第2章 別人として暮らすこと(回想)

第1話 再会

「一香、あれは一香だ。」


 大学の時に付き合っていて、卒業直後から、突然、連絡が取れなくなった一香が、渋谷のスクランブル交差点で僕の目に飛び込んできた。あれから2年ぐらい経っている。


「一香、待ってくれ。」


 でも、すでに人混みに紛れて、交差点を通り終わる前には見失ってしまった。あれだけ魅力的だった一香にもう一度会いたい。それから、渋谷で一香を探す日々が始まった。


 でも、なかなか見つけることができなかった。見間違いだったのだろうか。ずっと一香を探していたから幻影だったのか。でも、あれは幻じゃない。確かに、一香の横顔だった。2年経ったけど、全く変わっていなかった。


 一香と過ごした楽しい日々が蘇ってきた。あの笑顔、はにかむ姿、心が洗われるような笑い声、どこをとっても僕の宝物だった。だから、見間違うことなんてあり得ない。また会いたい。


 僕らって、うまくいってたじゃないか。どうして突然、連絡が取れなくなったんだろう。なんでも謝るし、言われたことは全て直すから、早く戻ってきてほしい。


 そして、1ヶ月ぐらい経った時、なんと、渋谷駅のホームで一香を見つけたんだ。


「一香だよね。」

「あ、隆一。どうして、ここに。」

「それは、こっちのセリフだよ。どうして急にいなくなっちゃたんだよ。」

「それは・・・」

「少し、声がおかしいようだけど、風邪ひいた?」

「そうじゃなくて、喉の病気とかで声が変になっちゃって、嫌われると思って、連絡できなくなっちゃった。」

「そうなんだ。でも、そんなことで僕が気にするはずないじゃないか。」

「そうなの?」

「当たり前だろう。逆に、それだけっていう感じだよ。そんなんだったら、言ってくれればよかったのに。この2年間、一香に嫌われたって思って、会えなくて辛かったんだよ。」

「ありがとう。」

「今、どうしているの?」

「どうしているって?」

「仕事とかさ。」

「喉の病気で1年ぐらい、大学を休学して、それからネットショップの会社に入って1年目って感じ。隆一は?」

「僕は、食品会社で冷凍食品の開発してるんだ。」

「すごいじゃない。」

「休学してたんだ。大学を卒業したと思っていたから、大学に問い合わせるって考えが全くなかった。そうしていれば見つけられていたかもね。ところで、ちょっと、時間ない? 飲みに行こうよ。久しぶりに話したいこといっぱいあるし。」

「時間はあるけど、彼女とかに怒られない?」

「彼女なんていないよ。寿司バーがあったから、そこに行ってみよう。」

「いいわね。」


 一香と僕は、寿司バーでカウンターに座り、昔話で盛り上がった。


「大学3年の時、グループの飲み会で一香と会えたのは、大学で一番の成果だったな。」

「本当、それはとっても嬉しい。そういえば、隆一、公園で池に落ちちゃったことあったよね。あれはびっくりしたから覚えてる。でも、冬だったから寒かったでしょ。ドジなんだから。」

「本当に、あれは大変だった。よく覚えてるね。」

「そりゃ。付き合ってすぐの時、クリスマスにディスニーランド連れて行ってくれたのも楽しかった。」

「あれは、一香に好かれようと、いろいろとリサーチして頑張ったんだから。」

「そうなんだ。私には隆一だけしか見えなかったから、そんなに頑張んなくてもよかったのに。」

「当時は、嫌われないか、毎日、すごく悩んだんだよ。それまで何回か付き合ったけど、初めて、この人だと思えた人だったから、一生懸命、背伸びしてたんだ。」

「嬉しい。」

「せっかく再会できたんだから、もう1回、付き合おうよ。」

「こんな声の私でいいの?」

「そんなに変じゃないよ。というか、昔の一香と違うだけで、ごく普通だけど。むしろ、前の声はアニメ声だったから、今の方が大人の女性っていう感じでいいと思うな。」

「あれ、前の声、ディスられちゃった。」

「そういうことじゃなくて、気にしすぎだって言いたいんだよ。僕は、声じゃなくて、一香という人が好きなんだから。」

「本当に嬉しい。私って、心配性すぎたんだね。これからも、私のこと大切にしてね。」


 一香の目からは涙が流れ、僕の肩に頬を寄せた。その日から、僕は、一香と、頻繁に一緒に過ごすようになった。本当に再会ができてよかった。こういうのが運命というのだろう。

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