第5話 逃げるコマンドは最終手段

 レオンが真実を告白すると、二人は困ったように口を閉じている。

 先に動いたのはエリシアだ。

 うかがうように、そっと手を上げる。


「どうした?」

「申し訳ありません。私にはレオンハルト様のおっしゃることが分かりません」

「そうだな、エリシアには分かりづらいか。まず、日本には俺たちの世界の未来を記した、預言書のような物があるのだ」

「預言書……」

「そして、それに描かれるレオンハルトと俺は別人……俺はこの日本で生まれ育って、死んだ。そしてレオンハルトとして生まれ変わったのだ」

「なんとなく、分かりました……?」


 分かったとは言ったものの、エリシアは混乱しているらしい。

 目をくるくると回している。

 情報量の多さに追いついていないのだろう。


「次は私から質問しても良いですか?」

「構わない」

「どうして、レオン様は日本に戻って来たんですか? レオン様って貴族ですし、あっちで悠々自適に暮らしてるのでは?」

「……逃げてきたのだ」


 それは罪の告白だ。

 しかし、説明から逃げるわけにはいかない。


「俺はゲームのストーリー通りに行けば、世界を救うために死ぬ。ストーリーを無視すれば、世界が崩壊して死ぬ」


 ゲームの主人公たちを助けて死ぬか。

 世界の崩壊に巻き込まれて死ぬか。

 あちらの世界で、レオンに残されていたのは二択だけだった。


「俺はどちらの死も選べずに、こうして日本へと逃げて来た」

「つまり……シナリオ放棄?」

「そうなるな」

「なんとか、ならないんですかね? ほら、『アビスベル帝国』を倒しちゃうとか!」


 『アビスベル帝国』はレオンたちが住む『バルザーク王国』の西方に広がる帝国である。

 強大な軍事力によって武力侵攻をし、各国へ侵略戦争をしかけている。

 その帝国が『ブレイブ・ブレイド』の最終的な敵組織であり、レオンを破滅へと導く存在だ。


「無理だ。王国の軍事力では、どうあがいても勝てない。俺よりも頭の良い『ゲームのレオンハルト』ですら、帝国との正面衝突は不可能だと判断したのだ。正攻法で倒すのは無理と言っていい」

「だけど、帝国を野放しにしたら『魔王剣』を手にしちゃいますよね」


 『魔王剣』は『ブレイブ・ブレイド』のキーアイテムだ。

 この魔王剣には、古代文明を滅ぼした邪神の力が封じられている。

 その力は膨大で、手にした者に世界を滅ぼす力を授けるとされている。


 しかし、実際には力を手に入れる代わりに、邪神に体を乗っ取られる呪われた剣だ。

 ゲームでも魔王剣を手に入れた者がラスボスへと変化し、世界を滅ぼそうとしていた。


 そして強大な帝国を統べる帝王は、レオンがどう動こうと魔王剣を手に入れようと動き出す。

 手に入れたら邪神に体を乗っ取られて世界を滅ぼそうとする。

 そうなったら主人公に倒してもらうしかないが、ラスボスを倒すために必須な覚醒イベントの条件はレオンの死。


 どうあがいても詰みである。


「だから、俺は逃げてきた」

「うわぁ……レオン様って思ってたより詰んでますね。意地でも殺そうとする意志を感じます」


 ちらりとエリシアを見る。

 子犬のような瞳がレオンを見つめていた。

 レオンのことを疑っていない、純粋な瞳だ。


「俺は……我が身可愛さに世界を見捨てようとしているのだ。きっと、俺たちの世界では想像も出来ないほどの人が死ぬ。俺が逃げた代償としてだ……エリシアが期待していたような、強くてかっこいいレオンハルトは居ないんだ。俺が……塗りつぶしてしまった」


 ゲームのレオンハルトは、世界を救うためなら自分を犠牲にできる男だ。

 だから、魔王剣に対抗できる主人公を助けるため、その命を捨てて戦った。

 レオンには、出来なかった選択だ。


「すまないな。エリシアの期待を裏切ってしまった」

「いえ、私は……レオンハルト様が強くてかっこいいと思ったことはありません」

「それはそれで、傷つくんだが」


 期待を裏切ったと思ったら、そもそも期待されていなかった。

 違う意味で傷つく。


「私はレオンハルト様が、自室で嘆いているのを知っていました」

「き、聞いてたのか!?」

「申し訳ありません……」


 わけの分からない悲鳴を聞かれていたなんて……・。

 レオンの顔が赤くなる。

 完全に油断していた。絶対に変な人だと思われてる。

 たぶん、母親にイケナイ本が見つかったりすると、こんな気分になるのだろう。

 死にたい……。

 いや、死にたくないから日本まで来てるんだけど。


「私はレオンハルト様の事を……弱くても優しい方だと思っています」

「……」

「だから、日本に逃げるのを思いついた時に、凄く苦しそうな顔をしていましたよね?」

「それは……」


 否定は出来ない。

 日本に逃げれば良いと思いついた時、画期的なアイディアだと思った。

 これで救われると思った。

 しかし同時に、あの世界を見捨てることに罪悪感を感じていた。

 本当に逃げて良いのか、今でも悩んでいる。


「本当に日本に逃げて良いのでしょうか。私はレオン様が後悔なさる気がします……苦しんで生き続ける顔は見たくありません。他に手は無いのですか?」


 レオンはファミレスの窓から外を見る。

 立ち並ぶビル。巨大な広告看板。忙しそうに歩き回る人々。狭苦しいが青い空。

 見える光景は平和そのもの。

 あっちの世界のように、崩壊の危機など迎えていない。


「……あの世界で出来ることは、全てやり尽くしたのだ――うん?」


 あの世界で出来ることはやった――こっちの世界では?

 日本に来れるとなったら、さらに行動の選択肢が広がる。

 レオンは巨大な広告看板を見た。ダンジョンのモンスターと戦うための、武器が宣伝されている。


「わかば、今の日本ならモンスターと戦うための武器が売られているのか?」

「え? はい。その辺で売ってますよ」

「いくらで売っている?」

「大量生産品なので……高校生でもバイトすれば買えるくらいですね」

「ふっ、安くて性能の良い武器が買い放題なのか……」


 あっちの世界では、粗悪な武器でも職人が手間暇をかけて作っている。

 そのため値段が高い。

 しかし、現代日本なら機械化のおかげで、性能は上がり値段は下がっている。

 つまり武器を揃え放題だ。


 そしてレオンの固有魔法の『貪欲な宝物庫』は貯蔵する武器によって性能が変わる。

 粗悪な鉄の剣から、銃を始めとする近代兵器にアップグレードしてやれば威力はグッと上がる。


「なぁ、わかば。ダンジョン配信者ってのは儲かるようだな? あんな広告看板を設置して貰えるほどだ」

「そうですね。有名になれば年収は億を超えますよ」

「俺はダンジョン配信者として成功できると思うか?」

「そりゃあ、見た目も良いですし、人気キャラにそっくりってのもインパクトが大きいですよね。しかも、SNSでバズり中なので注目度も問題無し……ウケると思います!」

「ククク……それは好都合だ」


 レオンはソファーに踏ん反り帰ると、にやりと笑った。

 先ほどまでの暗い空気はドコへ吹き飛んだのか、自身に満ちた表情をしていた。


「前言撤回だ。逃げるのは、もう少し足掻あがいてからにする」

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