何故勇者は国を滅ぼしたのか

知恵舞桜

第1話 全ては愛のため


「ルドベキアよ、最期に何か言い残すことはあるか」


宰相が罪人であるルドベキアに問いかける。


「……リコリス、俺は永遠に君だけを愛している」


今から首を斬り落とされるというのに穏やかな笑みを浮かべる。


その言葉を聞いた瞬間、処刑を観に来ていた人々は一斉にルドベキアに対して暴言を吐く。



「この恥知らず!裏切り者!」

「何で無礼な男なの!こんな男が国を護る団長だったなんて!最悪だわ!」

「王女様が可哀想だわ!あんな男に好かれるなんて!死んで詫びるべきよ!」



いつの間にか殺せ!コールがはじまる。


宰相が手を挙げ静粛に!と叫び少しして静かになる。


「ルドベキアよ、其方は優秀な騎士だった。私は其方がこの国の為その身を捧げてくれると信じていた。だが、其方は裏切った。私だけでなく、其方を慕っていた部下達、そしてこの国の民達を。自らの身勝手な想いで、この国の未来の女王である我が娘、リコリスを襲った。それは断じて許されない行為。その命をもって償ってもらう」


国王が冷たい口調で言い放つと、また民達は「そうだ!その男を殺せ!」と騒ぎはじめる。


国王が手を挙げると処刑人は斧を手に持ちルドベキアに近づく。


「やれ」


国王の声は処刑人の耳には届かなかったが、声と同時に斧を振り降ろしルドベキアの首を斬り落とした。





「もう、十年か」


「何かおっしゃいましたか、王女様」


侍女が手を止め王女に話しかける。


「ううん、何でもないわ。続きをお願い」


「はい。いよいよ明日、勇者様が帰還されますね。この国の者だと知ったときは驚きました」


髪の手入れを再開しながら話しを続ける。


「そうね。私もその話しを聞かされたときは驚いたわ。でも、一番は……」


「名前ですよね」


「ええ、まさか私と同じ名前だとは思わなかったわ」


王女は嫌な事を思い出し侍女を下がらせる。


明日は勇者の帰還を祝うパーティーがあるから早く寝て準備すると言って。


「……まさかね、そんなはずはない。だって、死んだはずだもの。それに、そもそも……」


勇者の名前を聞いてから不安が拭えない。


日に日にその不安は大きくなっていく。


そんなはずはない、と言い聞かせ布団を頭から被り眠りにつく。




「もうすぐ、勇者が帰ってくる。皆のもの急いで準備するのだ」


国王が使用人達に命令する。


国王は勇者がこの国の者だと知ったとき、誰よりも喜んだ。


当然だ。


勇者一行のお陰でこの世界は救われた。


魔王だけでなく全ての魔族と魔物を倒したのだから。


その中でも特に勇者が一番功績が高い。


そんな勇者が生まれた国を他国は無碍にはできない。


寧ろ重宝する。


国王は勇者のお陰で自分の地位が他国より上になることが嬉しくてしかたない。


自分の地位を上げてくれた勇者を娘の婿にして、さらに権力を手に入れようと模索している。


そのためにも、パーティーで勇者の心を掴もうと考えている。


細かい指示を使用人達に出して勇者が到着するのを今か今かと待っていると、勢いよく扉が開き「国王陛下!」と宰相が大声で名を呼びながら入ってくる。


「何だ!今準備で忙しい!後にしろ!」


「それどころではありません!!」


初めて聞く宰相の切羽詰まった声に全員手を止める。


「……」


国王はどうした、と問おうとしたが宰相の顔を見た瞬間何も言えなくなる。


「勇者が、勇者一行が他国と共に我が国を滅ぼそうとしています!」


「な、何だと!!それはどういうことだ!」


「それが、よくわからないのです」


「わからないだと!ふざけるな!それでも、其方は宰相か!!」


国王は宰相を殴る。


「も、申し訳ありません。ですが、本当に何が起きているのかわからないのです」


宰相も部下からの報告で知らされただけで何が起きているのかは把握できていない。


「何故こんなことに、何故勇者が……どうなっている」


何故勇者が国を滅ぼそうとしているのか理解きない。


家族も友達もいるはずなのに、その者達が死ぬかもしれないのに。


何故そんなことをする?何故自国の民を裏切れる?何故世界を救った勇者がこんな愚かなことをする?


国王がどれだけ考えてもわからなかった。


勇者を祝おうと魔王討伐の知らせを知り勇者の故郷がここだと知った一ヶ月前から準備をしていたのに、当日になってその想いを踏み躙られ勇者に殺意が湧く。


「国王陛下!」


誰も何も言えずにいると一人の騎士が入ってくる。


「どうした」


「勇者一行と他国軍が王都に侵入しました。ここ王宮に到着するのも時間の問題かと」





「遅いわね。一体何があったのかしら」


今日は勇者の功績を祝う日。


部屋の中からでも聞こえるくらい騒がしい。


勇者が帰還して町の人達が喜んでいるのだろう、と思っていたが何かがおかしいと気づきそっと窓に近づき外を見る。


「〜ッ」


悲鳴をあげないよう口元を手で押さえる。


信じられない光景が窓の外で起きていた。


一体何が起きているのか。


あれはアルビア国の旗。


何故アルビア国の騎士達が我が国の騎士達を殺しているのか。


そもそも、何故殺し合っているのか。


今日は勇者一行を祝うパーティーなのに……。


「王女様!いらっしゃいますか!」


勢いよく扉が開き侍女が入ってくる。


「メイ!」


「王女様!ご無事で何よりです!」


「それより、一体何が起きているの!どうして、アルビア国が攻めてきているの?」


「それは……」


侍女は何と言っていいのかわからず黙り込む。


「お願い、メイ言って」


「……勇者一行が他国を唆したそうです」


「勇者一行が?」


信じられず詳しく話してくれと言う。


「私にも詳しいことはわかりません。ただ我が国は呪われていて、放っておくと人類が滅亡するという予言があったため殺しているらしいのです」


「何よそれ……そんな予言のせいで我が国は攻められているの?なんて理不尽なの……」


それが力のある者がやることなのか、そう続けようとしてやめる。


王女はこの理不尽な光景を昔見たことがある。


いや、よく知っている。


「王女様、とりあえず逃げましょう。城内に侵入されるのも時間の問題です」


「そ、そうね、今は逃げましょう」


嫌な予感がしたが、そんなはずはないと否定し逃げることに集中する。


生きていれさえすればどうにかなるのだから。


二人は王族だけが知っている秘密の脱出ルートを走って城内から出ようとしていたが、扉を開けた先は何故か玉座の間に出た。


「王女様、これは一体どうなっているのですか?」


外に出る道を走っていたはずなのに、玉座の間に出て急に怖くなり王女にしがみつく。


「わからないわ。とりあえず、もう一回……」


ふと、視界の中に玉座に座る血溜まりの両親が入る。


「きゃあああああああああ」


メイが黙り込んだのでどうしたのかとその視線の先を追うと国王と王妃が死んでいた。


王女は呆然と二人の姿を見つめ、メイは狂ったように叫び続けていると、不意に後ろから声をかけられる。


「お会いできて光栄です。我が国の美しい星であられる王女殿下、リコリス様」


この場に似つかわしくない凛とした声が部屋に響く。


二人が声の主が誰か見ようと振り向くと美しい顔立ちの女性が立っていた。


「……貴方が勇者リコリスですね」


「ええ、そうです」


王女の問いかけにそうだと頷く。


「……嘘……勇者が女?男じゃなくて?」


「女が勇者だとおかしいですか?」


「いえ、そんなことは……」


勇者に見つめられ目を逸らす。


「やはり、貴方は驚かないですね。私が勇者だと察していたんですね。王女様」


「……」


「……王女様、勇者様のことを知っておられるのですか?」


何も答えようとしない王女に答えてくれと問い詰める。


だが、王女はメイの問いに答えようとせず黙ったまま。


「勇者様!何故こんなことをするのですか!答えてください!私達は同じ国の人間ではありませんか!こんな理不尽なことなど許されません!!どうか、今すぐ辞めてください!」


王女が何も話さないので勇者に止めるよう頼む。


死にたくない!まだ生きていたい!


そんな思いで頭を床に押し付ける。


「嫌よ」


メイの必死な叫びをたった一言で終わらせる。


「貴方は勇者なのですよ。どうしてこんなことをなさるのですか。魔王を倒し世界を救った人が何故こんな酷いことができるのですか?貴方は勇者と呼ばれる資格なんてありません。この人殺し!」


とうとうメイは泣き崩れてしまう。

 

「そうね、確かに私は勇者と呼ばれる資格なんてないわ。そもそも勇者になんてなりたくなかったし。それもこれも全部そこにいる王女様のせいなんだけどね。ねぇ、王女様いつまで黙っているつもり?慈悲深く、誰にでも救いの手を差し伸べる女神のようだと言われている王女様。今、この国がどうしてこうなったのかわかってるでしょ」


笑っているのに笑っていない、そんな笑みを浮かべ王女に近づく。


「え?それはどういう意味ですか?」


「私ではなく王女様に聞いて」


「王女様、嘘ですよね。こんなことになったのが王女様のせいだって……ねぇ、何とか言ってください!」


王女のドレスに掴みどういうことか話せと問い詰める。


「……本当なんですか?王女様のせいでこんなことになったのですか?国王陛下や王妃陛下、町の人達が殺されたのは全て王女様のせいなのですか?答えてください!」


沈黙を肯定と捉える。


それでもなお、王女は何も話そうとしない。


「どうして何も話してくださらないのですか?」


「それはね、慈悲深い王女様の最大の汚点だからよ」


勇者が口を開く。


知りたいなら教えてあげる、但し後悔しないならね。


悪魔みたいな囁きに怖気付くも知りたい欲が勝ち教えてくれと頼む。


すると、勇者はまるで演説者のような話し方で王女の罪が何か話し始める。




今から十年前。


一人の青年がいた。


その青年は史上最年少で王族騎士団団長の一人になった。


最初の頃は色々言われていたが、魔族を倒し国を護り続ける日々を三年続けた頃には青年に向けられる言葉は変わっていた。


青年は国中の人達から慕われ期待されていた。


だが、そんな日々は長くは続かなかった。


二年後、ある一人の女性の嘘により青年は処刑されることになった。


その女性がついた嘘というのが、無理矢理キスをされ襲われそうになった、というもの。


すぐに青年は捉えられ牢に閉じ込められた。


青年は事実無根だと潔白を訴えたが、嘘をついた女性は青年よりも身分が遥かに高いものだったため誰も青年の言葉に耳を貸すものはいなかった。


事実確認などされず、青年は処刑された。


青年はこの国の為にその身を捧げたのに、自分より身分の高い者がついた幼稚な嘘により命を落とした。




「……それって、ルドベキア団長のこと?」


メイは勇者が話している途中でそうではないかと疑った。


でも、もし勇者の話が本当ならルドベキアは無実。


嘘をついていたのは王女ということになる。


「いや、そんなことあり得ない」


「どうしてあり得ないの?」


メイの呟きにそう問い返す。


「だって、そんな嘘をつく必要がないじゃないですか。王女様に何の得もないじゃないですか」


「それがあるのよ。一つだけ」


「そんなのありません!絶対に!どうしてそんな嘘をつくのですか?」


「嘘?私は嘘なんてついてないわ。本当にあるのよ。女として馬鹿にされたのだから。特に生まれて一度も拒否されなかった高貴なお方にはね」


勇者の言葉に王女はビクッと体を震わす。


メイは勇者の方を見ていたのでその瞬間は見えていなかった。


「(どういうこと?拒否された?高貴だから許せなかったってこと?…………それって、もしかしてルドベキア団長に求婚したけど拒否されったてこと?いや、そんなこと有り得ない)」


頭の中に思い浮かんだことを急いで黒く塗り潰す。


「勇者様、その言い方ではまるで王女様がルドベキア団長に求婚して振られたと言っているように聞こえます」


「ええ、そうよ」


「いい加減にしてください!勇者様こそ嘘つきではありませんか!王女様には婚約者がいるのですよ!ルドベキア団長と出会う前から、それなのに求婚するなんてあり得ません!それに誰だって知っています。ルドベキア団長が死ぬ前に言った言葉を!あれは愛の告白です。王女様に向けた。もし、勇者様の言葉が本当ならあの最期の言葉はいったい何なんですか?」


「どうして?あの言葉が王女様に向けられたと思うの?彼はあの日一度も王女様をみていないのに」


「でも、ルドベキア団長は王女様の名前を呼びました。リコリスと……」


言っている途中で思い出した。


王女と勇者の名前が一緒だと言うことに。


もし、勇者の話が全部本当なら……。


あの日ルドベキアが最期に言った言葉は勇者の方のリコリスに向けられたもの。


「もう、わかったよね。私がどうしてこの国を滅ぼしたいのか。悪く思わないでね。これは私がされたことをそのまま貴方達にしていることだから」


ゆっくり剣を抜きメイに近づく。


「待ってください、お願いします。助けてください。私は知らなかったのです。何も。お願いします。これは全て王女が悪いはずです。私には何の罪もないじゃないですか」


真実を知り必死に命乞いをする。


「でも、貴方は彼を助けなかったわ。王女の話だけを信じて彼を殺すべきだと決めつけていたわ。そうでしょう。だからね、死んで償って」


そう言い終わると誰もが美しいと思う笑みを浮かべメイの首を斬り落とす。


「ようやく邪魔者が消えたわ」


剣についた血をはらい鞘におさめると王女の方を向く。


「これで誰もいないわ。いい加減その仮面外せば?」


「〜っ、黙れ!クソ女!こんなことになったのは全部あんたのせいよ!」


誰からも愛される慈悲深い王女の顔から、醜い女の顔に変わる。


「侍女が死んだというのに、第一声がそれ?」


「うるさい!」


王女が般若のような顔で勇者を睨みつける。


「何であんたが生きてるの!死んだはずでしょ!それなのに、どうして勇者なんかになってるのよ!」


ルドベキアの無実を知る唯一の人物で好きな相手。


殺そうと刺客をおくったが自殺したと報告を受けていたのにどうして生きているのか。


「貴方を殺すため。それ以外に理由何であるはずないでしょう。でも、殺す前に一つ聞きたいことがあるの」


ずっと笑みを浮かべていたのをやめ、真顔で王女を見る。


「どうして彼を殺したの?」


勇者には理解できなかった。


愛する人を殺すことを選んだ王女の気持ちが。


どうしてそんな選択ができたのか。


勇者は愛する者のためなら国を滅ぼす方を選ぶ。


真逆を選んだ王女に自分と何が違うのか純粋に興味が湧いた。


「……よくそんなこと言えるわね。さすが勇者様、選ばれた人間は言うことが違うわね」


勇者の言葉に刺激され殺意が芽生える。


「あんたみたいに選ばれた人間にはわからないわ!選ばれなかった者の気持ちが!どれだけ惨めか、あんたにはわからないわ!私はあの人を愛していたのよ!初めて会った日からずっとね。結ばれると信じていたのに、あんたのせいで私達は駄目になったのよ!」


「それが理由?」


王女のどの言葉に刺激されたのか勇者自身にもわからなかったが、殺意が膨れ上がる。


今すぐ殺してやる、と思い剣を抜き王女に近づく。


「ええ、そうよ。手に入らないのなら、奪えないのなら、誰の物にもならないようにするしかないでしょ」


王女はうっとりした顔で勇者に向けて言い放つ。


「……そう、そんなくだらないことで彼は殺されたのね……楽に死ねると思わないでね」


勇者はそう言うと王女を蹴り飛ばし倒れたところでお腹に剣を刺す。


勢いよく刺したので剣が床も貫通する。


「貴方の力では剣は抜けないわ。死ぬまで時間がかかる。経った数分だけど苦しみなさい」


王女が何か叫んでいたが、無視して玉座の間から出ていく。




「終わったのか?」


仲間の魔法使いが城内から出てきた勇者に話しかける。


「ええ、終わったわ」


「スッキリしたか?」


「どうだろう?よくわからないわ。でも、これで誰も彼の事を蔑まないわ。そう思うと幸せね」


「そうか。……それで、これからどうするんだ?」


勇者が出てくる少し前にこの国の者は全員死に復讐は達成されていた。


帰る場所を無くし、生きる意味も無くなった者がどういう選択をするのか純粋に興味があった。


「彼に会いにいくわ」


「……死ぬのか?」


魔法使いの顔が歪む。


「……誰が?」


「お前が」


勇者は目を数回パチパチさせた後、声を出して笑う。


「そんなわけないでしょ。そんなことしたら、彼は私を一生許さないわ」


死なないと勇者の口から出て安堵するも紛らわしい言い方をするなと肩を叩く。


「なら、会いにいくとはどういう意味だ」


「十年前、お墓を建てたの。何も入ってないけどね。彼の死体は塵となって風に飛ばされたから当然だけど」


「……そうか。なら、ここでお別れか」


「そうだね」


「リコリスお前と旅ができて楽しかった。またな、我らの勇者よ」


「私も楽しかったよ。我が儘を聞いてくれてありがとう、アスター」





「ルー、来るのが遅くなってごめんね。ようやく全てが終わったよ」


酒と花を供えてから、十年間のことを話し始める。


仲間と出会ったときのこと、世界中を旅し魔王を倒したこと、国を滅ぼし復讐を遂げたことを何日もかけて全て話した。


「ねぇ、ルー。そっちにいくのはもう少し先になるけど、許して欲しい。まだやり残したことがあるの。死なないと約束したの……それに私は勇者だからまだ死ねないし。だからさ、その代わり誓うよ。私は今も昔もこれからも変わらず、永遠に貴方だけを愛すると。だから、もう少しだけ待ってて」

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