、僕たちの出来事を全て知っているんだ。莉緒以外だったら、そんなことを知らないはずだ。」

「あなたは知っているんだから、それを莉緒さんが、話してるって思い込んでるだけでしょう。」


 これは重症だ。思い込みが激しすぎて、とぎほぐすには時間がかかりそうだ。それなら、粗治療をしてみようか。


「そんなに怯えるっていうことは、莉緒さんを殺害したのは、あなたということですか? その呵責に耐えかねて、怯えているのですか?」

「僕は、そんなことはしていない。警察は、莉緒が事故でホームから転落したって言っていた。そうじゃないのか?」

「じゃあ、どうして、そんなに莉緒さんの幻影が、あなたを追いかけ回すんですか?」

「僕もわからない。僕は、莉緒に何もしていないのに。」

「でも、莉緒さんと別れたかったんでしょう。そして、死亡したすぐ後に別の女性と結婚している。邪魔になった莉緒さんを殺したんじゃないですか?」

「黙れ、僕は何もしていない。」


 この患者の表情を見る限り、嘘を付いている気はしない。本当に、殺害はしていないのかもしれない。確かに、顔が半分、潰された彼女を見た時の恐怖は大きいのかもしれない。そして、別れようと考えていた、その罪悪感が、彼を追い詰めているのかもしれない。


 もう少し、彼が落ち着くまで、根気強く治療をしていくしかない。

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