幸せの魔法

柳 黎

1話 私に助けを求めた人

「ただいま。うぅ寒かったー。」

ここバイカル帝国は北国であるため今の時期、そして今のような夕焼けの広がる頃には気温がぐんと下がる。暖炉に火をつけ、温かいココアを用意し、椅子に座る。ようやく人心地ついたと思ったところへコンコンとドアをたたく音が耳に入ってきた。

「お客さんかな」

まだ髪を括っておいて良かった。銀髪を人に見せるわけにはいかない。魔女である証だから。

椅子から立ち上がり、布を羽織ってドアの前へ。ゆっくりとドアを引く。

「助けてくれ」

目の前には出血の酷い騎士とそれを支えるように肩を組む騎士2人の姿があった。2人とも敵国、ビエト王国の腕章をつけた軍服を着ていた。だが、そんなことは関係ない。とにかく助けなければ。

「どうぞ、中へ」

出血の酷い方をベッドに寝かせ、血を拭き取り、薬を塗る。幸い命に関わるような怪我ではなかったようでほっとした。そこでふともう1人の男の存在を思い出す。

「すみません。なんのお構いもせず。こちらにお座り下さい。怪我はしていないですか?」

「はい、私は大丈夫です。部下を助けていただきありがとうございます。」

と男は私へのお礼を述べ、椅子に座る。もう1人分のココアを用意し、男と対面で座る。

「出血は酷かったですが、命に関わるようなものでもなかったので良かったです。」

と返すと、男はさっきまでの穏やかな表情から目を見開き驚いたような顔をしていた。何かまずいことをしてしまったのだろうか、と思い返すも心当たりがまるで無い。

「あのー、何か?」

恐る恐る聞いてみると

「あぁ、すみません。頼んでおいてなんですが、敵国の騎士である私たちをなぜ助けたのですか?」

ああ、そのことか。

「私が助けたいと思ったからです。失ってからでは遅いので。」

ふと頭によぎる昔の記憶、大切な人を誰一人救えなかった無力さ。

「そうですね。」

男はこちらを見て微笑む。サファイアのように美しい瞳と目が合う。よく見ると、綺麗な顔立ちをしている。

「名前をお聞きしてもよろしいですか?」

場所はもう知られてしまったし、魔女であることがバレなければいいか。

「ニアです。そちらは?」

教えたのだからこちらも教えてもらおうと問い返す。

「まだ名乗っていませんでしたね。カルツォと言います。見ての通りビエトの騎士ですが部下の怪我が酷く戦場から逃れてきたのです。」

部下のためにここまで。今はバイカル帝国の首都リヤードが戦場となっているはず。ここからだとかなり距離がある。ましてや、部下を背負い徒歩で来たとは。

「珍しいお方ですね。」

あっ、しまったと口元に手を当てる。思わず口に出してしまった。相手は目を見開き、少し驚いているようだ。

「すみません。偏見ですが、大半の騎士様なら重症の部下よりも自分の戦果の方を優先すると思っていたので。」

と慌てて付け加える。カルツォはハハッと笑い、

「よく言われます。褒め言葉として受け取っておきますね。」

と軽く流してくれた。やはり、珍しい。捉え方によっては侮辱とも言える発言だが、余程人が良いのだろう。自己紹介が済み、人心地ついたところで奥の部屋のドアがギィーと音を立てて、ゆっくりと開く。ニアとカルツォの視線がそちらへ向かう。腕が入るくらいの隙間から猫が2匹出てきた。あっ、と大切なことを思い出した。

「あの、うち見ての通り猫がいるんです。大丈夫ですか?」

ビエト王国では古い神話の影響から多くの国民が魔女やその使い魔である猫の存在を邪悪としている。さらに貴族や騎士などは信仰心が強いため、神殿の命で魔女狩りや猫の大量虐殺をも行うくらいだ。目の前にいるのはあくまで客だが敵対視されたら為す術がない。

「大丈夫ですよ。」

その言葉を聞いて、安心した。

「むしろ、猫は好きな方です。」

えっ、と驚愕の声をもらす。まさかビエト人で猫好きがいるとは。

「驚いても仕方ないですよね。うちの家系が少々特殊でして、両親が魔女に恩があり、1度だけ猫を預かったことがありまして、あまりの可愛さに惚れ込んでしまって」

と苦笑いを浮かべた。

「国からの監視の目があり、飼うことはできなくなってしまったのですが。」

俯き、しょんぼりとする顔は幼く見えた。

「でしたら、存分に撫でていってください。とても大人しい子達ですから。ちなみに黒い子がダス

ティーで灰色のサバトラの子がベルギアです。」

余程嬉しかったのか、ぱぁと表情が明るくなった。その変わりように思わず笑みをこぼす。

「いいんですか!」

椅子から立ち、近くにいたベルギアの横にしゃがみこむ。骨ばった手は優しくベルギアの背を撫でる。時々名前を呼んだり、いい子だねーと話しかける。その様子から本当に優しい人なんだと心から安心した。

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