蝋梅
貝の目
蝋梅
私は起きてから鼻先の冷たさを感じ取り布団から出られずに、しばらくそのまま目を瞑っていた。まだ太陽が出ていないのだろうか。カーテンの隙間から光が漏れていなかった。太陽が完全に昇ってから目を覚ましていた私にとって早朝に目を覚ますことは一種の新鮮さをもたらした。何時か確認しようとした私は携帯の画面をつけようとしたが冷えた画面を触っても何の反応を示さなかった。どうやら充電するのを忘れてしまっていたらしい。起き上がるための準備運動として、上半身を布団から剥がして軽く伸びをする。背中の骨がパキパキと音を立てた。
足先だけは布団に潜らせたまま、私は左側の窓のカーテンを少しだけ開けた。少しひやっとした。
早朝に似つかわしくない分厚い黒い雲が浮かんでおり、まるで一切の光を飲み込んでいるようだ。しかし、眼下の通りを照らしている街灯のところにだけ、脱色された綿のような純白の雪がふわふわと舞っていた。最近になって古めかしいオレンジ色のナトリウム灯からLEDのライトに改修されたのだった。私はその真っ白さから1種の不気味さを感じ取った。瞬間、寒さよりも好奇心が私を突き動かした。なにかがあの街灯の下にあるに違いないと神秘めいた「お告げ」が私の頭の中を通り過ぎて行った。
素早く寝巻きから椅子にかけてあったズボンと上着に着替える。暖房器具はタイマーで停止していてたため服はひんやりとしている。しかし興奮が勝っていて寒さを不快だとは思わなかった。
家族を起こさないように忍び足で廊下を通り玄関に向かう。静けさと暗闇が家全体を包んでいて家自体が寝ているような、そんな錯覚に陥った。玄関の鍵を開ける時も最小限音を控えるためにゆっくりと丁寧に開けた。
目の前は一面まっしろで私の吐く息もまた、まっしろになった。私は冬の乾いた空気を肺いっぱいに吸い込んだ。ただ寒いのではなく独特の匂いがあった。私の体温でゆっくりと溶けていく。なんだか嬉しくなってぎゅむ、ぎゅむ、と新雪を踏みしめる。手で足元の雪をすくってみたりもした。そうして丸く形を整えて小さな雪だるまを作った。幼い時、よく幼稚園の近くにあったこぢんまりとした公園で母の目に見守られながら無邪気に遊んでいたことを思い出して頬が緩んだ。
ふと、街灯の方から視線を感じて雪だるまを作るのをやめた。もちろん、そこには誰もいない。白い光に輝く生気を感じさせないまっしろ。そこの雪だけがまるで死を象徴するかのように高貴をまとっているように見えた。頬から熱が奪われていくのを感じる。もう一度雪だるまを見ると、私の体温で溶けてしまったのか、上下の大きさが格好悪くなっていた。
街灯の下に歩みを進める。雪ではなく私がそのスポットライトに照らされる。雪の中に黄色の物体が埋もれているのに気づいた。
掻き分けて手に取る。それは武骨な細い枝に繊細なガラス細工でできたような黄色い花が付いていた。甘く、可憐でありながら謙虚な薫りが鼻腔をくすぐった。
「はる!大丈夫!?」
気がつくとまっしろなベットの上で母が心配そうにこちらを見ていた。外は雪が降っており、窓からは空しか見えない。身体中が痛く、熱があるのか頭痛が酷かった。枕元の花瓶には色とりどりの花の中にあの黄色の花を持った枝が慎ましく刺さっていた。
蝋梅 貝の目 @kainohi
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