第9章 私を殺した人(回想)

第1話 神谷 莉緒

 私は、神谷 莉緒。今日は、付き合っている三島 将生と一緒にレストランに来ているの。彼は、私の自慢。私には、人に自慢できる所はひとつもないから。私は、よく田舎くさい女と馬鹿にされる。でも、仕方がないでしょう。親が、こういう見た目の子に産んだんだから。


 私は、手は綺麗だと思う。将来、手タレならできるんじゃないかと思うぐらい。でも、男性って、まずは顔からじゃない。だから、手が綺麗だって気づく前に、私の前から消えてる。


 顔は、田舎の日焼けした、農家の50代のおばさんみたいと言われたことがある。エラが張った顔は、自分でもとても可愛いとはいえないわ。服は、どこで、そんな古臭いものが売っているのかとか、女として諦めているのかなどと馬鹿にされたこともある。


 奈良の高校を出て、東京の女子大に入ったの。東京では、おしゃれな生活を期待していたわ。でも、飲み会とかで男性に近づいてみるんだけど、男性はいつの間にか私の周りからいなくなり、別の女性に熱心に話しかけている。


 私自身も、実家はそれほど裕福じゃないし、自分が可愛いくないことはわかってる。だから、いつも自信がなかった。そんな私だから、男性からも声かけられなかったんだろうし、自分からも積極的になれなくて、結局、大学時代には彼はできなかった。


 女性たちといえば、いつも上から目線で、あなたみたいな女がいるから女の地位が上がらないのよって馬鹿にされていた。だから、学生の頃から、ずっと日陰で過ごしてきたわ。いつも、一人で、友達もできなかった。


 でも、私は、心が美しいから、別にいいの。誰が美人かなんて競っている人も多いけど、そのレースに参加しなければ心の平穏を得ることができるじゃない。逆に、誰にでもマウントをとっている女性、裏で噂を流して敵を貶める女性、本当に醜い。綺麗なお面を被ったブタみたい。


 私は、自分に自信はないけど、だからこそ、そんな醜いことはしないの。いつも、相手のことを考え、相手が喜ぶことをしようと考えている。だから、私の心は美しいの。


 これは、分かる人にだけ分ればいい。そして、将生が私の良さをわかってくれているんだと思う。だって、こんなに魅力が一つもない女性を愛してくれるなんて、そうとしか考えられないじゃないの。


 将生は、アメリカのハーバード大学を出てて、日本で誰もが知ってる丸菱商事で働き、25歳なのに年俸が2,000万円もある。将生だけが唯一、私の自慢なの。


 エリートで、自分に自信があるから、表面なんて気にせずに、人の内面を見ることができる余裕があるんだと思う。だから、綺麗な仮面を被ったメス豚なんて相手にせずに、私のこと選んでくれた。


 私は、大学卒業後、一流の製薬会社に秘書で入社した。合格した時には、大学の同級生からは、秘書は制服があるから、ダサい服で仕事しなくてよかったねと笑われた。別に、私を貶めても何も得がないんだから、そこまで言わなくていいのにね。


 こんな見た目だけど、仕事は、言われたことはしっかり、緻密に頑張るところが認められたんだと思う。


 でも役員秘書なんて、日頃会うのはおじさんばかり。時々、課長クラスの人が役員のアポどりでくるけど、そんな人達は大抵、既婚者だから、交際の対象にはならないもんね。だから、付き合う人と出会うチャンスがない。


 別に、ガツガツしているわけじゃないけど、彼は欲しい。私に優しくしてくれる人で、甘えられる人。もし、できれば、私も、彼のためになんでもしてあげたい。これって、ごく普通の願いよね。なんか、友達と話していても、私だけ、付き合った経験がないって、言いたくないじゃない。


 ある日、横に座ってる秘書から、丸菱商事の男性とグループ飲み会するんだけど女性1人足りないから来ないかと誘われた。一応、見栄張って、どうしようかなとか言ってみたけど、あの丸菱商事ならもちろんOK。1時間ぐらい経ってから、予定確認したら、大丈夫だったから行くと答えた。


 飲み会では、オーラが半端じゃない将生の横に座ることになり、色々聞いていたら、年俸2,000万円なんだって。イケメンだし、これだと思ったわ。


 お店は暗かったし、お酒も入っていたので、自信がない容姿はあまり気にせずに、いつもより積極的になれた。


 そういえば、最近、同僚の秘書たちが、服装やメイクについて、社会人なんだから、もう少し頑張ろうねって、いっぱい教えてくれたの。後で、聞いたんだけど、上司が、周りの女性に少し教えてあげろと言ったらしいけど。


 だから、ちょっとは見た目もマシになっていて、それも積極的になれた理由の一つだと思う。


 そんな私は、いつもだと端に座って、男性と話しもしないけど、今日は、せっかくの特等席を他の女性に譲らず、いつもよりも明るくて高い声出してお酒を次いだり、話しを聞いて、すごいとか言いながら笑ってみた。


 将生は、誰にでも優しいのかもしれないけど、私のことを避ける気配はなかった。せっかくのチャンスだもの。なんとか、彼女になりたい。


 私のどこが気に入ったか分からないけど、数日後、将生から連絡があり、一緒に映画を見にいった。その後も、レストランで一緒に食事することが増え、なんとなく付き合っている関係かなと思えるようになったの。


 これまで彼はいなかったので、男性とどう接すればいいのか分からず、いつも、将生に教わってばかり。私は、いつも甘えて、夢心に浸った。


 渋谷とかで歩いていると、よく男女が腕を組んでとかあるじゃない。私は、あんなふうに将生と歩きたかったけど、自分から腕を組む勇気もなかったし、早く、将生から組んでくれないかといつも思っていた。


 初めて手を握ってくれた時は、恥ずかしくて、ずっと下を向いていたの。そして、夜の公園で初めてキスをされたとき、どうしていいかわからずに、口を奪われている間中、ずっと目を開けて将生の顔を見ていた。そして、数日は、何も手がつかず、ずっと、将生としたキスのことしか考えられなかったの。


 男女2人で初めて行ったカフェ、飲んだ後に一緒に行ったホテル、そして初めての一緒に過ごした夜。全ての初めてを、将生は私にくれた。


 そして、付き合い始めて3ヶ月ぐらい経った頃、一緒に神戸とか旅行する約束をしてくれた。神戸では、夜、バスローブを着て恥ずかしがっていると、将生は優しく包んでくれた。朝、遊びに行く前にメークしてた時は、恥ずかしくて、ただ、笑っていた。


 女性として生んでくれたことを親に初めて感謝したし、初めてをいっぱいくれた将生のことしか毎日考えられない自分がいた。


 ただ、少し疑問に思うこともある。それは、将生と会うのは、いつも六本木で、なんで六本木ばかりなのということ。でも、六本木にはおしゃれなお店も多いし、六本木が気に入っているのかもね。


 そんなことはどうだっていいの。毎週誘ってくれる彼がいるということで、頭の中は幸せでいっぱいだったから。


 今日は、何か話しがあるからって、夜景の見える六本木のミシュラン3つ星のフレンチに連れてきてくれた。話しって何? まさか結婚とかじゃないよね。まだ早いものね。なんだろう、海外転勤になったから、ついてきて欲しいとか? 同棲しようとかかな。


 お店に先に着いたけど、雰囲気はさすがね。やっぱり、将生が選ぶお店は違う。ずっと、私の彼でいてね。私には将生しかいないんだから、ずっと、大切にするわ。


 お料理は美味しくて、デザートまで出てきたけど、将生は話し出せないようで、結局、話しはなくレストランを出てしまった。あれ? なんだったんだろう? 


 同棲とか言うの、勇気がいるから、言い出せないっていうこともあるよね。私は、なんでもOKなのに。恥ずかしがり屋なんだから。


 まだ一緒にいたら、話してくれるかもと思って、レストランが入っているホテルに泊まりたいと言ったら、部屋をとってくれてた。ワインを飲み直し、話しを待っていたけど、やっぱり言い出せないみたい。


 そして、今日は疲れているから、悪いけど、僕は寝るねと言われた。本当に疲れているみたいで、お仕事大変なんだなって思って、ゆっくり休んでねといいキスをした。別に急がないから気にしないで。ゆっくりでいい。私と将生はずっと一緒なんだから。


 将生の寝顔を見ながら、幸せを噛み締めた。ベットから起き上がり、ライトを消した部屋から見た夜景もとっても綺麗。将生と、ずっと、このような生活をしたい。

 

 朝になり、将生と別れるのは寂しいと伝えた。でも、僕も一緒にいたいけど、今日は大切な会議があって、会社に行かなくてはいけないんだと言われた。ちょっと拗ねて、下を向いていたけど、最後は笑顔でお見送りをした。


 その時、将生の鞄から床に手紙が落ちた。気づいた時には、将生はもうドアの外に出ちゃっていて、渡そうと思ったけど、まだ下着だったので、携帯にメッセンジャーを送り、今晩、渡すから、また会おうと伝えた。


 そして、服を着て、中野にある会社に向かったの。六本木から新宿に行き、JRのホームにいるときだった。通勤でホームは混雑していて、最前列にいた私は、突然、ホームから転落し、突進してきた電車に轢かれた。こうして私は死んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る