第4話 出産

 夏に始めたカウンセリングも、風景はいつの間にか雪が舞う季節となっていた。今日も、寒い刑務所で、紗奈さんのカウンセリングをしていたが、最近は、彼との幸せな日々を語り合うことで、だいぶ、落ち着いて話せるようになってきた。


「彼と結婚をし、女の子のお子さんができていますが、どうして、生まれた直後に、放り投げてしまったんですか。最愛の彼との子供でしょ。」

「生まれた直後に、一香が子供に乗り移って、私に隆一を返せって言ったからよ。看護士も聞いていたから、聞いてみてよ。」

「看護士の方に聞きましたが、そんなことはないと言っていましたよ。これは、一香さんを殺害したことへの罪悪感じゃないですか。」


 少し前だったら、このようなことを言うと、すぐに私を睨みつけてきたが、最近は、他人への思いやりも感じられて、穏やかな表情が増えてきたように見える。


「そうかもしれないわね。確かに、一香の幸せを奪ってしまったのは悪かったわ。私の心の中で、そう叫んだ声があったのかもしれない。」

「お子さんは、かわいそうでしたね。」

「私と隆一との子供が、もういないなんて辛い。」


 患者は涙を流し、子供を失ってしまったことを悲しんでいる。こういう感情が出てきたのも回復の兆しだ。これから、この患者は、日に日に回復していくだろう。今日は、少し、踏み込んで諭すことにしよう。


「ということは、一香さんの死亡によって、一香さんの親御さんも悲しい思いをしているということは理解できますね。」

「そうかもしれないわね。」

「また、一香さんは、紗奈さんのことは何も知らないし、何も紗奈さんにしていないですよね。彼も、一香さんと出会って、付き合っていて、紗奈さんが欲しいものが、先に誰かのものだったということだけ。」

「そうかもね。」

「それを、紗奈さんが、一香さんから盗んだんだと思わないですか。」

「私のものを取られると恐れていたけど、他の人も、自分のものを持っているのね。そう、一香から見れば、隆一もそうだし、隆一との生活もそうだったのかもしれない。確かに、それを私は奪ってしまったのね。」

「やっと、わかってもらえましたか。あなたも、悩んだり、悲しんだりしたこともあったでしょう。みんなそうなんです。でも、自分がやりたいことを実現するために、何をしてもいいわけじゃない。特に、殺人は、その人の全てを奪うことになるので、ダメなんです。」

「私のことだけを考えていたけど、一香からみると、そうなるかもしれないわ。何となく、わかったような気もする。もう少し、考えてみるわ。」

「そうしてください。そして、分からないことがあれば、またお話ししましょう。」


 刑務所から出ると、一段と寒い風が吹き付けてきた。ただ、街灯に照られて舞う雪は美しく、1人の女性の心を清らかにできたことに、心は温かくなってきた。私は、1人の女性を救えたのだと思う。

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