蛇の行き先

「頼むよ、おさくちゃん。家で待っていてくれ」

「嫌よ。私も行きますからね。なんでここまで来て、私だけ帰らないといけないの?」

 もう何度目かのやり取りである。雪平は、この先の調査に私を連れて行きたくないらしい。

「分かったよ……」

 ようやく諦めた雪平が、溜息交じりに言った。

「だが、この先何を見ても暴れないでくれよ?」

「分かったわ」

 最初に調査したのは小間物屋だった。三件目の店、櫛やら根付やらが並べられている中、私は店の奥に大事そうに並べられているそれに気が付いた。

 赤茶色の鱗、ところどころに入る黒い縞模様。蛇だ。それが革袋や財布なんぞになっているのだ。しかし私は当初の約束通り、怒りをこらえる。

「やぁ、店主。これはいい革だね」

「お、分かりますか? これは蛇革でしてね。縁起ものですよ」

「店主が取りに行ったんですか?」

「まさか。仕入れたんですよ。急に蛇を扱い始めた店がありましてね。そこが、たくさん獲れるからって卸してくれるんですよ」

「へぇ、それはどこですかい?」

「いやぁ、さすがに仕入れ先を言う訳には……」

「そうですよね。これは申し訳ない」

 雪平はそれだけ話すと、店を後にした。

「なんでもっと聞かないの? 仕入れ先が敵の居所なのに!」

「そうもいかないんだよ。ちゃんと調べるから怒らないでくれよ」

 なんとなく納得がいかない感じを覚えながらも、私は黙って雪平について歩いた。

 次に歩いたのは飯屋である。雪平は暖簾をくぐっては「よぉ、蛇肉は入っているかい?」と聞くのを繰り返した。

 なんと、蛇を食おうという輩がいるのである。私は腸が煮えくり返るのを感じた。だが約束なので、暴れはしない。黙って付いて行き、睨みつけて帰るだけである。

 そして五件目の店で「あるよ」と返事が返ってきた。

「へぇ、珍しいな。探してはいたが本当にあるとは思わなかった」

「珍しいだろう。身もほこほこして美味いんだぞ? どうだい。食っていくかい」

「いいや、僕たちは頼まれて探していただけなんだ。また今度来るよ。それにしても珍しい。自分で獲ってくるのかい?」

「まさか。仕入れてくるだけだよ」

「その仕入れ先は? いや、と言うのもね、僕たちはとある大店のご隠居に頼まれて蛇肉を食える店を探していたんだが、そのご隠居が酷く偏屈でね。仕入れ先にも拘りたいとかなんとか。頼むよ。きっとあの爺さんは太客になるだろうから」

「そう言われてもねぇ」

「この通りだ」

「仕方ないなぁ。誰にも言わないでくれよ? 仙台掘の亀久橋の近くにある、反物屋だよ。最近は売れ行きが悪くて潰れるんじゃないかって言われていたんだが、蛇をあちこちに卸し始めて、これが大当たりさ。今じゃ、結構いい暮らしをしているって噂だぜ」

「そりゃあいい話を聞いたな。爺さんに伝えとくよ」

「頼むよ。うちの事も良く言っといてくれよ」

「もちろんさ」

 雪平は、そう言って店を後にする。私としては店主に噛みついてやりたい気分であったし、にこやかに和やかに話す雪平に不満もあった。

 敵なのに何故。そう思わずにはいられない。今までの雪平は、普段はへらへらしていても敵を前にするとキリッとして私たちを守ってくれた。それが、今回は違うのだ。

 しばらく歩くと、雪平は言った。

「おさくちゃん。今夜、そこの反物屋に忍び込む。さすがに危ないから待っていてくれないかな。ちゃんと調べてくるからさ。頼むよ。ね?」

「私も行くわ。今回は私の事でもあるのだもの。絶対に行くわよ」

「おさくちゃん。でも危ないから……」

「なんと言われようと行くわよ」

 雪平はがっくりと肩を落とし

「分かったよ。その代わり、蛇の姿で俺の服の中にいるんだ。いいね?」

「それなら付いて行ってもいいのね? 分かったわ」

 そんなこんなで、私は無理やり付いて行く事になった。


 雪平の動きは見事だった。申し訳ないが、義賊に育てられたというのがよく分かった。

 よそ様の屋根を走り、つっかえ棒を音が鳴らないように外し、足音を立てないように侵入する。たぶん、体に叩き込まれているのだ。彼はそれが嫌で仕方がないと言っていたけれど。

 さて、問題は店内だ。ここは反物ばかりが並んでいて特に何もなかった。

次に店の奥の部屋を調べる。そこは裏口につながっていて、井戸からも近かった。そこの部屋にあったのだ。壁に貼り付けられた蛇の子らの皮が。一枚や二枚ではない。

 私は怒りが抑えられずに懐から這い出して尾をドッタン、バッタンして暴れた。そうするしか感情の持って行き場がなかった。こうなる前に何とかできなかったのかと、母に対しても怒りが湧いた。

「ちょ、ちょっと待った。暴れないって約束だろう?」

 私は首根っこをつかまれ、仕方なく大人しくする。

「見つかったらまずいんだ。僕たちは今、忍び込んでいるんだから。な? とりあえず見たい物は見れたから帰ろうか」

 私は外へ出て人の姿になり、雪平が持ってきていた着物に着替えた。

「どうして帰ってきちゃったの? あいつらが子供たちを殺したのに」

「落ち着いてくれ、おさくちゃん。あの人たちは、別に悪い事をしている訳ではないんだよ」

「なんですって?」

 私は怒りを何とか収めて聞き返す。

「あの人たちにとっては、ただ蛇を捕まえてきて商売をしているだけ。何も悪い事はないんだ。ただ、その蛇が僕たちにとって大切だっただけで」

「何よ、その言い方! 悪いに決まってるでしょ! 子供を殺したのよ! そんな事を言うなんて信じられない。もう勝手にやるわ」

 私は雪平を怒りに任せて怒鳴りつけ、その場を後にしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る