第10話 闇医者の源


 老人は金ちゃんを見ると開口一番に素っ頓狂な声をあげる。

 

「こりゃたまげた……!? まーたお前か……武志!?」

 

「嘘ぉお!? 源ちゃんじゃない!? さくらが呼んだのげんちゃんだったの!?」



 金ちゃんは驚いた顔でさくらを見たが、さくらは理解出来ないといった様子で首を振る。

 

「ワシは電脳掲示板で依頼を受けただけじゃい……!! その様子じゃ患者はお前さんじゃなかろう?」

 

「そっちの二人よ」



 金ちゃんが顎で指すと闇医者の源はサングラスをずらして静かに言う。



「何とも色気のねぇ野郎どもだねえ……やる気が削がれるのお……」


 そしてさくらをちらりと見やる。


「おや? あんた発育に問題があるんじゃないか? どれ! 触診してやろう!!」


「はあっ!?」

 

 さくらは全身に鳥肌を立てて自分の身体を抱きしめた。

 

 うひゃひゃ……と笑いながらさくらににじり寄る源の脳天に、鉄拵えの鞘が落下する。

 

「痛ったああ!? 何するんじゃい!?」

 

 頭を両手で押さえて源が吠えた。

 

「こっちのセリフじゃい!! このエロジジイ!! 何でこんなションベン娘に色目使って、あたしをエロい目で見ないわけ!? 目ん玉腐ってんじゃないの!?」


「アホか!! オカマは守備範囲外じゃ!!」


 金ちゃんが言い返そうとすると、さくらが金ちゃんの服を掴んで揺さぶった。 


「もうその話いいから!! 早く治療しないとこの人達死んじゃうよ!?」

 

「むむ……あんたの言う通りね……源ちゃん!!」

 

 二人が目をやると、闇医者の源はすでにスキンヘッドの脇で腰をかがめて傷を眺めていた。

 


「あーあ。コイツはいかんのう。こりゃ診療所に運ばにゃ助からん」

 

「助かる……のか……!?」

 

 かろうじて意識を保っていた眼鏡が掠れた声で言った。

 

「ま……! わしゃ天才じゃからの!」

 

 そう言うなり、源は小さな身体でスキンヘッドの巨体をひょいと持ち上げた。

 

 その光景にさくらと眼鏡は思わず目を見張ったが、金ちゃんは指先についた鼻くそを眺めている。

 

「武志! お前さんはそっちの眼鏡の兄ちゃんを頼む」

 

 源はそれだけ言い残すとホッ……ホッ……ホッ……と掛け声を上げて走り去ってしまった。

 


「金ちゃん……あの人何者なの……?」

 

「知らないわよ! ただのエロジジイでしょ? ただ……」

 

 鼻くそを弾き飛ばして金ちゃんは言う。

 

機械化サイバネだろうと怪我だろうと、手術の腕はよ? あらよっと……!」



 そう言って金ちゃんはさくらを右腕で、眼鏡を左腕で抱き上げると源の後を追って荒れ果てた事務所を飛び出した。

 

「放せ……自分で歩ける……」

 

 眼鏡が言うと金ちゃんが鼻で笑う。

 

「死にぞこないが強がるんじゃないわよ!! 黙んないと……唇塞ぐわよ?」

 

「ひっ……!?」

 

 目前に迫ったオカマ顔に、眼鏡の男が小さな悲鳴をあげた。

 

 それを横目にさくらは肩を震わせながら笑い声を堪える。

 

 金ちゃんは目を見開いてさくらを睨んだが、さくらの肩の震えは結局それでは止まらなかった。

 


 

 金ちゃん一行はNEO歌舞伎町の中央街を駆け抜け、南地区の露店街に差し掛かった。


 夕映えに染まる露店街には、所狭しと屋台が建ち並んでいる。



 東南アジアの名も知らぬ食材が並んだ市場を横切るとスパイスの香りや生魚の臭いが鼻を突く。


 中華料理の屋台では蒸籠せいろが蒸気を立ち上らせ、八角の甘い香りがふわりと広がった。


 夜に向け、仕込み真っ只中の南地区はさくらの腹の虫を呼び覚ますには充分過ぎるほど刺激的だ。


 南地区はあらゆる食欲を刺激する香りのドラッグと揶揄されているのも頷ける。


 グルメの街を名残惜しそうに眺めるさくらを、金ちゃんはチラと盗み見たが、肝心の街には脇目もふれず、金ちゃんはとある角で路地裏に入った。

 

 閑散としていて、貧しい気配が漂う路地の一角に、デカデカと金字で『医食同源』と書かれた看板が姿を現す。

 

 中華風の透かしが入った木と硝子の引き戸を開けると金ちゃんはズカズカと中に入っていく。

 

 奥に通じる暖簾をくぐると、そこは畳の茶の間になっていた。

 

「ここが病院!? さっきのお爺さんは!?」


 さくらが尋ねると金ちゃんはにやりと笑って草履を脱いだ。


 茶の間に入るとズリズリと畳を足の裏で撫でながら何かを探る。


「あった! あった!」


 そう言って金ちゃんは畳を強く踏みつけた。

 

 すると畳がぐるりと回転し、地下への入口が一行の前に現れる。

 

「すご……」


「行くわよ!」


 そう言って金ちゃんはさくらを降ろし、眼鏡を担ぎ直すと地下へと続く階段を降りていく。

 

 行き止まりの扉を開けると、真っ白な光に照らされた診察室が姿を現すのだった。

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