TRACK3 巫女もどき

 その日の朝、全校集会がありました。集会はいつも、校長先生のお話から始まります。その日も例外にもれず、校長先生のお話が始まりました。

「今日はみなさんへ、少し昔のお話をしたいと思います」

 校長先生のお話は長いんです。なので、割愛します。要は校長先生が子どもの頃、この学校に通ってて、体育館裏に生えている杉の木が生えていて、友達が少ない校長先生の、友達だと思ってた、とゆうことでした。

「先日、そんな私の友達の木を、切ることになったんです。その木は、私のことをどう思っていたのか。そんなことを気にしていたのですが、わかるはずもありません。でも、そんな私の友達の気持ちをわかる生徒が、この学校にはいました」

 嫌な予感がしました。くーちゃんは、自分の植物さんたちとの時間を誰にも知られたくないと思ってたのです。校長先生には、やむなく見せてしまう形になりましたが、それを、こんな大っぴらで言われれば、また幼稚園の頃みたいに、最悪な状況になってしまいます。

「人と違う才能というのは、理解されがたいものです。一年二組の天野さんは、そんな植物の気持ちを、生まれ持った才能で、感じ取れる、素晴らしい生徒です」

 くーちゃんは何も言えなくて、頭が真っ白になるだけでした。そこから校長先生が、くーちゃんを讃え続けたのですが、何言ってたか覚えてません。

 人生がおわったと思いました。普通じゃないと思われたくーちゃんは、もう生きていけないと思ったんです。

 集会が終わったあと、クラスの子にくーちゃんは囲まれて、こんなことを言われました。

「天野さん、植物と話せるの⁉」

「天野さんすごい!」

「ねえねえ! やってみてよ! ねえ!」

 世界はくーちゃんが思ってるより、ずっとずっといい加減でした。

 おかしいと思われてたことが、急におかしくなくなるんです。気持ち悪いと、さんざん言われてたくーちゃんの行動が『すごいこと』になってました。

 戸惑いました。今まで会ってきた人たちが、みんなみんな嘘つきなんじゃないかって。怖くなりました。でも、ここまで言われてしまえば逃げるわけにいきません。だからくーちゃんは、みんなの前で堂々と、植物さんとの時間。トンネルの時間を過ごすことにしました。

「やり、ましょか」

「え、じゃあ! みんなで育てたアサガオ! どんな感じなのかやってみてよ!」

 人からお願いされてトンネルに入るのは初めてでした。さすがに期待されると、少し嬉しくなります。くーちゃんは単純なんです。

 それからは同じ要領です。くーちゃんは、アサガオさんの近くに行って、生えているプランターに頬をくっつけて、目を閉じます。暗くて、青白くて、でも優しい光のあるトンネルに、くーちゃんはいました。そこに、景色が浮かびます。みんなで種を植えて、大きくなることを願ってた場面です。アサガオさんは、その気持ちを、喜んでいました。水を与えられ、アサガオさんの前で、たくさんの子どもたちが遊んでる場面も浮かびます。アサガオさんは、とてもわくわくしていました。その高揚感が、コップに水を注ぐみたいに、とぽとぽたまっていきます。やがてそれは、この間の切り株さんの時みたいに、歌になります。だからくーちゃんは歌いました。歌って、気持ち悪いと言われてしまうのも、別にいいかと、思ってたんです。校長先生は、くーちゃんの歌をわかってくれましたから。わかってくれた人が一人でもいたら、他の人にどう思われても関係ないと思いませんか?

 くーちゃんが歌い続けてると、アサガオさんたちとの距離が近づいてゆきます。くーちゃんはすっかり、クラスメイトにアサガオさんとお話してほしいと頼まれてたことを忘れてました。歌い終わったくーちゃんは、目を開けます。すると、周りには、くーちゃんがトンネルに入り始めたときより、たくさんの子どもたちが物珍しそうに集まってました。

 あれだけ気持ち悪いと言われてた歌を、みんなが真剣に聴いてたんです。

 みんなは、戸惑うくーちゃんに、拍手しました。

「ね、ねえ今のは?」

 くーちゃんにお願いしてきた子が、そうきいてきました。

「アサガオさんのトンネルで、こんな音、聞こえたので、歌いました。アサガオさん、みんなから水、もらったりして、色んな遊び声、聞こえるの、とても楽しそうな感じ、しました」

 くーちゃんの言葉に、みんなはざわつきはじめます。

「なんかすごい」「神様みたい」「天野さんって何者?」などなど、言葉が飛び交います。

普通のことと、変なこと。すべて、ひっくり返ってしまったきっかけでした。この日から、くーちゃんの暮らしは変わってしまったんです。

 どう変わったのかとゆうと、噂話がとにかく広がりました。

 くーちゃんは、植物と話せる選ばれし巫女だとか、神様に一番近い存在だとか、そんなお話が広がってくうちに、いつしかテレビや、雑誌の取材が、たくさんやってきました。どうやら校長先生は、お友達が多かったみたいで、くーちゃんのことをたくさんの人にお話したみたいです。

 お母さんも戸惑ってましたが、依頼は受けてました。なぜなら、依頼してくるすごい人たちは、お金をくれたからです。くーちゃんを一人で育てているお母さんからすれば、とても助かったのでしょう。

 ただ、収入的にお母さんが助かることでも、くーちゃんの普通じゃない、特別な力を使っていることに、お母さんは、賛成とも、反対とも言いませんでした。

 だから、ある日くーちゃん、お母さんにきいてみたんです。

「お母さん、ほんとうに、よいですか? くーちゃん変じゃないですか?」

といった感じです。だって、気になるじゃないですか。くーちゃんの普通じゃ無さは、夜中にお母さんを泣かせるほどだったんです。はっきり、させたかったんです。

「お母さんには、よくわからないわ。でもきっと、他の人がすごいって言うんだから、くーちゃんはきっと特別なのよ」

 言葉だけだと、誉めてるみたいに聞こえます。でも、くーちゃんもお母さんと、長い付き合いです。少しだけ感じてしまいました。お母さんの、不安と、建前を。

 嘘、とまではいきません。きっとどちらも、本心と思います。けれどもお母さんは、すこしも笑っていませんでした。でも、笑ってない人に、笑ってませんって言うの、残酷と思いませんか? 笑えないから、笑わないです。笑いたくないから、笑わないです。誰だって、笑うか笑わないかくらい、自分で決めたいと思います。

 誰も悲しんでないのでしたら、特に仕事を断る理由はありません。だから、くーちゃんは、お仕事や、インタビューを受けることにしました。

 植物さんの世界かもしれない、不思議なトンネルのお話とか、音の話もしました。でも、わかってもらえることは少なくて、くーちゃんもうまく言葉にするのが苦手でした。難しい質問をたくさんされることもあって、くーちゃんは結構な頻度で「わからないです」と答えてました。けれど、わからないとゆうのは、いろいろなことが、想像できるみたいです。くーちゃんが喋ったことは、たくさんの人が解釈し、どんどん広げていきました。広がりすぎた解釈は、くーちゃんの伝えた形から、どんどんゆがんでいって、まるで別の人の言葉でした。気持ち悪くて、くーちゃんはテレビも本も、見たくありませんでした。でも、そういうくーちゃんの力を勘違いしてか、たくさんの人が次々とくーちゃんにお仕事を頼みに来るんです。平日は学校があるので、土日に行くことが多かったですけど。主な内容は、こんなものでした。

「どうか、うちの御神木様のお言葉を聴いていただけないでしょうか」

 くーちゃんのお家は、なにかに信心深かったわけじゃありません。何かにお祈りするにしても、食べる前にいただきます、食べた後にごちそうさまを、言うくらいだったので。でも、そういう仕事だとお金はそこそこもらえるみたいで、家計は潤っていきました。ある程度くーちゃんもお小遣いをもらうことはできましたが、好きな本を大人買いできる程度です。あとは特に使い道も思いつかないので、お部屋の机の引き出しに、つっこんでました。

 くーちゃんの植物さんとの時間は、誰かの喜びになったのでしょうか。正直よくわかりません。こんなことを続けてよいのだろか。そう思いながら、くーちゃんはいろんな神社や、寺、山の御神木さんのところへ向かわされました。

 やることは、それほど難しくありません。御神木さんの近くで、いつものように、目を閉じて、寝そべって、トンネルで不思議な音を聴いて、それを口に出したり、体を動かしたりするだけですから。でもそれが、うまく伝わらないときもありました。

 学校にあった切り株さんとアサガオさんは、特別でした。たくさんの子供たちを見守ってきて、いろいろな愛であふれていたので。御神木さんだって、そういうふうに、人間をたくさん見守ってきた、素晴らしい思いを抱いている。そう期待したくなる気持ち、わかります。

 でも、とても長い間その場で木として生きてると、人間に対しての感情、全く抱いていないこともありました。

 どういうことかとゆうと、ひどい時には何も聞こえてこないんです。トンネルで過ごしていて、心地よくはありますが、その世界が真っ白なときだってありました。

そうゆう時にくーちゃんが現場で何をしてるかとゆうと、ただ寝そべってるだけなんです。これには、来てくれた人はみんな、首をかしげてしまいます。

「彼女、本当に巫女なのか?」

 そんな声が、トンネルにいるとき、くーちゃんの耳に飛び込んできました。

 その言葉を気にしてしまうと、くーちゃんの意識は現実の世界に戻って、もとの土の感覚だけに、なってしまうんです。まるで、せっかくいい夢を見ていたのに、目覚まし時計で起こされた気分になります。最悪でした。だからそういう時、くーちゃんは「やめてください!」と、あの日の病院の時みたいに、怒ってしまおうかと考えました。

 でも、それは難しい問題でした。あの時は、お母さんと、病院の人たちだけでしたし、くーちゃんもとても小さかったので、まだ動くことができたのでしょう。

状況は、あの時と全然違います。くーちゃんが寝そべっているときに目を覚まして、あたりを見渡すと、たくさんの大人が、くーちゃんを期待のまなざしで見てきます。きっと、植物さんが、人間に対してどれだけ慈悲深く、素敵な気持ちを抱いているか。みんな、くーちゃんが教えてくれると、思っていたんです。

 都合の良すぎる解釈に、とても腹が立ちました。だってそうじゃないですか? 世界中にいるたくさんの人と、みんながみんな、お友達にはなれないですよ。植物さんだって同じです。いつだって心地いい音や気持ちを、人間に感じているわけじゃないんです。

 けれど、それじゃ大人たち、納得してくれません。

 また、くーちゃんの悪い癖が出ました。

 あの日切り株さんに、くーちゃんが無視したこと、謝りました。聞こえているのに、聴こえていない嘘、ついてたこと、謝りました。

 でも、今度は逆のことを、してしまったんです。

 聞こえていないのに、聞こえているフリをしてしまいました。

 こんな動き、こんな音があれば、きっとみんな納得するんじゃないか。

 そんな出来心で、くーちゃんは、歌いました。神様の雰囲気を感じられるような、神秘的な何かがあるように、できる限りがんばってみました。

 するとみんなは、大きな拍手を送ってくれたです。たくさんの人が涙を流して、神主さんはくーちゃんを強く抱きしめます。

 くーちゃんの嘘を、みんな褒めてくれました。気持ち悪くて、辛くて、家でずっとずっと泣いていました。みんな、本当のことが知りたかったわけじゃないんです。自分にとって、都合のよいことなら。神秘的で、美しく見えたら。なんでもよかったんです。

 巫女の真似事の時間が多かったくーちゃんに、友達は一人もできませんでした。遠足に行っても、修学旅行に行っても、行き先でくーちゃんの知らない人が、くーちゃんのことを知っていて、近づいてきて、握手してくださいだとか。小さいのにすごいですねだとか。いろいろな言葉をかけてきました。くーちゃんの嘘にまみれた対話もどきを褒められても、何もうれしくないです。

 だから、くーちゃんは言いました。

「うるさいです、来ないでください。うるさいです」

 話しかけられないほうが楽でした。

 嫌われているほうが楽でした。

 くーちゃんの嘘が神聖視されるより、ずっとずっとマシでした。

 ですがくーちゃんの冷たい対応は、『巫女様は繊細だから』という言葉で片づけられてしまいます。おかげで仕事は、全然減りませんでした。けれど、身近でくーちゃんがそういう冷たい態度をとると、周囲からの評価は一転するんです。芸能人が性格悪いみたいな報道があると、それが一気に広まるあの感じです。でもくーちゃんからしたら、周囲の評価なんてどうでもよかったです。だからくーちゃんは、学校の人にも、巫女もどきの仕事のことを言われたら、「うるさいです」と返答します。

その結果、学校でくーちゃんはいろんな人に嫌われてしまいました。もともと人間なんて好きじゃなかったですけど、もっともっと嫌いになっていたので、ちょうどよかったです。学校行事も、休み時間も、全部全部嫌いになりました。でも学校に行かないと、お母さんが心配するのは目に見えたので、渋々舌打ちしながら、小石を蹴って、学校に通い続けて。なんとかくーちゃんは小学校という一つの山を終えることができました。

 まあそのあと中学校もあるのか思うと、憂鬱なのは変わりませんが。中学校を卒業したら、山にこもって、草でもかじりながら、一生過ごす。それでもいいかなって。そんなこと、考えてました。お母さんに心配をかけてしまうのではとも思ったですけど、くーちゃんも中学を卒業すれば、もういい年です。お母さんの顔色を窺わなくてもよいと、思ったんです。

 卒業式にみんなで集合写真を撮ってるのを、くーちゃんは遠くから眺めてました。お母さんは「くーちゃんはいいの?」ときいてきます。「いいんです」と言おうとしたその時でした。

「よかったら、一緒にどうですか?」

くーちゃんの背後から、校長先生が声をかけてきました。くーちゃんは、写真がそれほど好きじゃなかったんですけど、校長先生となら、撮りたいなと思えました。

 校長先生とくーちゃんが、校門前で写真を撮ったあと、校長先生はお母さんに言いました。

「少し、娘さんとお話したいことがあります」


くーちゃんと校長先生は体育館裏に行きました。しばらくぶりにやってきた体育館裏には、たくさんのお花さんが植えられてました。そうです。一年生のころ、くーちゃんと校長先生が植えたお花さんが順調に育ってました。赤、青、黄色のパンジー、どこからか飛んできたタンポポ、数えきれないくらい増えてて、まるでお花の絨毯でした。

優しいお花さんたちの声が聞こえてきそうで、くーちゃんはいつものように土の上に寝そべって、トンネルを感じることにしました。温かくて甘い香りで満たされたトンネル。中には、あの時の切り株さんみたいに、子どもたちの笑い声がたくさんたくさんしみ込んでました。くーちゃんに友達はいませんが、いろんな子たちにとって、充実した時間になってたみたいです。そんな子どもたちに踏みしめられながら生きてたお花たちは、子どもたちのことが大好きでした。

誰にも邪魔されない。本物の対話です。巫女もどきのお仕事より、ずっと幸せでした。

「天野さん。校長先生は」

トンネルを感じてるとき、校長先生の声が聴こえました。トンネルから意識を現実に戻して、目を開きます。いつも優しい校長先生の顔が、少しだけ悲しそうに見えました。咄嗟に気づきました。校長先生が何を伝えたいか。だからその前に、くーちゃんが言うことにしました。

「ごめんなさいは、いりません」

 校長先生は、くーちゃんの言葉に納得してない様子で、首を横に振りました。校長先生は頑固なんです。くーちゃんとよく似てます。

「……天野さん、それでもあなたの望んでいたことは、きっとこんなことでは」

「校長先生は、くーちゃんのこと、思ってやってくれたです。だからごめんなさいは、いりません」

 校長先生は頑固ですが、やさしい人です。それが少し大きくなりすぎて、違う形になってしまっただけです。少なくとも、変な視線を向けてくる人より、校長先生はずっとずっと信頼できました。

 くーちゃんは人間が嫌いでしたけど、校長先生のことは好きでした。

 だから伝えたいと、思ったんです。

「くーちゃんのこと、わかってくれて、うれしかったです」

 くーちゃんは謝られるのが、好きじゃありません。謝られても、くーちゃんにできることは何もないですし、過去は変わらないので。

「だから、大丈夫です」

 校長先生のことが好きなので、少しでも楽になってもらえたらと思って、くーちゃんはそう言いました。

 校長先生は、ぐっと拳を握り締めたあと、ゆっくりとほどきました。

「何かあったら、何でも相談してください。校長先生は、天野さんの味方です」

 どこまでも、優しい言葉でした。

 でも、一つだけ、変えてほしい言葉がありました。だからくーちゃんは、言うことにしました。生徒、先生という、堅苦しい感じが続くより、こっちの方がよいと思ったんですよね。

「天野さんじゃないです。くーちゃんです」

 校長先生は、申し訳なさそうな顔から、またいつもの優しそうな顔を浮かべて

「わかりました。くーちゃん」と、言ってくれました。

 くーちゃんはくーちゃんという名前が大好きなんです。だから、大切な人には呼んでほしいです。皆さんも、いつでもくーちゃんと気楽に呼んでください。

 何はともあれ、くーちゃんの小学校のお話は終わりです。ですが、まだ大事な人、出てきてませんね。安心してください。ここからちゃんと出てきます。


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