第23話 楼閣迷宮
「さてさて……そろそろ儂の出番かのう……」
小さな身体に異様に伸びた頭頂部、そこから伸びる長い耳たぶ……
面妖極まりない老人が不気味な笑い声と共に立ち上がる。
「
その声で振り向いた腐果老の、薄く開いた瞼の隙間から、意地の悪い黒目が光る。
「ふぇふぇふぇ……
肩から先が無い純白の道着に身を包んだ青年に、老人は人を喰ったような笑い声を上げながら言う。
飛虎もまた、腐果老の反応には何の興味もないといった様子で淡々と数歩後をついて行った。
「飛虎殿のお眼鏡に叶う好敵手が見つかりましたかな……?」
暗い廊下を歩きながら腐果老が問う。
「わからない……だが……あの侍とはぜひ手合わせ願いたいものだ……」
「……お気に召すとよいですな……」
背中越しにそう言った不過老の顔は深い皺を幾重にも刻み、世にも邪悪に歪んでいた。
⚔
一方そのころ金ちゃん一行は早くも四階で立ち往生していた。
四階には上階に登るエスカレーターが存在せず、かわりに吹き抜けをぐるりと囲む壁に幾つもの通路がポッカリと口を開けて待っている。
おまけに上階は霞のような闇に覆われており、
どう考えても罠に見えるその通路はどれも不吉な気配を放っており、四人は通路の前に立っては頭を抱えるのだった。
「ああもう!! 時間がないってのに!! こうなったら一か八か上に飛び移ってみるわ!!」
「無茶だよ……!! 上の階が見えないんだよ!? それにあの闇に飛び込むのは危険って……さっき自分で言ってたじゃん!!」
再び重たい沈黙が一行を覆った。
やがて黒澤が沈黙を破り低い声で言う。
「覚悟を決める時が来たようです……決めることは二つ。進む通路と二手に分かれるかどうか……
金ちゃんはしばらく唸っていたかと思うと、突然どかりと地面に座り込んで禅を組む。
途端に金ちゃんから静寂が溢れ出した。
それは周囲を取り囲むさくら達にも伝わり、森の中に佇むような錯覚を生むほどだった。
木立ちを一陣の風が通り過ぎ、森林の幻は消え、あたりは元の無機質なビルに巻き戻る。
金ちゃんはすっと立ち上がって右前にある通路を指差した。
「この道を行く。全員一緒よ……」
コクリと頷き、四人は通路に足を踏み入れた。
通路の中は等間隔に灯った蛍光灯が緑掛かった仄暗い光りを放っている。
鉄板を張り合わせたような無機質な壁と天井は酷く威圧的で息苦しい。
今にも壁が迫ってきて押しつぶされるのではないかと、不吉な妄想がさくらを襲った。
たまらずさくらは小走りで金ちゃんに駆け寄り、着物の裾をそっと掴む。
いつもなら意地悪の一つでも言いそうなものだったが、金ちゃんはその手を掴み、ぐっと前に引き寄せ言った。
「心配ないわ。あたしがついてる」
「うん……」
その時さくらの目に壁に刻まれた三本の傷痕が飛び込んできた。
「これ……爪痕……?」
思わず呟いた言葉に三人がピクリと反応する。
爪痕から推測するに、どうやらかなりの大型獣が迷宮をうろついているらしい。
金ちゃんは傷痕に触れながら低い声で呟いた。
「どうやらこの迷路の
「何が来ても、ワシが姉さん達の盾になりますさかい!!」
鰐淵が胸を叩いてそう言うと、通路の奥の曲がり角で何かが動く気配がした。
しん……と静まりかえった通路に、ぴき……パキ……と緊張が走る。
金ちゃんは鞘に左手を添えると曲がり角に躍り出た。
しかしそこに敵の影はなく、ただただ長い一本道が続いている。
馬鹿な!? 確かに気配はあった……
「金ちゃん……!!」
「姉さん!! 何処ですか!?」
「消えてしもた……そんなアホな……!?」
その時おかしな方角からさくら達の叫び声がした。
声は来た道とは反対の壁の中から聞こえてくる。
「さくら!! 黒ちゃん!! ハゲちゃん!?」
そう叫んで引き返すと、そこは行き止まりになっていた。
焦りがじわじわと金ちゃんの心臓を締め付ける。
落ち着くのよ武志……さくらはハッカーとして価値がある……おそらく殺されることはない……
黒ちゃんとハゲちゃんも簡単に殺られるタマじゃない。
三人一緒にいるなら、ひとまず問題はないわ……
傷があったはずの壁に目をやったが、爪痕はどこにも見当たらない。
壁ごと移動した……?
あるいは……
侍はそこで考えを中断した。
突如現れた、背中を刺す痺れるような殺気……
金ちゃんはゆっくりと振り返り、通路の奥に殺気を返す。
大気の中で衝突し合った殺気が、ぴし……パシ……と乾いた音を立てた。
さくら達の安全を守るには……
どうやらこの先に待つ漢を討つのが何より肝要のようね……
侍は通路の奥へと歩みを進めた。
さくら……!!
みんな……!!
死ぬんじゃないわよ……!!
今、強者同士の死合が始まる。
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