百鬼夜行

やざき わかば

百鬼夜行

 百花繚乱の文化が花開く、江戸。


 そんな江戸の片っ隅、貧乏長屋に住んでいるその大工は、今日も仕事をせず、ふて寝している。


 彼の名誉のために、言い方を変えよう。仕事をしないのではなく、出来ないのである。大工道具がほぼ全て同時期に、サビたり割れたりしてしまったのだ。原因はわからない。


 新しい道具を頼んではいるものの、納品がいつになるかわからない。なにしろ、この大工だけではなく、ここ一帯に、同じような被害が出ているのだ。


 しょうがないので、その日暮らしを続けるしかないのである。


 さて、ある日の夜。大工がある気配を感じて眼を開けた。なんだ? ねずみかなんかでも入り込んできたかな。大工は身体を動かさず、眼だけをキョロキョロさせた。


 大工は横向き(側臥位)に寝ていたのだが、その眼の前の畳の上を、小さい妖怪たちが百鬼夜行よろしく、行進をしているのだ。


 夢ではないようだ。その行列に眼を奪われた大工が彼らを凝視していると、その中の、白い布を頭から被った小さい妖怪が、大工が見ていることに気付いた。


 小さい百鬼夜行は円陣を組み、何やらわちゃわちゃと話し合いをしている。「人間に見られてしまった」とか、そういうことを相談し合っているのだろう。白い布の妖怪が、こちらに歩み寄ってきた。


「おい人間。我々のことが見えるのか」

「ああ、はっきり見えらぁ。なんだいお前さんたちは」

「我々は妖怪。わけあって、少し前からこの家にお世話になっていた。身勝手な願いだが、もうしばらく、我々をこの家に置いてもらえはしないだろうか」

「お前さんたちは怖くないし、悪いもののようにも思えない。何より、今日はたまたま俺が見てしまっただけで、今までもここに住んでいたんだろう。好きにしていいぜ」


 小さい百鬼夜行は、わっと歓声をあげると、口々に大工にお礼を言いながら、外に出ていった。大工としても、不思議なものを見られたことにホクホクなようだ。


 それから百鬼夜行は、夜な夜な外に出かけている。たまに、玄関口に新鮮な野菜や魚などが置かれていた。お礼のつもりなのだろう。大工はそれを、同じ長屋の住民や近所に配ってまわった。


 あるとき大工は、こっそりと一行のあとについていってみた。何をしているのか気になったのだ。すると妖怪たちは、長屋から少し離れた、林の中に打ち捨てられた廃神社の中に入っていった。


 そこには、光り輝く幼い少年が、布団に寝かされ、妖怪たちの甲斐甲斐しい看護を受けていた。病気のようで、顔色はあまりよくない。


 妖怪たちは、この少年を看病するために、足繁く通っていたようだ。


 ある日、大工は明るいうちにその廃神社に行ってみた。そこには布団も、あの少年も、もちろん妖怪の姿もなかったが、御神体と思われる、古ぼけた鏡が置かれていた。


「何か用か、人間」


 大工に話しかけてくる声がする。


「誰か、いるのかい」

「僕の声が聞こえるのか、珍しい人間だな」


 その声は、凛としており、悪意のない少年の声だった。


「姿が見えないが、どこにいるんだ」

「僕はここさ。ほら、今にも割れそうな、哀れな鏡があるだろう」

「なるほどねぇ。お前さんは、神様ってことか」


 鏡が、頼りなくきらりと光る。


「そう。もともとは人の集まる、良い場所だったんだ。それから百年ほど経つと、人の住処が移って、今はこのざまさ。僕たちは人間の信仰心がないと、弱ってしまうからね」

「だけど、あの妖怪たちはお前さんを懸命に介抱してたじゃねえか。それでも、だめなのかい」

「僕はここ一帯の産土神。僕がいることで、人間や土地だけでなく、そこに住まう物の怪たちも栄えていたんだけどね。僕がチカラを殆ど失ってからは、彼らに世話になりっぱなしだ」


 凛とした声で弱々しく、しかしはっきりと応えるその神様に、感情の豊かな大工は強く同情するとともに、ひとつの疑問を覚えた。


「もしかして、俺や他の連中の使っている道具が急にダメになりだしたのも、関係あるのか」

「あるかもね。僕以外に、ここ一帯は神がいない。本来、道具を守護するべきは神なのだけど、僕がこんな体たらくだから…。申し訳ないね」


 神とはいえ、こんな子供に俺はなにをやらせていたのか。


「で、でもよ。妖怪たちが助けてくれるから、チカラは取り戻せてるんだろ」

「いや。そろそろ彼らも限界だ。チカラが貰えないと、彼らは消滅してしまう。だから、他の土地に移り住むように伝えたよ」

「じゃあ、お前さんは」

「僕はこのまま、消えるだろう。いいんだ、必要ないものは淘汰される。自然の流れだ」


 大工は、肩を落として長屋へと帰った。何か出来ることはないか。神様だからとかではなく、あの苦しそうな少年の声。あれを助けないのは、江戸っ子として男がすたる。だが、どうすれば良いのか。


 その夜、ふと眼を覚ました大工に、百鬼夜行のひとり、白い布を被った妖怪が話しかけてきた。


「人間、世話になった。我々は、別の場所に移り住むことにする。いつも我々が出てくる場所の、地下を掘ると良い。今までのお礼だ。本当はこの土地を離れたくないのだが…。では、また会うことがあれば」


 大工は何も言えず、悔しさを押し殺してそのまま寝てしまった。


 翌朝、妖怪の言っていた場所を掘ってみると、金子の詰まった壺が出てきた。小銭だが、結構な量がある。家賃のつもりだろうか。


「馬鹿野郎。お礼なら、野菜や魚で貰っていたじゃねえか」


 ふと大工道具を見てみると、全てがぴかぴかの新品同様になっていた。これも妖怪たちの仕業だろう。どれだけ大工に恩義を感じていたのか。


 金子に道具。これらを得た大工は、ひとつの案を思い付いた。



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「ふう。これで完成かな」


 大工は、大家の許可を取り、妖怪のお礼の金子を使い、長屋の敷地内一角にこじんまりとした社を建て、そこに廃神社の御神体である鏡を祀ったのだ。


「さぁさ、お立会い! お急ぎの方もお急ぎでない方もよっといで! こちらは霊験あらたかな産土神、錆びついて使えねぇ俺の大工道具も直してくれたってぇ神様だ」


 実際は妖怪たちが治してくれたのだが、広い範囲では間違っちゃいない。


「大工道具を直すだけじゃねぇぜ。なんてったって産土神だ。この神様が本気を出しゃあ、しけたこの町も活気があふれかえるってぇ寸法だ。騙されたと思って、一度参拝してみねぇ。そのご利益にひっくり返るときたもんだぜ」


 大工の口上によって、もともと信心深い町人たちはそのお社を受け入れ、今では町人たちの拠り所となっている。


 そのためか、道具が急に壊れることはなくなり、土は潤い、人の往来は増え、町は活性化した。あの妖怪たちも戻ってきたのだが、神様の恩恵なのか、絵巻物に描かれているような大きく立派な百鬼夜行となって、今でも定期的にお社に参っている。


 妙なことに巻き込まれたもんだが、やっぱり神様は大事にしなくちゃだな。


 大工はそう考えながら、今日も誰かに差し入れてもらった非常に美味い野菜や魚を、近所に配っている。

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