2-23
ミナモちゃんの言い分だと、我が家がいきなりフォルティア王国で唯一の公爵家に叙爵されて、貴族教育も受けないで大変な立場にしてしまったよごめんね。ということらしい。
それは水姫さんとうちのお父さんとの問題だから、俺にはたいして関係ない。苦労するのはうちの両親だけだ。
俺なんか、学院にずっといるから自分の家が貴族になったんだって実感なんて皆無だし。
たしかにマサル王子の相手をするのは面倒だけど、ああいった手合いは久賀くんみたいなので慣れてるから、まだ可愛いもんだ。
「もしかして、そんなことで元気なかったの?」
「そ、そんなこと?いえ、まだ護様は貴族としての在り方について知らないから、ことの重大さがわからないのでしょう」
「いや別に、貴族としての在り方とか、この学院じゃ関係なくない?」
「関係、ない?」
お偉いさんだろうが庶民だろうが、学院に入ればみんな一括りに生徒になるんだ。先輩後輩はあっても、身分の差なんて関係ない。
この世界では、親が大企業の社長だからって、子どもが後を継がなきゃいけない決まりもないし。政治家の子どもが偉いわけでもない。
ステータスやスキルがあれば何にだってなれるし、なんだってできる。
「そんな世界に留学してきたんだから、ミナモちゃんもしっかりそんな世界を学んでいかないと」
「ですが、私や護様が何か他国の者に粗相をすれば国際問題に」
まあ、たしかにそんな心配はあっても当然だ。俺も上野さんがマサル王子をぶん殴った時は本気で焦ったもん。
「でも、そんな時は大人がどうにかしてくれるでしょ」
「大人が?」
「そうだよ。日本には昔から『大人に迷惑をかけるのが子どもの仕事』って言葉があるんだ。だからさ、俺は自分にできること以上のことはやらないし、やりたくないこともやらない」
「わがままですね、護様は」
「うん。だから、ミナモちゃんだってわがままで良いんじゃない?小難しいことは、裏で大人たちがどうとでもしてくれるよ」
「たしかに我が国の暗部は優秀ですから、他国の第2王子くらいなら―――」
「暗殺の話じゃないから!」
そう言って、ミナモちゃんと2人で笑い合う。いや、本当に俺の意図は伝わった?人知れずマサル王子が暗殺されてました、はさすがに笑い話にもならないよ。
今日初めて、背中に嫌な汗をかいた気がする。
「でも、そんなに結婚するのが嫌だったの?ミサカイ皇国?の王子様」
「はい。それはもちろん!何度お母様に内緒で王族直属の暗殺部隊『黒霧』を動かそうと思ったことか!」
う~ん、意外に身近な存在だったんだね、暗殺部隊。どうかその部隊を俺に差し向けないでください!
「それに、私はフォルティオでやりたいことがありましたから」
そう言うと、どこか恥ずかしそうに頬を染めて、顔をそらした。
むむむ。この反応、超敏感で察する能力にたけた普通男子である俺には丸わかりだ。
つまり、恋!
王国の中に、ミナモちゃんが好きなヤツがいるってことだろ。
きっと身分違いの恋とか、そんなやつだ。
「俺で出来ることなら、協力するよ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、もちろん。俺たち、従兄妹同士じゃないか」
そしてミナモちゃんが意中の人とくっつけば、俺はミナモちゃんの婚約者にならなくてすむ。
あわよくば、身分違いの恋に手を貸した罪で爵位も没収・・・・・・はさすがにムリか?
でも、ミナモちゃんの婚約者から外れることができるだけでかなりありがたい!
お姫様と結婚、なんて目立つことは避けたいし、そうなればこの前みたいに命を狙われる心配もなくなるし、我が家の爵位も当初の予定通り伯爵に戻るかもしれないしな。
「そ、それではその、ご迷惑でなければ、護様たちの訓練に参加させていただけないでしょうか?」
訓練に参加?ってことは何?もしかして俺たちの訓練に参加している誰かが意中の人?
訓練に参加してるのは、俺と小雪、大間々先生、東さんの4人。
え?俺以外の男って、東さんしかいないんだけど?
も、もももも、もしかして東さんのことが好きなの?あの筋肉と訓練以外に興味の無さそうな、全身筋肉で出来てる変態が?異世界では有名人だって言ってたけども。
あ、いや。もしかしたら、大間々先生って可能性もある。
あの人はフォルティア王国の貴族で、子爵のはず。王族と子爵では結ばれることはほぼ不可能。それに同性だと子どもが作れないから、貴族としては反対されるのは道理だろう。
もしかしたら、明日から百合百合な様子が見られるかもしれないと思うと、ちょっとオラ、ワクワクすっぞぉ!
「ぜひ、訓練に参加してください。ミナモ王女殿下」
「え、は、はい。ありがとうございます」
深々と頭を下げた俺に、困惑で返すミナモちゃん。それがまたおかしくなって、2人して笑い合った。
「まだ訓練するから」
そう言った護様を残して、私は訓練場を後にしました。
夜風に火照った体が冷やされて、清々しい。気負っていた心も、どこか軽くなった気さえする。
「わがままで良い、ですか。王族として、そんな言葉をかけてもらったことはありませんでしたね」
王族の言葉は国政だけでなく、民の安寧さえ左右する。わがままは許されず、この体に流れる血の一滴まで、民のために使わなければならない。
そう教育を受けて来た私にとって、わがまま、なんて言葉とは無縁だった。言葉遣いさえも自由にならず、決められたことを決められた通りにこなすだけの日々。
それが当たり前と思っていたある日、王都に巨大なドラゴンが飛来した。
宮殿内は大混乱となり、誰も私に命令をしてくれない。どうすることもできずにただ立ち尽くしていた私の元にやって来たのは、装備を調えたお母様だった。
「安心しなさいミナモ。貴女も、この王都に住まう民も、誰も傷つけさせないから」
そう言って、ドラゴンに立ち向かったお母様は、たったの一刀でドラゴンの首を絶ち、返しの一刀で胴体を真っ二つにした。
「ね?大丈夫だったでしょう。まあ、ちょっとだけ建物壊しちゃったけど」
くすりと笑いながら私の頭をなでてくれたお母様の手の温もりを、今でも覚えている。あの勇ましく剣を振るお母様の姿を、鮮明に思い出せる。
あの瞬間に、私の冷え切っていたこころは、熱を持ち始めた。
生まれて初めて、自分でなりたいものを見つけられた。
お母様のように、全ての民を護れるような、強く気高い剣士になりたい。
「そんな夢も、すっかり忘れていましたね」
その後も王族教育は続いたけれども、私は少しずつ変わり始めていたのかもしれない。
王族教育の合間に剣や魔法の練習をしてもらえるように頼んだり。王都から離れる際は、移動の合間に魔獣を討伐してレベルを上げたり。
でも結局、それは片手間のことでしかなくて。
ただ剣の鍛錬を。ただ魔法の鍛錬を行うことはできなかった。
どこまでいっても、私はお姫様で、国を動かす歯車の1つだった。
だから国のためと言われたら、あんなカエル顔のロリコン変態好色皇子と婚姻を結べと言われれば、そうする他無いと思っていた。本当に嫌だったけど。
そこで降って湧いた私たちの世界と、地球というお母様の生まれた世界との統合。おかげでミサカイ皇国は大きく国力を減らし、ムリに婚姻を結ぶ必要はなくなった。
そして、護様という、お母様の甥にあたる少年との婚姻の話。
護様との仲を深めるという口実で地球の学院に留学することができた。ここでなら、周りの目を気にすることなく鍛錬に励むこともできるでしょう。
お母様のようになる、その夢に近づける。
「それに、本当に護様と結婚するのも、良いかもしれませんね」
私を1人の人と見てくれる。言いたいことがあればハッキリと言ってくれる。そんな人、王国ではいませんでした。
「まずは、口調を変えるところからやってみましょうか」
あの口調はしゃべっていて元気になりますからね。護様の好みだったら良いのですけれど。
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