第22話 赤い縄

 2-9


 見渡す限り黒の大理石で造られた青龍チンロン商会のビル内部に、オカマ侍一行の足音がコツン……コツン……と響き渡る。


 明りが灯っているはずが、黒い床と壁のせいか、ビル内はひどく薄暗く感じられた。


 油断なく周囲を警戒しながら、四人は歩を進める。


 ゆったりとした通路を抜けると、四人はビルの中央に設けられた大広間にたどり着いた。


 そこは吹き抜けになっており、見上げると同じ構造のフロアが延々と繰り返されている。


 さくらは目を細めてみたが最上階は暗闇に閉ざされて目視することが出来なかった。


「凄い高さ……何階まであるんだろう……?」


「変ね……外から見た時はそんな高さには見えなかったけど……」


 さくらのつぶやきに金ちゃんは首を傾げて言った。


「せやけど、ボスも人質もおるんは最上階と相場が決まってますわ……!! エレベーターでビュビュっと上まで登ったら終いでっしゃろ?」


 ガハハと笑う鰐淵に黒澤が横槍を入れる。

 

「鰐……お前は馬鹿か……!? エレベーターで襲撃されたら手も足も出せねえだろうが!? ちょっとは頭を使ってからモノを言え」

 

「へい……スンマセン兄貴……!! 流石兄貴は天才です!!」

 

 鰐淵は叱責を気にする様子もなく黒澤を称賛した。

 

 そんな弟分の姿に黒澤は目頭を覆って唸り声を出す。

 

 

「すみませんあねさん……うちの馬鹿がお恥ずかしいところを……」


 そう言って頭を下げる黒澤に、鼻毛を指で摘みながら金ちゃんが言う。


「どうでもいいんだけどさ……気付いてる? 痛っあぁああ!! 抜けたぁああ!!」

 

 黒黒とした針金のような鼻毛をうっとりと眺める金ちゃんに黒澤が問いかける。

 

「何に気付くんですか?」

 

 金ちゃんは鼻毛を吹き飛ばすと真顔に戻って頭上の闇に目をやった。

 

 

「殺・気・よ!」



 すると見上げた闇の中にオレンジ色の炎が上がり、爆音と共に弾幕の雨が降り注いだ。



 金ちゃんは素早くさくらを抱えると、建物を支える太い円柱の影に飛び込み、黒澤と鰐淵も反対側の柱の影に身を寄せる。

 

 

 バリバリバリバリバリバリバリバリ……!!


 弾痕が駆け回り、大理石の床が破片を飛び散らせる。


 

 弾道は二種類……


 おそらく機関銃は二丁……

 


 金ちゃんは多くはない情報から、敵の姿を想像する。


 

 射角が移動してる……

 

 敵は一人……

 

 機関銃を振り回すような巨漢か……



 

 闇に目を凝らして侍は結論付けた。


 

 銃器内蔵型の機械化サイバネ……!!



「黒ちゃん!! ハゲちゃん!! 三階に銃器内蔵型の機械化野郎がいるわよ……!! あたしが殺るから引き付けてちょうだい……!!」



「それには及びません!! あっしと鰐の二人にお任せを!!」

 

 柱の影から顔を出し黒澤が叫んだ。

 

「勝機はあるんでしょうね!?」

 

 金ちゃんは目を細めて言う。

 

「へい……!! あっしらも以前のままじゃありませんぜ……!! そこでお嬢と見物しててください!! 行くぞ!! 鰐!!」

 

「がってん……!!」

 

 そう言って二人は停止したエスカレーターに駆け出した。

 

 絵に書いたような格好の的……

 

 そんな二人の挙動に金ちゃんは目玉が飛び出すくらい目を見開き頭を抱える。

 

「お馬鹿!! なんで固まって動くのよ!?」

 

 案の定、機関中の集中砲火が二人を襲う。

 

 巻き上がった粉塵に巻かれ、二人の姿は見えなくなった。

 


「黒澤……!! 鰐淵……!!」

 

 金ちゃんの叫び声がだだっ広いホールに木霊する。

 

 同時に頭上から笑い声が響いてきた。

 

「ははは……!! 馬鹿共め!! 自分から死にに出てくるとはな……!!」

 

 男は身を乗り出してホールを覗き込む。


 暗視スコープに改造された赤い両目をギロリと金ちゃんが睨みつけた。

 

 黒い戦闘服タクティカルスーツ機関銃ガトリングのような両腕を備えた男は声高に叫んだ。

 

「俺はグリード!! 暗殺過剰がモットーだ!! 仲良くしようぜ!? オカマ野郎!!」

 


 

 

 暗闇にコテコテの大阪弁が響き渡り、グリードは思わず振り返る。

 

 その瞬間に、男の頬を鋼鉄の右腕が殴り飛ばした。

 

「ぶへらっ!?」

 

「大体ワレ……!! なにワシのトレードマークのスキンヘッドと被っとんねん!?」

 

「馬鹿な……!? 確実に殺ったはずだ!! どうやって!?」

 

 グリードは殴り飛ばされながらも両手を鰐淵に向けてガトリングを起動しようとした。

 

 瞬間、鰐淵の背後から納刀した刀の柄を逆手に握った黒澤が無動作ノーモーションで飛びかかってくる。

 

 その踵からは白い蒸気が吹き出していた。

 

「俺の刀は今や鉄をも切断する……きえぇぇええええい……!!」

 

 気合の奇声を上げながら、黒澤が刀を抜刀した。

 

 キィぃぃぃぃぃん……と甲高い音波が響き、グリードの両腕が両断される。

 

「ヒィィィいい……!? 特殊合金のガトリングが……!?」

 

 黒澤は男の首筋に切っ先を突きつけた。

 

 眼鏡の奥では冷酷なやくざ者の目が鈍い光りを放つ。

 

「おい……タマが惜しけりゃ、仲間の数と婆さんの居場所……洗いざらい吐けや……?」

 

「ふざけるな……!! 俺はプロだ!! 雇い主の情報は死んでも吐かん!!」

 


「へ〜? それは殊勝な心がけじゃな〜い?」

 

 いつの間にかさくらとともに登ってきた金ちゃんが不気味な笑みを浮かべて言う。


「ぎゃああああああああ……!! バケモノ!?」 


 その顔を見た男は悲鳴をあげる。

 

「よく見たら……い・い・お・と・こ」

 

 そう言って金ちゃんは胸元をはだけつつ躙り寄っていく。


「俺はプロだ……!! 辱めに屈するようなタマじゃねえ!!」



 なおも強がる男の前に立つと、金ちゃんはそっと男の股間に手を伸ばし、耳元で囁いた。


「んんん〜? どんなタ・マ・か・し・ら……?」


 

「ぎゃあああああああああ……!? やめて!! 許して!! 話ます!! 話ますから!!」


「あんた……めちゃくちゃ失礼な奴ね? 殴ってもいいかしら?」


 金ちゃんは目を細めて不満げな顔をする。

 

「ワシが後でいてこますさかい、もうちょっと堪忍してください姉さん!!」

 

「それで? ママは何処にいるの? 仲間の数は?」

 

 一向に進まない話に痺れを切らしたさくらが男に詰め寄った。

 

「ババアは最上階のボスの部屋にいる……待ち伏せしてる幹部はあと四人……それと頭のおかしいお抱えの闇医者がいるが……こいつは研究室に籠りっぱなしでまず出てこねえ……」

 

「それぞれの武器は?」

 

 黒澤が低い声で言うと、男は呆れたように笑ってみせた。

 

「おいおい? お前は自分の手の内を金で雇われた程度の仲間に晒すのか? とんだお花畑野郎だぜ……!! ぶへらっ……!?」

 

「おどれ……なに兄貴に舐めた態度取っとんじゃああああ!? いてこますぞ!?」


「もう殴ってんですけど!?」 


 口からドボドボと血を垂らしながら男が喚いた。 


 どうやら鰐淵の口と手は繋がっているようだが、本人には自覚がないらしい。

 

 鰐淵は意味が理解らないという表情を浮かべて黒澤に目をやる。

 

「兄貴、こいつ頭おかしいんとちゃいますか!?」

 

「鰐……いや……なんでもない……姉さん、こいつどうしやしょう? 殺りますか……?」


 黒澤の冷酷な声に、さくらはぞくりとする。


 しかし金ちゃんは黒澤の提案に首を振った。


「無益な殺生はしない。こいつはふん縛って捨てていく。さくら! ロープ出して」

 

 金ちゃんはそう言ってさくらかロープを受け取ると、男にお縄をかけ始めた。

 


 見事な手際で出来上がったのは両手両足を背後で束ねた亀甲縛り。



「名付けて……漢女流縛法オカマりゅうばっぽう……」




亀甲男キッコー○ン!!」

 


 さくらはそれを見て金ちゃんがやたらと赤いロープにこだわっていたことを思い出す。


 満足そうにそれを見つめてうっとりと合わせた両手に頬を乗せる金ちゃんに、さくらはぼそりと言う。 



「最低……」


「あらあらあら? さくらアレが何か理解るのぉ?」


 いやらしく目を細めて微笑む金ちゃんに、さくらは顔を紅くして叫び返す。


「最っ低……!!」


「まあまあ……お嬢も落ち着いて……姉さんも抑えてくだせえ。なにかと興味のある年頃かと……」


「はあ!?」


「ガハハハハハ!! ワシは六歳から興味津々やったさかい!! お嬢も気にすることないですわ!!」


「別に興味とか無いし!! ほんとに無いし!!」



 こうして四人は、頭上に立ち込める暗がりへと向かい、停止したエスカレーターを登り始めた。

 

 背後で吊られた男が妖しい笑みを浮かべていることに気付くものは誰もいない。

 

 

「馬鹿共め……せいぜいこの地獄を楽しむがいいさ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る