第7章 パラレルワールド
第1話 違和感
私は、目の前にいる女性が2人も殺す凶悪な犯人には見えなかった。可愛らしい、どこにでもいる女性だ。しかも、とても信じられないことを言い始めた。
「今回の事件は、パラレルワールドにいる、もう一人の自分が引き起こしたんです。」
パラレルワールドなんて、SFの世界だけの話しだろう。何を言っているんだ、この人は。でも、嘘を言っている雰囲気は、自分の経験からして感じられない。
二重人格者なのだろうか。もう一人の人格をパラレルワールドと言っているのだろうか。
「老婆の魔法で、パラレルワールドの別の私と入れ替わっちゃったんです。」
もう、支離滅裂だ。魔法まで言い出したら、正常な人間の話しとは思えない。精神科の患者だということで私に回ってきたのは理解できた。
ただ、これまでの経験から見ると、嘘を言ったり、思い込みが激しい患者には見えない。言っていることは本当のように思える。ただ、言っていることが信じ難い内容ということだけが問題だ。
パラレルワールド、魔法、そんなものはないだろう。なんで、こんなことを言うのだろうか。自分が犯した犯罪を隠蔽するため? そうかもしれないが、犯罪とは真逆で、蚊も殺せないような人に見える。でも、2人も殺害してる。違和感がある。
私は、この患者の目を見つめた。嘘をいう患者は、目をそらしたり、挙動不審になりがちだが、この患者は、私の目をしっかり見つめている。信じてっていう目で。嘘は言っていないようだ。
「パラレルワールドとか、魔法とか、ちょっと、アニメとかの世界観で、信じられないんですけど。」
「私も、そうなんですけど、本当なんです。信じてもらえないですか。」
「あなたは嘘を言っているようには見えませんが、さすがに無理ですね。」
目の前には、落胆した女性の姿があった。そうだと思う。
「でも、それ以上の説明ができないんです。私が、人を殺すようだと思いますか?」
「それは、思えないですけど。」
「そうですよね。私は、どこにでもいる、か弱い女性なんです。信じてください。」
「そうは思うんですけど、パラレルワールドとか言われても・・・。」
こういう患者はいることはいる。思い込みが激しい人だ。その場、その場で人格が変わる。多分、この患者もそういう人で、今は、自分はそんな犯罪を犯したことはないと信じている。
ただ、ある時には、凶悪な人格に変わり人を殺害する。そして、その記憶がないまま、心優しい人に戻る。
そんな症状なのだろう。警察としても、指紋とか監視カメラとかで、この患者は2人も殺害したと認定した。それは事実なんだから。
じゃあ、二重人格者だということを理解してもらうところから始めることにするか。その場合は、今の人格からは、悪いことなんて一つもしていないと思っている。だから、それは肯定した上で、他の人格が行ったことを理解してもらうことになる。
でも、その場合は、ある時には、正常心で人を殺したことになる。そのことは刑事上でどのように扱われるかは私の専門外だが、この人にとって納得できない結果になるかもしれない。
まずは、このあたりを整理する必要がある。
「知っていますか? 二重人格という病気があるんです。あなたは、そういう病気じゃないかって。それって、病気で、今のあなたは全く悪くないということなんです。そういうことって、世の中にはあるんですよ。」
「何言っているんですか? 二重人格じゃなくてパラレルワールドのもう一人の私がやったって言っているじゃないですか。」
「パラレルワールドって言っても、誰も信じてくれないですよ。」
「だって、本当にあるんだから、信じてよ。私も、昔は、そんなことはないと思ったから、信じられないことは分かるけど、本当にあるんだから。どうすれば信じてもらえるの?」
「私がパラレルワールドに行ければ信じられますけど、無理ですよね。」
「多分、無理ね。どうして、パラレルワールドに行けたか、私もわからない。魔法を使う占い師と会ったからとしか言えない。」
「魔法とか言われても・・・。」
こんな感じで、議論が噛み合うことなく、今日の接見は終わらせることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます