続 村の少年探偵・隆 その6 カンニング

山谷麻也

第1話 夜明け前

 日本における国民皆保険制度は1958年(昭和33)にスタートした。

 それまで一部の富裕層しか、医者にかかることができなかった。小杉の生まれ育った四国の田舎には医療機関が少なく、多くが無医村であった。体調に異変を感じた人が何に頼ったかというと、祈祷、まじないだった。


 隆はよく中耳炎を起こした。連れて行かれた先は、村の長老宅だった。呪いの心得があったらしい。何やらつぶやきながら、湯飲み茶わんに入った水を隆にかけていた。

 虫歯が痛んだ時も、同じように呪いをしてもらった。

 結局、耳鼻科と歯医者に行った。耳鼻科は隣の県だった。症状が悪化し、耳が聞こえなくなったので、隆の父親が決断したことによる。

 誰も「あの呪い師は効かない」などとは言わなかった。そんなおそれ多いことを口にするのは、罰当たりこの上なかった。


 病人が危篤状態におちいると、村人は神社に集まり、奇跡の回復を願ってお百度を踏んだ。隆は一度だけ、村人が神妙な顔つきでゾロゾロと回っているのを見たことがあった。


 乳幼児の死亡率も高かった。身を引き裂かれる思いで、親は病気で苦しむおさな児を背負い、医者に診せに行く。しかし、愛児は背中で冷たくなり、そのまま引き返したという話はめずらしくない。

 隆の長姉の場合も、朝、父親を元気に送り出したが、その日の午後には帰らぬ人となった。母親から聞いた話である。


 村の共同墓地には水子みずこをはじめ嬰児えいじ嬰女えいにょ孩子がいじ孩女がいにょなどの戒名が目に付いたものだった。

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