可愛いリリが雪山別荘で頑張る理由
南村知深
第0話
ほとんど無意識だった。
リリが表情を少し
「ミコ、大丈夫だよ。落ち着いて」
「う……うん……」
私より背の低いリリがこちらをじっと見上げながら小さく笑みを浮かべた。そして
「目を閉じて。ゆっくり息を吐いて」
お風呂あがりの匂いのするリリは静かに語りかけるようにそう繰り返し、私の手から力が抜けるまでずっと背中をさすってくれた。
おかげで気分が少し落ち着いて、呼吸することを忘れていた肺がゆっくり動き出した。
「ありがと、リリ。もう大丈夫。……ごめんね、痛かったよね。ごめん」
「平気。しかたないよ。こんな状況を見て、ミコのような反応にならないほうがどうかしているんだ」
きゅっと表情を引き締め、リリはくるりと振り向いた。
その視線の先には、豊富な湯量の温泉が湧き立たせる湯気に満ちた大浴場がある。室内ながら露天風呂のような石造りで、
その大きな浴槽の手前、洗い場の真ん中にある大理石っぽい柱の根元に、浴衣姿の女性が手足を投げ出して背を柱に預けるような格好で座っていた。濡れた長い黒髪を頬や肩口に貼り付け、力なく
それと――白い顔の半分ほどを染める『赤』。
それが血であることは、強烈で不吉な
「……もう死んでる」
浴衣の女性を近くで観察しながら
「冗談だろ……? そうだよな……?」
信じられないとばかりに
「警察を呼んでください! 早く!」
時間が止まったかのような状況を叩き起こす大きな
警察。そうだ、警察だ。
私がそう思ったとき、後ろにいた別荘の管理人さんが「わかりました……!」と慌てて脱衣場を飛び出して行った。それに続いて、メイド服姿の給仕係も駆け出した。
私たちはどうすれば……とリリを見る。
「僕らもここから出よう。あんなのをじっと見るものじゃない」
「う、うん……」
うなずくと、リリはつないでいた私の手を引いて出口に向いた。
「梁川さんも。ほら」
「…………」
私と同じく
夕食をとっていたダイニングのテーブルに戻り、私、リリ、梁川さんと並んで座る。給仕のメイドさんが温かいお茶を入れてくれたのを飲むと、少しだけ落ち着いた。
テーブルの向かいには頭を抱えてうつむく茶髪の男性、無言で手元をじっと見つめる黒髪の男性、両手でお茶のカップを包むようにして震える派手なメイクの金髪女性、
「……大変なことになったわね……」
ぽつりと梁川さんが呟く。
まして、この別荘のオーナーは彼女の祖父だ。家族が所有する別荘でこんなことが起きたのだから、内心の動揺は私たち以上だろう。
「大丈夫だよ、梁川さん。警察が来れば心配ないよ」
「そうね……
リリの言葉に強張った表情を少しだけ緩め、梁川さんは長く息をついた。
普段から女王様然とした態度で多くの取り巻きを引き連れている彼女も、やはり中身は私と同じ中学二年の女子なのだ。何かにつけて敵視しているリリの励ますような一言を素直に受け取ってしまったことでそう思わされる。
むしろ、こんな状況で平静を保っているリリが異常に見えてしまう。いや、むやみに取り乱したりせず、冷静でいてくれたほうが頼りになるからいいんだけども。
「…………」
静まり返ったダイニングに、ガタン、と窓が鳴る音が響いた。
反射的にそちらに目をやると、真っ暗な夜を背負ったガラスに映る自分と目が合った。なんとなく椅子から立ち上がり、
窓の外はかなりの
……嫌な予感がする。
暗い外を見ていると不安がどんどん大きくなりそうな気がして、いそいそと席に戻ってリリの手を取る。その手をそっと握り返して、リリは小さく微笑んだ。
小さい手なのにすごく温かい。それだけで不安も怖さも薄れていくようだった。
「ねぇ、リリ」
「ん?」
声を
それを出すためと、今すぐにでもキスしたい
吸い込んだ空気には目一杯のリリの香りが含まれていて、まずいことに衝動が増加した。
これはいけないと息を止めて我慢するも、苦しくなって思わず空気を吸い込む。
もちろんそれにもリリの香り。
衝動、倍プッシュ。
「何してるのよ……?
梁川さんの呆れたようなツッコミで我に返る。
そうだ、コントをやっている場合ではなかった。
なんでもないよ、と返し、リリの耳元で疑問を
「リリ、ひょっとしてなんだけど……お風呂のあれ、事故じゃないよね……?」
「僕はなんとも言えない。言わないほうがいい」
いやにきっぱりとした返答をして、リリは首を振った。
「どうして?」
「
「お嬢様……!」
リリの言葉を
「どうしたの、警察へ連絡は?」
「それが……」
ふうふうと何度か肩を上下させて息を整えると、管理人さんは言った。
「この吹雪のせいで、この別荘に続く一本道の途中にあるトンネルのところで
「ええっ⁉ それじゃあ……」
「はい。この吹雪がやんで道路を
「そんな……」
絶望的な報告で、梁川さんはその場に膝からくず折れてうずくまった。
その様子を見ていた全員が沈黙し、しんと部屋が静まり返る。
これは……本当にとんでもないことになってしまった。
そう思いながらリリを見る――と。
「お約束を口に出すと、こんなふうに『
そう呟いて、心底面倒だと言いたげな顔をしていた。
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