第84話 ホールの騒動
それからしばらく辺りを見て回った後、アンが言った。
「はしゃぎすぎてのどが渇いた」
「俺もだ。向こうに行こう。飲み物を売っているから。」
市場の一角にはジュースもお酒も、食べ物も売っているところがある。そこはまるでお祭りに縁日を思わせる。新鮮な果物から搾ったジュースの入ったコップを持ち、クレープのようなお菓子を買って公園の方に進んだ。
その中心には噴水があり、その周囲にベンチが並んでいた。そこには家族連れもいれば、肩を寄せ合うカップルもいた。
「座ろうか」
「ええ」
アンは楽しそうだった。彼女は普段、口にしないようなものに「おいしいわ!」と声を上げていた。こうしてみると普通の若い女性と変わらない。
だが俺にはアンの正体がわかっていた。俺はパーティーのメンバーとテレパシーで連絡が取れるのだ。彼女が町の様々なものに夢中になっている間に勇者ノブヒコに連絡した。するとホールでは
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俺がいなくなった後、謁見場からアンヌ王女が退席した。彼女は顔をベールのようなもので隠していたから、御簾を上げて出てくるときも顔がはっきりわからなかった。
アンヌ王女は執事と侍女に伴われてホールの豪華な客室に入り、勇者ノブヒコたちはその横にある控室に入った。すると客室の方から大きな物音がした。
「大変だ! 王女様が危ない!」
勇者ノブヒコが真っ先に駆けつけると黒装束の男がいた。執事が何とかその男からアンヌ王女を守ったようだ。
「何者だ!」
勇者ノブヒコは剣を抜こうとすると、黒装束の男はいきなり短剣で襲い掛かってきた。勇者ノブヒコがそれをかわすと男はそのまま廊下を逃げていった。
「逃がさないわよ! サンダー!」
後から駆けつけてきたミキが魔法の雷を放った。それはその男を直撃して感電させた。
「正体を見てやるわ!」
アリシアが近づくと男は自らの短剣を首に突き刺して死んでいた。
「刺客か。雇い主がばれないように自殺したな」
勇者ノブヒコは死んだ男を見て言った。多分、身元は分からないだろう。だがこんなことをしてくるのは多分・・・彼がそう思っていると、客室から執事が飛んできた。
「大変だ! 王女様がいなくなった!」
「なんだって!」
勇者ノブヒコたちはまた客室に駆けつけた。だがそこにはドレスを着た王女様がいた。だが彼女はベールを顔から外して下を向いて震えていた。
後から追いついてきた執事が彼女を指さした。
「このものはアンヌ王女様ではない。侍女のマリだ!」
「どうしてこんなことに?」
マリは半泣きになっていた。
「王女様がどうしても外を見てみたいと言われて・・・。すぐ帰ってくるからって・・・断り切れずに・・・・」
とぎれとぎれだがマリは話した。勇者ノブヒコは優しく彼女に問いかけた。
「あなたを責めてはいない。大丈夫だよ。それよりもっと詳しく話を聞かせてくれ」
「はい。王女様はずっとコーリ城におられて外に出ることが禁じられていたそうで・・・。それにここは王女様の思い出の地。国王陛下との対面が終わればすぐに行かねばならないからと・・・」
マリの話を聞きながら執事はため息をついていた。
「この侍女は王都から派遣されてきた者。王女様の話を聞いて同情したのだろう。それにしても王女様は一体・・・。今日の夕方までに帰ってきていただけなければ国王陛下との対面はできなくなる」
「それは大変だ。何とか探さねば・・・」
アンヌ王女は狙われている。多分、王宮にいる継母の王妃様から・・・。このままでは危険だ・・・勇者ノブヒコたちが外に探しに行こうとするとき、俺からの連絡を受け取ったのだ。
「そうか。それならそのままで頼む。ただし夕方には帰ってきてくれ」
勇者ノブヒコは俺にそう伝えてきた。
(このままホールにいれば襲われる危険がある。外の方がまだ安心だ。幸い敵は王女がこのホールにいると思っている。マリには気の毒だがこのまま代わりをつとめてもらおう)
勇者ノブヒコの考えはそうだった。だからミキやアリシア、執事や侍女にもそうするように指示したようだ。
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俺はテレパシーで勇者ノブヒコに「今のところ問題なし」と連絡しておいた。その様子がぼうっとしているようにアンには見えたらしい。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。ここに来たのはどれくらいぶりかと思って・・・」
「ちょっと噴水の方に行ってみましょう」
アンは立ち上がって広場の中央にある大きな噴水のそばに行った。そこにたたえられた水に入って遊んでいる子供もいる。
「涼しそうね」
アンも靴を脱いでそこに入った。
「冷たくて気持ちいいわ」
「そうかい」
俺もそばに寄ってみた。するとアンは手ですくった水を俺にかけてきた。
「うわっ! 冷たい!」
「さっきの仕返しよ。私をおどかしたから!」
アンは楽しそうにまた水をすくってかけてきた。俺も笑顔でそれから逃げていた。周りから見ると俺たちは仲のいいカップルに見えただろう。俺とアンは束の間の「恋人ごっこ」を楽しんでいた。
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