人探し

 女将が大八車に死骸の山を載せて行ってしまうと、どこからともなくひょこひょこと蔵之介が現れた。

「なんだい、あのおっかねぇ人は」

「うちの長屋の女将だよ。あの人には逆らわない事が平和に生きるコツだって聞くよ」

「そうだろうな。俺なんか丸のみにされそうだったもんなぁ」

 蔵之介は、ぶるっと身を震わせる。

 それから私たちは日暮れまで調査をしたが、新しい情報は特になかった。

 蔵之介とはまた明日、破れ寺で待ち合わせをして別れる。その帰り道、雪平は案の定「これは危険な調査になるから、お前は降りろ」と言った。

「嫌よ。化け者の事だもの、あなたにだけ任せられるわけないじゃないの」

「おさくちゃんも僕が人間だから駄目だって言うのかい?」

「そうじゃないけれど、そう思う化け者もたくさんいるのよ。きっと大変よ」

 私は「だから私がいなきゃ」と胸を張る。

「はぁ……仕方ないなぁ」

「そう来なくっちゃね。私、ちゃんと役に立つわよ」

「心配だから木偶の坊でいてくれると助かるんだがね」

「そんなの嫌よ。つまらないじゃない」

 そんな風にして蛇長屋に帰ると、雪平の部屋の前で女将が待っていた。

「女将。どうしたんですかい?」

 女将がそこにいる事もだが、女将は随分と土で汚れてしまっていた。

 女将は顎で部屋の中を示す。

 私と雪平が並び、女将が奥に鎮座してそれを睨みつけるという状態が出来上がる。女将は先ず、私への説教から始めた。

「人間に化け者の事を話してしまうとは、何を考えているんだい。大体あんたは紹介してやった繕い物の仕事はどうしたんだい。ほとんど進んでいないじゃないか」

 私は半分聞き流しながら、うんうんと頷いておく。

「聞いているのかい? あんたがどれだけ大変な事をしでかしたのか、ちゃんと分っているのかい? 化け者ってのは人間の中に紛れて暮らしているんだ。それが知られちまったら迫害やら疑心暗鬼、迷惑をかけるのは何も化け者だけじゃないんだ」

 女将の説教は、それから半刻も続いた。外はもう真っ暗である。

「あの、女将。僕の部屋の前で待っていたって事は、僕にも何か話があるんじゃありませんか? そろそろ夕飯時ですし、そっちの話も」

 私がぐったりし始めた頃、雪平が助け舟を出してくれた。ただ、その舟が問題だ。

「そうだねぇ。あんたを私の晩飯にしてもいいんだけどねぇ」

 女将はわざと顔を蛇のものに変える。大蛇と言って差し支えない大きさの口である。本当に人間一人くらいなら入りそうな。

「この人は誰にも漏らさないっって言ったじゃないの」

 そう約束したのだ。確かに約束した。そう言ってからおふたに蔵之介、女将と、もう三人にもバラしてしまっているのだが、確かに人間には言っていない。

 あぁ、考えていたら何だか私も腹が立ってきた。

「そうよ。漏らさないって言ったじゃない。なのに女将にまで漏らしてしまって、どういう事なの? 何を考えているの? 私が怒られるの分からなかったの?」

「お、おさくちゃん。落ち着いて」

「何が落ち着いてよ。適当な事を言ったって騙されないんですからね」

「悪かった。僕が悪かったよ。仲間に入れてもらえたみたいで嬉しくなってしまったんだ」

 そう言われると、怒る気になれなくなってしまう。

「ずるい人ね」

「すまないね」

 私たちのやり取りに頭を抱えていた女将が口を開く。

「話を進めていいかい? 私が今日来たのはね、あんたに仕事の依頼をしたいからなんだ」

「そういう事でしたら伺いましょう」

 雪平は帳面を取り出し、仕事の顔になる。こうなると私にできる事はない。ただ、邪魔にならないように静かにしているくらいのものだ。

「人探しの依頼だ。私の友人の息子でね、ただの放浪息子だと思っていたが、こうなってくると心配だ。蛇の姿は青い鱗に赤い目の若い蛇だ。人の姿はこれさ。名は伊六」

 人相書きには、ひょろっとした面長の目の細い男が書かれていた。

「かしこまりました。僕は謎解き屋。伊六さんが居なくなった謎を解いて見せますよ」

「あぁ、頼むよ。それからね、この化け者殺しの犯人を捕まえとくれ」

「もちろんです。別口からの依頼もありますからね。それで聞きたい事があるんですがね、彼らの家、見つかりましたか?」

「あぁ。皆やっぱり化け者だった。それに家もすぐに見つかった。私たちには人物帳があるからね。だが、受け入れてもらえた家は少なかったよ」

「それ、どういう事ですか?」

 私は思わず口を挟んでしまった。だっておかしいではないか。行方不明だった家族が、偽物とは言え仮にも家族が帰ってきたのに、その死体を受け取らないとは。

「どうも、放蕩者ばかりだったようでね」

 厄介者はいらない、という事だろうか。

「ばかり、というのは、そうじゃない者もいたと?」

「いいや、確認ができなかっただけさ。泣きながら受け入れる家もあったからね。そんな人たちに、息子さんは放蕩者でしたか、なんて聞けないだろう?」

「分かりました。少し時間をください」

「あぁ。だが、少しだけだよ。できるだけ急いでおくれ」

 そのやり取りを見ていて、私は女将が雪平を受け入れてくれたのだと嬉しくなった。なんだかんだと怒っては見たものの、結局は仕事を頼むのだから。

「何を嬉しそうな顔をしているんだい。不謹慎な子だね」

「いや、ちょっと。女将が雪平さんを受け入れてくれた事が嬉しくて」

「私はこいつを受け入れてなんかいないよ」

 女将はふんっとそっぽを向く。

「え? でも仕事を頼んでいるじゃないですか」

「あぁ、それはね、今回は仕方がないんだよ」

 答えたのは雪平だった。

「仕方ないって?」

「化け者殺しってのは、化け者にしかできないだろう? じゃあ、その解決を化け者に依頼する訳にはいかないよな。そいつが犯人かもしれないんだから」

「そっか。人間で、化け者の事を知っている雪平さんは丁度いいのね」

「そういう事さ」

「せいぜい頑張って働きな」

 女将はふんぞり返って帰っていったのだが、すぐに戻ってきた。

「どうしたんですか?」

「婚約者がおいでだよ」

「え?」

 外に出てみると、本当に雪平の部屋の前まで平蔵さんが来ていた。

「こんな時刻にどうしたの?」

「婚約者を訪ねるのに時刻も何も関係ありません。様子を見に来ただけですよ。ご飯は食べていますか? 何故この男の部屋にいるのですか?」

「し、仕事なの。ご飯はまだだけれど」

「これから食べに行きますか」

「結構よ。私、あなたと仲良くするつもりはないんだから」

「いい加減、諦めてほしいものですね。では私はこれで失礼します」

 そう溜息交じりに、平蔵は帰っていった。


 問題が起きたのはその夜だ。深夜、雪平の野太い悲鳴が響いたのだ。

 慌てて彼の部屋へ行くと、割れた皿と血まみれの雪平が転がっていた。

「雪平さん! 大丈夫? どうしたの?」

「き、急に皿の割れる音がして、いつもの事だから放っておいたら切り付けられたんだ」

 おそらく、割れた皿で切りつけたのだろう。

「待っていて。傷薬なら持っているから」

 言いながら私は外に出る。そして野次馬たちに向かって怒鳴りつけた。

「毎晩、嫌がらせをしているとは聞いていたけれど、これはやりすぎよ! 何も傷つける事ないじゃない! それとも何? 調べられちゃ困る事でもあるの?」

 野次馬たちはどよめいて「俺じゃない」「知らない」「やっていない」と繰り返す。

「本当でしょうね? だったら誰がこんな事をするってのよ」

「関わりたくない。俺も殺されちまうといけねぇからな」

「あぁ、本当だ。関わらねぇ、関わらねぇ。まだ死にたくねぇ」

 化け者殺しの噂が広まっているらしく、野次馬たちはそうぶつぶつと呟きながら帰っていった。仕方がないので、私は傷薬を持って雪平のもとへ戻る。

「ありがとうな、おさくちゃん」

「何よ、そんな改まって」

「いや、さっきのさ。聞こえてたから」

「そ、そういう時は聞こえなかったふりをするものなのよ」

「そうかい。ありがとう」

「もう」

 傷は腕のかなり上の方に付いていて、もしかしたら首を狙ったのではないかと思うと怖くて、その夜は全く眠れなかった。


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