本性 本人気づかず

@nluicdnt

 本編




「なぜあいつを殺した」


 目の前にいるかつての友は力無く項垂れる。黒髪で女性顔負けの肌の艶と髪の長さを誇る美麗な容姿だ。


 性格だって良かった。

 どんな試練でも三人で乗り越えてきた。

 俺たちはそんな家族であり、兄弟だったはずだ。だが、なぜお前は裏切ったんだ?


「殺した……誰をだ」


 信じられねえ、お前はもう俺が知っている兄弟子なんかじゃない。お前は私利私欲にまみれた化け物だ。


「俺たちの仲間、ジュンジュウのことだ」


 そうだ、隆汰がジュンジュウを殺した。


 これは立派な裏切り行為だ。

 非道、卑劣、残虐、言語道断の外道行為。

 万死に値する。絶対に許さん。


「答えろ隆汰、なぜお前はあいつを殺した」


 せめて戦士として恥をかくようなことをしないでくれ。


 だが、俺のその言葉が終わりしばらく経つと、歯を軋むような気味の悪い笑い声が聞こえてきた。耳の奥が腐るほど不快で、耳に粘りつき離れない。


「覚えているか、何年か前、俺たちは最後の弟子となったのを」


「ああ、覚えている。それがどうした」


「……あの頃は、三人でなんでもやっていたなぁ、盗みも騙しも、時には殺人も。みんな俺たちが子どもだからやらない、やろうとしてもできっこないと思っていたんだろうな。俺たちに負けた奴らのほとんどは、多分、何が起こったのかさえ最後まで分からずに死んでいった。みんな、大口開けて目を見開いて、正に仰天の顔だった……そうだ、俺たちは所詮そんなもんだったんだ。今でこそ、悪漢どもを倒しに倒しているが、本来は俺たちだってその一部だったんだ。高望みだった。身の丈に合わない服をずっと着続けていたんだ。俺もお前も、あいつさえも……だから、思い込みをした。俺たちは今、お天道様に顔向けできる人生を歩んでる。俺たちは善人だ。あいつらとは違うと驕ってもいたのさ」


 話が見えない。先ほどからこいつは何を言っているんだ? 力が弱まって朦朧したか?

 しかも、懐かしそうに下らない幼少期時代の話をするなんて。いよいよこいつも終わっているな。


 盗みも騙しも殺人も、その時の俺たちには必要だったからやったことだ。仕方のないことなんだ……こいつは言っていなかったが、殺しの何人かは闇討ち時に女性と性行為をしていた。目撃者だったからその女性も殺した。まあ少し女性の身体を味わってみたが。

 それだって必要なことで不可抗力だった。

 だから後ろめたいことなんて一つもない。


 驕っているだと? そんな訳が無い。

 だとしたら、国の安全や危機のために、こうして命懸けで働いている俺たちは、一生そうしていろと? 何もする資格が無いとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい。

 俺たちが一生懸命に働いて命をかけている中で、ロクに働きもせずにいる男や女なんて捨てるほどいるはずだ。


 街を見れば分かるだろ。

 腹や胸や足に余計な贅肉をたっぷり乗せて身なりの良いスーツを着ている愚鈍な男たち。あいつらは、やれ車、やれブランドの腕時計、やれ女を抱いただのそういうくだらないことで見栄を張り、マウントを取り見下す馬鹿だ。中には手につけている腕時計だけで相手の人間性が分かるなんてほざきやがる。



 こっちが自身の力を高めて戦っている中、子どもがするような幼稚な行動をしている癖に美人の妻がいて、夜にいたすことをして子どもなんぞ作りやがる。


 なんて卑しくて矮小な奴らなんだ。

 そんな奴らは男じゃない。

 全く、同じ男として恥ずかしい。いや、俺やあいつこそが真の男だ。


 他は全員失敗作。

 もちろん目の前にいるコイツも同じだ。


 そして女は論外だ。噂話や彼氏や夫の悪口に邁進を注ぎ生きている堕落人間。

 なのに、大体の奴は男に頼って生きている。それも金だけ蓄えて、知性も何もないようなクズみてえな男にくっついている。


 腹が立つから、何人かのそういう奴らを始末した時、ついでにその女の身体でしこたま遊び、気が済んだら殺した。


 もし、これを見た人がいて酷いことをしていると思った奴がいたら噴飯物だよ。


 全く、むしろ彼女たちは感謝すべきだ。

 あんなクソカスみたいな男じゃなく、俺のような上質な男に抱いてもらったのだからね。


 ふん、考えれば考えるほどこいつの言う驕りの意味が分からない。

 まあ、最後の世迷いごとだ。

 せめて、元戦士で男だった奴だ。

 最後まで聞いてやろう。


「だが……ククク……やっばり俺たちは根がどうしようもないやつだったんだ。善人でもなんでもない、あの頃と性格もやっていることも何ら変わらなかった。そうだな……それを最も増長したのが……俺たち以外の弟子がみんな何かしらの理由でいなくなったことだな。事故や殺害に巻き込まれた。そうじゃなくても、途中で逃げ出す者もいた。ある日いきなりいなくなった奴もいるし、そういう理由で五十人ほどいた奴らは全員いなくなった。年上年下や同世代。気が合う奴嫌いな奴すべてな……それにより俺たちは自分たちが特別だと思ったんだ。なあ……隆汰、お前、いや、お前ら何人かやったんじゃないか?」


 まずい、こんな時にこんなことを言うなんて。思わず笑いそうになってしまった。

 こいつは何を聞いているんだ? やはり記憶が混乱している。


 お前らどころか、俺たちがやったんだろ? 邪魔な弟子たちを。

 足を引っ張ってロクな強さを身につけないグズ。威張るだけのゴミ、屁理屈ばかりで真面目に修行に取り組まない者、俺たちよりも修行量をあまりこなしていないのに上に上がる弟子、初めからほぼ最後まで技を極めることができることで初心者のくせに、自分が天才だと思い込んでそうな不届き者、たまに街に行くと女に黄色い声援を送られて良い気になり鼻の下を伸ばす変態糞野郎。


 どれもこれも、みんな始末するべき奴らだっただろう。何人かは見込みがあったが勝手に出て行った。あいつらは惜しかった。

 きっと立派な戦士になっていただろうに。


 それにしても、こいつは今更なにを言っているんだ? あの時の思い出をさも忌まわしきことのように……やはり、ここは早く往生させてやった方がマシなのか?


「まあ良い、どちらにしても俺たちは救いようのないクズだった。死体に群がる羽虫やクソにたかるハエと同じだ。いや、そんなもんじゃないな。ゲロと汚泥とクソが混ざった汚物が人間の形をしたような奴らだったんだ」


「まて」


「あん?」


「訂正しろ、取り消せ。その言葉を。あいつを俺たちのような誇り高い戦士を侮辱したことを」


 それは一線を超えた発言だぞ。

 許せん。今すぐ首と胴体を切り離しても良いが、その前になんとしてと今の言葉を取り消させる。俺たちをあろうことが汚物に例えるだと? そんなことは司法が許しても俺が許さん!!


 このやろう……死にかけのクソ虫のくせに、もう虫の息のくせに……何を勝ち誇ったような笑顔を俺に向けている……さっきまでずぶ濡れの小汚い物乞いのように情けなく項垂れていたくせに……便器から外れたクソ程度のカスが良い気になるんじゃねえ!!


「クククカカ……ようやく本来のお前らしい顔になってきたじゃねえか。さっきまでの紳士ぶった正義感の顔はどこに行ったんだ?」


「黙れ……汚泥を食うゴミクソが」


「おいおい、すっかり口調が子どもの頃やあの頃に戻ってるぜ? お前は昔からキレると手がつけられなかったからなぁ。昔、性行為中の男を殺した時、その男のことを愛していたんだろうなぁ。相手の女が人殺し!! って叫んでどうしようかと思った時、お前はすぐに女に駆け寄り首を絞めて襲ったなぁ。そのまま手にかけながら性行為に及ぶとは思わなかったよ……お前は言ってたなぁ。『あの男と俺、どっちがいいか言ってみろ。さあ、さあ、さあ!!』と。そしたら女は最後の力だったんだろうなぁ。首を上げてお前の指をかじった。たまらず、ぐぎゃあ、とお前が叫んで女の手を離した。しばらく咳をしていた女はそれが終わるとこう言った。『アンタとあの人どっちが良いかって!? あの人に決まっているでしょ!? あんたなんか、中身も外見も何もかもが貧相で薄汚いクズじゃない!!』途端、喉が焼けたような叫び声をお前は上げて再び女の首を絞めた。そして、口付けをして口を塞いだ。あの時の女の抵抗は実物だったよ。お前が邪魔で足しか見えなかったが、しばらく素早く屈伸するかのように足をバタつかせていたが、やがて、ピンッと弦を張ったように女の足が伸びた。そういえばそれと同時に断末魔なのか、女が潰れかけのカエルが鳴くようなか細い、だけど色っぽい嬌声を上げていたなぁ。その後、女の足が静かに落ちて、そのまま一ミリも動かなくなった。こときれたと俺たちは理解したよ。横を見ると、あいつも興奮していたのか、顔中に汗が滲み出ていたぜ。俺も興奮した。なぜかは分からないけど股間が妙に熱かった。あいつの股間を見たら何が起こっているかわかったよ。自分だけじゃなくて安心した。きっとあいつもそうだったんだろう。変な笑いが出てきちまったよ。だけどもっとヤバいのがお前だった。お前は俺たちと同じような症状だった。やりすぎだったんじゃねえかと、俺が言うとお前、なんて言ったか覚えてるか? なあ、なあ!!」


「……それ以上、薄汚いドブネズミのような顔をやめろ……クソ豚野郎」


「『僕たちは最後の時間を使ったんだ。彼女はきっと天国に昇るほど気持ちよかったと思う』だってよ!! 俺はその時、初めて本物の悪を見た気がするぜ!! こんな人間がいたんだと、こんなヤバい奴がいたのかと思った!! 大体、よく考えりゃ俺たちは何となく金持ちっぽそうな家だったから、こっそり入ったらあいつらが性行為していた。普通に愛し合っていて俺たちの方が最低の悪漢クズだった!! それなのにお前は終わった時、すっきりしたような爽やかな顔してやがった!! 顔が整っているから世の中の奴らは、今日は給料日だったのかな? 程度で済ませると思うが、俺たちはもう汗が止まらなかったぜ。何人か女をお前が襲っているのを見たけど凄かったぜ。こんな身勝手で被害妄想が激しい人間は、後にも先にもお前だけだと思うぞ」


「何を言っている……お前に先なんてものはないぞクズめ。泥水の中に住む薄汚いゾウがクソをするように、妄言妄想を垂れ流し、撒き散らすだけじゃなく俺まで侮辱するのか。お前、終わってるぜ人間として。どうかしてる」


「この後に及んでまだ被害者意識が高いのか!! 最早、脱帽ものだよ。まあ良い、聞かせてやるよ。俺があいつを殺した理由をな。お前の大好きな大好きなジュンジュウ君を殺した理由をな」


「ああ、さっさと言えブタカス。言い終わったら、とっとと殺してやる」


 クソを煮詰めたようなニチャリ顔をしながらこいつは話し始める。

 

「俺があいつと任務で結構遠い島に行ったことは覚えていると思うが」


「ああ、わかっている。前置きは良い。さっさと話せクソクズ」


「俺とあいつは結構、多分仲が良かったと思うぜ? いつも二人で笑い合ってたよ。大抵はお前の話だったがな」


「なんだと?」


 こいつ、何を言ってやがる。野郎、しかもますますニチャニチャ汚らしく笑いやがる。


 今すぐその眉間の皺にぶちこんでやりたいが、真実を知らなければ俺はすっかりできない!! 


 さあ早く言えそして早く話し終われ。

 そうじゃないとぶっ殺してしまう。


「お前はすごくやりすぎだとか、何かコンプレックスでも抱えているのか、親に愛されなかったのか特に母親に、俺がそう言ったらあいつ……フフ……あい……つ……クク……自分の胸を揉んで『おっぱいとか吸ったことねえんじゃね?』とか言い出しやがるからもう笑いが止まらなくてなあ!!」


「いいからさっさと答えろ!! ぶっ殺されたいかあぁぁ!!」


「おいおい、殺すつもりなんだろ? だったら黙って聞いておけ。まあ、途中でムカついて俺を殺しても良い。そしたらお前は一生スッキリするとこができずに余生を過ごすのだがな。嫌ならそのまま黙って聞け? おいおい、そんなにクソみたいな顔をするな。今のお前を鏡で見てみろ。薄汚くてクソブスだぞ? 例えるなら、酒に入り浸り暴力することしかできず、金が無いわけでもないのにギャンブルに明け暮れてもらった給料をその日に使い潰し、全部失い、何かを盗むことでしか快楽を得ることができない汚染物質の顔をしているぞ?」


「お前……」


「……ほう、これでも撃たなかったか。お前にしては頑張ってるな。よくできました。まあいい。話を続けてやろう。俺とあいつは島で難無く任務をこなして過ごしていた、と思っていた。だけどそれは俺たちだけだったようだ。他の奴らはずっと俺たちのことを怪しんでた。だから、あっけなく捕まった。俺たちの不審な行動、そして潜入任務を示唆するような言葉、全部筒抜けだった。間抜けな阿呆そのものだったよ俺たちは。なんてことないその辺に転がっている路傍の石が殴りかかろうとしたようなもんだ。呑気に夜に眠っていて、気づけば見知らぬ所で縛り付けられていたんだ。そう言えばあの夜は好きな女とか気になる女とかやりたくなるとか色々話しちまっていたなぁ。だからだろうな、あんなことをされたのは。俺たちはすぐに命乞いをした。ちなみに一回目は嘘だった。相手を油断させるためのな。隙を見て逃げ出そうとしたんだ。だが奴らは指を差して笑うだけで縄とかを外そうとしなかった。流石の俺たちも不快だったよあれは。ああ、その後だがな……脱がされたよ。上半身、下半身ら両方脱がされた。その後は……俺は初めて分かったよ、犯される側の気持ちが。ああいう風に見えるんだな。女だからまあ髪の艶とか金髪、茶髪、とか入り乱れて特徴は捉えられるんだけどよ、み〜んなおんなじ顔してるんだ。はあはあ過呼吸みたいな息してて、しかも臭くて、そしてやたらと鼻の穴がデカく見えるんだ。こう、ぶわ〜っとパンパンに膨れてしかも上下に揺れるごとにその鼻の穴が更に広がるんだ、白目も剥きながらな。どんな美人だったとしてもあれはねえわ。鼻の穴から鼻くそのようなモノが見えたり鼻毛が丸見えになっていた。もしかしたらそれらは錯覚かも知れなかったけどよ。そいつらの汚い喘ぎと面見てたら、お前やあいつのおこぼれでヤってた時、俺もあんな顔していたんだろうな。ヤられる側はいつだって悍ましい思いをしてきたってことが身に染みた。男性恐怖症になるのも分かる。好きだと思った異性が、あんな薬物中毒になった陰獣みたいな顔するかもしれない、なんて不安が過ったら誰だって異性と関わりたく無くなる。俺はその一件以来、女性の顔がまともに見られなくなったよ」


「お前のそのお可哀想な話なんざ道端のクソ程どうでもいい。さっさとあいつを殺した理由を言えこの腰抜け」


「ああああ、分かった、分かったよ。じゃあこれで最後だ。散々ヤられて鞭打たれて、殴られて削られて、歯を折られて、小便かけられて、そんなことをされていて、気づくと海辺にいた。すぐに俺は分かった。今から俺たちを殺すつもりだと。殺す方法は恐らく海に沈めて殺すのだと思った。もう大きな岩に全身くくりつけられて、船に乗せられ、途中で海原にポイッ、人間の気配に気づき集まったサメに食われて終わりまで想像できた。正直、死ぬのが怖いというよりも、やっと死ぬことができるという歓喜の方が大きかった。その喜びで咽び泣きする程だった。だが、それをして俺は後悔した。何を考えたのかそれを見たヤツらが俺が死ぬのに怯えていると見えたのかこんなことを言いやがった。『助かりたいか』と。すぐに拒否しようと思ったが、あいつは真っ先に助かりたいと答えた。そんなことを言うのを聞いたら、なんだか俺だけ一人死んでも良い、と思うのがバカらしくなってな。俺も生きたいと言ったんだ。そしたらヤツらは心の底から嬉しそうにニヤニヤした。ああ、また地獄が始まるのかと思った。もしかしたら、俺たちを何も抵抗できないように、手足を切り、ついでに声帯も傷つけて叫び声も上げないようにして、どっかに売りつけるのかとも思った。まあ、お前も分かると思うが世界は広い。だから、どんな変態がいるかなんて想像がつかないんだよ。だが俺の思惑は辛くも外すことになった。一人が言った『お前たちを助けてやろう』と。少しの希望を持ったがそんな甘っちょろいもんじゃなかった。そいつはニヤニヤ笑いながら次にこう言った。『ただし、お前ら二人の内、どちらかをだ』と。一気に目の前が真っ暗になった。こいつらは俺たちを同士討ちさせようとしていた。仲間を裏切るなんて戦士の俺たちにとってはとんでもない行為だ。これでも俺たちには誇りがある。戦士としての誇りが。だから仲間を裏切るなんて非道な真似はできない。俺とあいつはそう考えた。あいつの目を見た。あいつの目は戦士の目だった。何があっても諦めないという光に満ちた目だった。そうか、お前は諦めちゃいないんだな。『二人で必ず生きて帰ろう』その時にそう言っていた。だから俺と奴は同じ気持ちだとはっきり確信した。そう…………確信してしまったんだ。そんな希望なんて初めからどこにも無いのに。だからあいつらが縄を外した時、これは二人で生き残れると思っちまった。あいつらは俺たちを縛っていた縄を外すとこう言った。『今からレースをする。ビーチフラッグだ。次に俺が手を叩いた時、あそこのフラッグを先に取った方を助けてやろう。国に帰らせてやる』フラッグと聞いて何のことか分からなかったが、後ろを見て赤い旗が立ててあったからアレのことだと俺とあいつは分かった。分かったは良いが俺は混乱した。さっき俺はあいつと二人で帰るつもりだったのに、いきなり争奪戦になった。これではどちらか一方しか帰れない。俺は何も武器を持っていない。もちろんあいつも同じだ。目の前の奴らは全員、銃なんぞ持ってやがる。それも誤算だった。そんなのに勝てるわけない。もう諦めそうなったが、それでもあいつの目を思い出したら勇気が湧いてきた。初めて仲間って良いもんだと思った。だけど、その思いはすぐに正反対になった。パン!!! 発泡音のような音がした。見ると男が手を合わせていた。『どうした? 手を叩いたぞ? 行かないのか?』そう言った。どうしようと逡巡する。だがそれはすぐに消さざる終えなかった。なぜなら……その時、俺は見た。あいつが一目散にフラッグに向かって走り出したのを。一瞬、見間違いかと思ったんだ。さっきまであんなに澄んだ目をしていた奴が俺を裏切るなんて信じられなかった。俺が二人で帰ろうと思っていたのに、あいつは自分一人だけが助かろうとしていたんだ。しばらく呆けていると、男たちがギャハギャハ手を叩きながら爆笑していたのが聞こえた。追いかけなくて良いのか? と面白おかしくジェスチャーする者までいた。もう終わりだ。俺は裏切られて見捨てられた。その時、俺の目の前にスナイパー用の銃が目に入った。何だと思い上を見上げると、リーダーらしい男が銃を俺に差し出していた。何な真似だ、すぐに俺はそう言った。するとそいつは『良いのか? お仲間はもうフラッグを取りそうになるぞ?』なんぞ言った。この男は俺に銃を渡し、あいつを撃つように仕向けている。それが分かった。分かったからこそプライドが働いた。ふざけるな、お前らの思い通りになると思うな、と。だけど、身体は正直だった。特別意識していたわけじゃなかった。本当に、ほんっとうに何も考えてなかった。いつの間にか、俺はあいつに銃口を向けていたんだ。あいつらの武器は最新式だ。きっちり目標を定められようにレーダーやロックオンまでついてやがる。その機能で標的はもう外すことの方が難しくなるんだ!! あいつらすげえよ!! よりによってこんな俺らみたいな奴にこういうの使わせるとはよぉ!! この国とはえれぇ違いだぜ!! …………悪い、興奮しすぎた……後は分かるだろ……俺はアイツを撃ってそれであいつは……死んだ」


 ……なんだ……何を言っているこいつは……気でも触れたか? そうだそうに決まってる。そうじゃなければあいつが、ジュウジュンが俺たちを裏切ったなんて嘘だ。嘘に決まってる。あいつはそんな奴じゃない。

 

 あいつはいつだって明るくて仲間思いで優しい奴だ。あいつが裏切るなんてありえない。アイドルなら昔で言う解釈違い。漫画やゲームなら批判殺到の行動だ。

 

 そう……うん、そうだ。そうに決まっている。あいつが裏切るわけがない。


「現実は小説より奇なり」


「……なに?」


「分かるぜ、お前が思っていることが。信じられねえんだろ? あいつが裏切ったってことが。どっかの惑星に放り投げられて絶体絶命の時も、果てしない砂漠を彷徨った時も、あいつは笑顔を向けて、俺たちなら大丈夫に決まってる、と臆せずに言ってたよな。そんな奴が、仲間を裏切って、あまつさえそれだけでも最悪な展開なのに、小物のように怯え切った顔をして大声で『ヒエェあああ!!』なんて叫んで逃げていったら、そんなの創作だったらボツになるよな!? なぁ!? でも違うんだよ!! 現実なんだよこれはよ!! 現実はキャラ設定とか背景とか関係ねえんだ!! 性格が熱くて友を見捨てないとかしても!! 自分の命が危険にさらされれば簡単に裏切る!! それが俺たち人間だろ!!」


「違う!! そんなの人間なわけない!! お前とあいつを一緒にするな!!」


「なら、お前は違うと言えるか?」


 冷や水をぶっかけられた幻覚を見た。

 口の中が渇きでヒビが割れそうだ。


「この世の人間は何を抱えているか分からない。一見、誰もが羨むルックスのお前もその内側にはずっと可愛がられなかった母親や暴力を振るうばかりの父親でコンプレックスまみれなんだろ!?」

「だまれ」


「本能で母性を求めていたから、女がお前を受け入れて欲しいからお前はヤりながら殺したり、殺した死体の乳房や乳頭を赤子のように吸っていたんだろ!? すげえよな!! その手の風俗店に行くとよぉ、何回か見たが身体が半分機械でほとんど性感帯が無いような女もお前が乳房を揉みしだかし、先を吸うと、唸り声を上げたり、死ぬ直前の瞳孔が開くように、あるいは一気に口の中に薬物を入れて身体の器に収まりきらないほどの快楽を感じたようにして大口開けてのけ反るんだからな!! 何人の女はそれだけで気を失ったからなぁ!! 俺やあいつもそん時だけは女になってお前の口にあやかりたいと思ったぜ!!」


「だまれ」


「ああ!! そういえば最後に言ってやるよ!! さっきは言いたくなかったが今なら言える!! あいつを撃ち殺した後、あいつの死体の側に行った!! そしたらあいつはシワだらけで涙を流して情けない顔で死んでたぜまだあるぜ!! 男たちが死体を確認したらあいつ尿漏らしてやがったしかも初め俺は死んだ後に漏れたものだと考えたんだそういう死体があるのは知ってたし何回か見たことあるからな。だけど聞いたらあいつ死ぬ前に漏らしていたんだとよ!! 思い出して見りゃあいつ撃つ直前までずっと、あぁァァァァアああとか叫んでいたからなぁそこに戦士の誇りなんて微塵もなかった俺もお前もあいつも男たちも女たちもみんな変わらねえみんなクズでみんな極悪人で最低だ!!」


「だまれぇエェえぇええええ!!!!!」


 無我無茶でぶっ放した。

 バァン!! バァン!!

 発砲音が鳴る内に別の何かが壊れるのも分かった。

 

 バァン!! バァン!! バァン!!

 どんどん目の前の景色、そしてこいつの死体、こいつの顔、あいつの顔が壊れていく。

 名前はすでに壊れていた。

 今まで出会った女の顔や身体も壊れていく。


 バァン!! バァン!! バァン!! バァン!!


 俺の顔が、肩が、首が、胸が、腹が、膝が、腕が、手が、足が……!!


 バァン!!!!!!







 はぁ……はぁ……はぁ……はぁ。


 呼吸音が聞こえるのは分かる……だけど……何も見えない……何も……もしかしたら、あいつもあいつに裏切られた時、こんな感じだったかもしれない……あいつってだれだ? それにあいつって……あぁ、だめだ……覚えていないと父さんに殴られてしまう失敗作と呼ばれてしまうついでに母さんも悲しませてしまう。


 やめてくれ……父さん……母さんをぶたないでくれ、頼むからぶたないでくれ……母さん……そんな悲しい顔をしないでくれ……そんな悲しい顔をこっちに向けないでくれ……そんな……そんなに怖い顔で僕を睨まないでくれ!!











 喉が引きちちぎれるほど絞ったような怨嗟の叫びがその建物の周りにサイレンのように響き渡った。その叫びがいよいよ大山を動かすほど大きくなった時、発砲音が木霊した。

 

 その音は一瞬で消えた。もう音は消えた。

 その後、再び音が鳴ることは無かった。


 残り香の様に硝煙と霧が混ざった空気が周りを隠す様に包み込んだ。それっきりその建物は誰も入ることは無かった。





 

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