10. ターゲット -赤い衝撃- その2



「さてと、あとはあなただけねユウマ。殺すつもりはないけれど――入院ぐらいは覚悟してもらうわ!」


「う――あああああ!?」


 『鉾矢』を拾い上げた先輩が走り出し、左目の中の炎がホタルのように尾を引く。

 ――轟音と爆裂。ユウマに攻撃はクリーンヒットし、決着はついたかのように思われた。




「――り、律季!? なにやってんだお前……?」




「……は?」




 声をかけてきたのはクラスメイトの伊藤だった。あたりを見回すと、さっきまで影も形もなかったはずの生徒たちが俺たちを取り巻き、不審な目を向けて来ていた。

 『バックルーム・クリスタル』が解除され、現実世界に戻って来たのだ。突然廊下に現れた奇妙な四人に、ざわめきが校舎中に伝播していく。


「え、あれ天道先輩か!? なんだあのエロい恰好……」「なにやってんだあいつら? ケガしてるぞ……?」「えっ? なんか銀髪の人もこっちで倒れてる……」


「――ッ! お前ら、動くなッ!!」


 炎魔法を浴びせかけられ、倒れ込んでいたユウマがぐわりと立ち上がった。手近な生徒をひっつかまえて引き寄せる、その手には本物の拳銃が握られている。

 ――まずい、人質をとられた! 現実世界に帰って来たのはこのため……!


「ひっ……!?」


「おとなしくしろ、炎夏と律季!! 動けばこいつを……いや、こいつらを撃つッ!!」


「「「うわああああああ!!??」」」

  

「うるさい! 『騒ぐな』ッ!!」


 突然の凶行にパニックになりかけた生徒たちが、その一言を聞いた瞬間、無表情で黙り込んだ。異様な事象に唖然とする俺と先輩だが、自分たちもさっき体験しているのでその正体が何かはすぐにわかった。

 ……『暗示』だ……! 俺たちに対しては感覚を狂わせる程度でも、非魔法使いに対して使った場合は真の効果を発揮し、思考と行動までも自由に操れる。範囲も校舎中全ての人々を一瞬で黙らせるほど――つまりこの状況は、全校生徒すべてが人質になったのと同義か!


「じ、冗談じゃないわ! 私たちが決闘に応じたのは、他の人に手を出さない交換条件のはずよ!?」


「魔導兵器は差し向けてないだろ? これで約束通りさ」


「はぁっ!? そんな屁理屈が……」


「うるさいうるさいッ! 全部お前らの責任だ。お前らがさっきまでの段階で大人しく捕まっていれば、こんなことにはならずにすんだんだぞ!」


「ふざけないでッ!! 負けそうになったら人質とるなんて、恥ずかしくないの!?」


「……あいにくだがな」


 レンが苦しそうに立ち上がってそう言った。対話が成立しなくなるほどヒステリーになっているユウマに歩み寄り、胸の中に抱きとめる。怯えた小動物のようにバディにすがりつき、片目だけで睨みつけて来るユウマは、威圧感こそないものの余計に恐ろしかった。心に弱さを抱えた者特有の、『何をしでかすか分からない』という恐怖だ。


「プロと言えば聞こえはいいが、この世界の中じゃ俺たちは下っ端も良い所なんだ。俺たちは教国の下で働く以外に生き場所のない人間……任務の失敗は破滅とイコールとなれば、このぐらいはやるさ。正義とか悪とかは知った事じゃない。死なないためにはこうするしかないんだ。

気にくわないのなら殺して止めろ。チャンスはあったはずだ。いくら吠えても状況は変わらんぞ」


(――!!)


 説得不能。そのことを痛感させる演説だった。

 今まで疑問に思わなかったが、この二人、なぜ日本人のくせに欧州の教国の直属エージェントをやっているのだ? 俺たちとそう変わらない年齢の少年少女が、地球の裏側にある国の秘密機関に入って働くなんて、尋常な事じゃない。ユウマとレンは恐らく、何かのっぴきならない事情で、追いつめられるだけ追いつめられた末にこの道を選んだ人たちなのだ。


 貧しい国で生活の為に麻薬を売ってるギャングと一緒だ。

 こちらの常識でお説教したって、逆撫ですることにしかならない。


「このッ……!」


【――ダメです天道先輩! 今のユウマを追いつめると、本当に人質が撃たれかねない!】


「……ぐ、ぅぅぅ……!!」


 興奮している天道先輩を制止する。俺もそれ以上のことはできない。

 ――いったい、どうすればいいのだ? さっきのように念力サイコキネシスで銃を取り上げようにも、今のユウマは膨らみ切った風船。こちらが杖を出すどころか、ちょっと身動きしただけでもパニックを起こして引き金を引きかねない。


(……それにピストルって、変に振動を与えたら暴発とかしそうで怖いよなぁ。マガジンを分解するとかもまず無理だろうな。確実に気づかれるし、あれがどんな作りなのかもよく知らない……。

というか、なんで魔法使いが実銃持ち出してんだよ!? なりふり構わないにもほどがあるぞ……!)


(……水鏡くんは、本当にすごい……。こんな状況でも全然諦めてない。それどころか、追い込まれれば追い込まれるほど、目つきが冴えていくみたい。彼はいつでも冷静に、勝つための方法を考えてるんだ。すぐ頭に血が昇っちゃう私とは、根っこの部分から違う……。

――こんなところで、彼の伸びしろを潰されるわけにはいきませんよね……レイン先生!)


 何かないか? 何かできないか……? 先輩と俺、どちらかの魔装に糸口が転がっていないか?

 なんとか勝利の道筋をひねり出そうと必死で唸っている俺は、隣で天道先輩が何か思い詰めた顔をしているのに気づかない。『ガシャン……』という、先輩の魔装が床に投げ出される音で、俺は我に返った。


(――!? さっき拾ったばかりの武器を……?)


「……なんのつもりだよ? 天道炎夏」


「見てのとおりよ。私はこれ以上抵抗しない。――私はおとなしく捕まるから、かわりに水鏡くんを見逃してあげて」


「はっ……はぁッ!? な、なに言ってんですか先輩!?」


 訳が分からない事を口走った先輩に、俺は『おとなしくしろ』と釘を刺されていたのも忘れて詰め寄る。そもそも俺は、先輩を助けるために来たのだ。先輩本人が身代わりを申し出るなんて、本末転倒なんてレベルではない。


「このままじゃ二人とも捕まっちゃうわよ。落としどころがあるとすればどっちかが捕まることぐらい……。だったら、成長の余地がある方が生き残った方がいいじゃない?」


「何言ってんですか!? 先輩がいなくなってから強くなったって、虚しいだけですよ!」


「わっ……私と付き合うだけが君の幸せじゃないでしょ? 大丈夫よ、生きていれば他に好きな女の子も見つかるわ。それこそ体もさわらせてくれる、私よりかわいい女の子だって……」


「先輩よりかわいい女の子なんて、この世にいるわけないでしょ!? 答案用紙に100点より上がありますか!? あなたが世界で一等賞ですってば!!」


「ひぅ……!?」


 万歩ゆずって、同率一位はいるかもしれない。レイン先生とかがそうだろう。だがそれが、先輩を諦める理由になるわけがない。

 『天道先輩が居なくなったから、さぁ次はレイン先生だ』……とか、俺が言うと思っているのだろうか? ――んなわけねぇだろ、この先一生引きずるわ! 来世になっても引きずるわ!!


「好きな人を犠牲にするぐらいなら、二人で捕まった方がマシですよ! どうなっても構いません、ついて行かせてください!」


「……あのね水鏡くん。気を遣ってくれるのはうれしいけど、そんなに強情張っちゃダメよ。一時の感情でそんなことしちゃったら、あとで絶対後悔するわ。それに、もともと君の事を巻き込んでしまったのは私だもの。そこまで道連れにしたら、私は自分を許せないわよ」


「その一時の感情を、今わの際まで抱き続ける男ですよ俺は!! 人生なんてもんは一瞬の連続でしょうがー!?」


「なんの話をしてんだぁー!!」


 耐え切れずユウマが突っ込む。拳銃と人質をしっかり握ったままで。

 先輩は相も変わらず困ったような微笑みのままだ。ぐずるのをやめない赤ん坊を見るような目。……クソッ、どうしてもわかってくれない。ここまで言っても、気の迷いとしか思われないってのか……! 


「……。どこまで他人ひとをナメるつもりだ。

優しさも正義感も本当はありはしない。お前は覚悟することを拒んでいるだけに過ぎない」


 その時、思わぬ人物が口を開く。

 俺や天道先輩だけでなく、ユウマまでが怪訝そうな顔をした。冷徹だったレンが、これまでにない苛立ちを露にして毒を吐いたからだ。


「……レ、レン……?」


「学校の生徒や友達を守る気概があったなら、なぜ俺たちを殺さなかった? 既にバディになっている人間を、なぜそこまで突き放す? 一緒に行きたいとこれだけ言っているヤツを突き放すのは、自己犠牲でも優しさでもねぇ。『裏切っている』って言うんだよ」


「ッ! あんたに何が……!」


「俺にも経験があるからだよ。水鏡律季」


 天道先輩を悪く言われて、俺は怒気を発するが――そこから先は言えなかった。 

 睨みつけられたからでも、人質を見せびらかされたからでもない。レンは俺に対して目で笑っていた。心からの同情と共感を、俺に示してくる笑みだった。


「『愛する者のために自ら地獄へ足を踏み入れる』……傍から見てりゃ、たしかに悲惨に思えることだろうよ。だがやってる本人は、自己犠牲のつもりなんか一切ないのさ。地獄でさえ一緒に行きたいと思える相手を見つけられたこと――それ以上の幸運なんて、この先の人生にあるわけないと思っているからだ。そして異性のバディとは、往々にしてそういう存在なんだよ。

『自分にとって一番特別な幸せあいてをなくさないためなら、命だって捨てて構わない』……そんなことを本気で考えるほど、男という生き物は酔狂になれるもんなんだ。他のヤツらには、絶対に理解できないだろうがな」


「……! なるほどな……あんたも、そうなのか」


 彼の言葉は、自分でも驚くほど俺の心情によく嵌った。

 奇妙なやりとりに、ユウマと先輩は首をかしげる。敵同士ではあるものの、同じ感情を抱える同性として、俺はレンとの間に確かに通じ合うものを感じていた。

 ただ、それは個人的なセンチメンタルに過ぎない。分かり合えても戦争は終わらない。俺もレンも、同時に表情を引き締め直した。


「――そして、天道炎夏よ、当方はその提案を聞き入れられない。なぜなら我々エージェントに下された任務とは、『お前ら二人の生け捕り』だからだ。俺たちかお前たちのどちらかが終わる――それ以外の結末は存在しない。譲歩の余地などは無いんだ」


「ッ……!」【水鏡くん、お願い。現実世界に帰って来たのなら、逃げようと思えば逃げられるわ。なんとか隙を作るから君だけでも……】


【頑として自分が犠牲になる気なんですね……でも、やっぱり俺はそうする気ないんで】


 そう言って、一歩前に出た。迷いは既に消えていた。

 背後と正面で、二人の女の子たちがぎょっとするのが分かった。レンも意外そうにまばたきしている。


「お、おい!? なにしてる、人質が――」


「ああ、。撃てよ」


「……はっ?」


【な、何を言って……!?】


 少しずつ歩を進めていく。走らず、しかし急ぐ歩み。前進をやめず言い切った俺に、その場の誰もがあっけにとられたようだった。


「あんたの言った通りだよ、朝霧レン」


「……なんだと?」


「俺には先輩より大事な人なんていない。彼女を守るためなら何が犠牲になってもいい。自分も――そして、

さらわれた先で何をされるかまでは知らないが……先輩がどうにかされるぐらいなら、他の人が死んだ方が俺にとってはマシだ。この行動の結果、何が起こっても、責任を果たすつもりでいるよ」

















 こいつは……ホンモノのイカれだ。

 銃口を向けられながらも歩みをやめない。まばたき一つせずに虹色の眼光を光らせ、静かに迫って来る。今の水鏡律季は、ボクには狂気としか見えなかった。


 ――死に向かって特攻する、弱者の行進マーチ


「はっ……はんっ! 素人がイキってんじゃないや! そんなチンケな魔装で、何ができるってんだよッ!?」


「――ぐっ!?」


 水鏡律季が大きくのけぞり、仰向けになってバランスを崩す。

 拳銃を撃ったわけではない。『暗示』をやつの脳に向けて全開でぶっ放したのだ。術者のボクですらクラッとくるこの出力に、あいつに耐えられるはずがない……!


(終わりだな……ぶっ倒れろ!!)


「み……!」




 ――ガヂン゛ッッ!!




 そんな奇妙な音とともに、倒れかけた律季の動きが止まる。

 足は地面に着いたまま、膝から上が90度後ろに折れている。どこにどう力が入っているのか分からない、物理的にありえないはずの姿勢で、あいつはぴったりと制止していた。だらりと腕を下げたまま、ゆっくりと上体を起こしていく。再びこちらと目を合わせた、律季の顔には――!


「……コフッ……!」


(……あ……)


 口の端から垂れる血の筋。咳に交じった赤い色。

 間違いない――あいつは意識が飛びそうになった刹那、『舌を思い切り噛んでむりやり覚醒した』のだ。接近したことで、据わり切った律季の目つきがはっきりと視認できるようになる。おぞましいほどの執念が宿った虹色の眼光。


「――ど、どうして……そこまで?」

 

「いまさら舌の一本なんか惜しむわけないでしょ。無関係の人間まで犠牲にするつもりだって言ってる奴が……。

どうだ? これが俺の覚悟だよ、神瀬ユウマ、朝霧レン。どちらかが倒れるまで戦いをやめないと言ったのはあんたらだ。負けるしぬか勝つまで、俺は止まる気はない」


 レンが隣で生唾を飲み込む音が聞こえた。拳銃を持つ手が、魔法の反動ではない何かによって震える。

 ……ボクたちはもしかすると、とんでもない化け物を呼び起こしてしまったのではないだろうか? 窮鼠の勇気と表現するには、彼の行進は堂々としすぎていた。


「その鉄砲は何発撃てる? 六発か、七発か。最低でも弾丸がなくなるまで撃てば、こっちはもうあんたらに遠慮する理由はない」


 だがもし本当に撃ったら――弾丸を撃ち尽くすより前に、俺があんたらを殺すぞ。

 ……その、あまりに実感のこもった言葉に、ボクは身体の芯まで冷たくなった。本当に殺される、そう思った。こちらが殺られないためには……


「う……うう……っ!」


 ボクは人質の生徒をレンに押し付けて立ち上がり、両手で銃を構えて律季の方に向けた。

 

(――よし、うまくいった。これで最悪でも、最初に撃たれるのは俺だ……天道先輩や人質がいきなり撃たれるようなことには、ならないで済む)


 来るな、来るな、来るな……!! あまりの圧力に、視野と思考が狭窄するのが自分自身で感じ取れた。

 学生服の上にマントをかぶせた変な格好のチビが、猛悪な化け物に見えて仕方ない。


(いや……ひょっとしてもうちょっと追いつめれば、銃弾を全部俺に撃たせることもできるかな……? あぁ、でも……さすがにもう言葉が出ねえや。喉も血がからまってカラッカラだ……クソ、怖ぇなぁ。もう後には退けねぇしなぁ……)


 そして、ここまで威嚇しても、止まるでも走るでもなく、ただ平然と歩いているだけだ。なにやら笑みすら浮かべて一歩ずつ近づいてくる。勝手にトリガーを押し込んでしまいそうなほど、指がガタガタと震えていた。レンは棍を携えてボクの前に出るが、柄を握る手の震えをもう片方の手で、血管が浮き上がるほど必死で抑え込んでいる。心なしか、ボクとの距離もいつもより近かった。レンも、あいつが怖いのだ。


(でも……まぁ、いいか。一時はどうなるかと思ったけど、なんとか天道先輩は守れただろ。どうせ撃つなら無関係の人よりも敵の方が、『あの二人も立ち直りやすい』はずだ。俺にしてはけっこう上出来だよな)


「う、うわああああああ――!!」


「――と、止まって!! お願い水鏡くん!!」


 パニックになり、攻撃するというよりは銃にすがりつくように、ボクは引き金を引きかける。

 だがその前にコンマ数秒の差で、天道炎夏の今日一番の大声が、ボクの意識を引き戻した。心臓の音がバクバクいっていた。




「君はまだ――!!」




「!!!!」(ビタッ!)




「ふぇっ……?」「はっ……?」




 何をしても止まらなかった律季が、炎夏のすっとんきょうな一言で止まった。

 こんな時に何を言っとるんだあの女は? 頭の中でハテナマークが乱舞している。


「……いいわよ。戻ってきてくれたらおっぱい触らせてあげるわ。だから、そんなムチャしたらダメ……!」


「……」(スッ……スッ……スッ)


 停止した律季が、そのまま逆再生のごとくムーンウォークで帰っていく。

 こちらを見据えたままどんどん水平運動で後ろに下がっていくのでシュール極まりない。顔つきがさっきまでと同じ真剣さなので余計に。いやまあ確かに背中を向けるわけにはいかないんだろうけど、だとしても普通に戻れよ。笑かそうとしてんのか。


「……おいで、水鏡くん。いいわよ――さわっても。ずっと揉みたかったんでしょ? 私のおっぱい……」


「……ごくっ」


「あの、ちょっと……えっ、なにしてんの? なんで本当にちょっとエロい雰囲気になってんのさ」


「何を見させられてんだよ、オイ。――って、ウソだろ、まさかマジでやる気じゃ……」


 状況についていけないボクたちだが――同時に頭の片隅には、ある可能性が浮上していた。

 そう……『バディ契約』だ。双方からの魔力授受を可能にする儀式。確かに向こうにとって突破口があるとしたら、もうこれを試すぐらいしかないだろう。選択としては理解できるものの、だからってこれは……。


【とっ……止めてよレン。いろんな意味で止めなきゃダメでしょこれ】


【やっ、やだよお前がやれよ。というかどうやって止めたらいいんだ? 『おっぱい揉むなー!』とか怒鳴れってのか】


 遠くでは、鎖骨のあたりで手を組み、両腕で胸を強調したポーズをとった炎夏が、目をつぶって恥ずかしさに耐えている。律季は目を血走らせ、暖簾のような布をかけただけの丸出し同然の爆乳に、少しずつ手を近づけている。口から垂れた血がよだれみたいに見えた。

 ――な、なんか、ものすごい場面に立ち会っているような感じがする。どういう状況なんだよこれ?


【みっ、見ねえぞ。俺はなーんにも見ねえからなッ!】


【ひゃああぁぁぁぁ!! や、やっぱボクも無理!!】

 

 エロスにERRORS! 思考停止である。

 腕で目を隠してそっぽを向いてしまったレン。ボクも両手で顔を覆うが……好奇心には勝てず、三秒ぐらいした後でこっそり指の隙間からのぞいてしまう。そして、とうとう……


「……さわりますよ……先輩ッ!」


「か、かかってきなさいっ!!」




 ――むにゅっ♡♡♡♡

 

















「ッ~~~~~~……♡!!」




「ふあっ……!? ふおおおおおおお~~~~~っ!!??」




 つかんだ……つかんだ!! 天道先輩のおっぱい!!

 やわらかくて、あったかくて、すべすべでずっしり……! ちょっと指を沈ませただけで、めちゃくちゃ天国だ……っ♥


「も、もっと……!」


「ひゃぁっ!?」


 俺は先輩を壁際に追いつめ、体ごと密着しながらおっぱいを揉みしだいた。

 ――むにゅっ♡ もみもみもみ……♡ むっちむっち♡ 


「も、もう、必死な顔しないで……怖いわよ水鏡くん……♡」


「んなこと言われたって――うおぉっ♥ やばっ、柔らかすぎて頭おかしくなりそう……♥」


 120cm越えバスト――本人の身長の3分の2近くを占める驚異の胸囲。

 それをめちゃくちゃにするとなると、もう『揉みしだく』なんてものではない。『おっぱいに手が喰われる』ような感覚だ。彼女の胸から張り出した素晴らしい脂肪の塊は、俺の手に対して明らかに体積超過なのだ。

 こねてもこねても終わりが見えない、無限のパイパイ生地。俺の頭よりはるかに大きなおばけおっぱい。それが、今、俺の手の中にある。


「ふう゛っ……ダメっ、はげしいよぉ……♡」


「~~~~~~~~っっ♥♥ か、かわいすぎるっ……!♥♥」


 そんなブツの持ち主本人は、すっかり俺の乳揉みによって気持ちよくなってしまっていた。

 俺がおっぱいを揉んでいるんだ、という手ごたえは、大きすぎるおっぱいそのものより、本人の表情からこそ摂取できた。小さな小さな俺の手が、この巨大なおっぱいに快楽を与えて、いつもかっこいい天道先輩をこんな風にしてしまっている……!


(あ、あああああ……やったぁ、やったぁ……!!)


 ――達成感と征服感で、血が沸騰しそうだ。

 二歳も年上で、神様に仕える巫女さんで、学校中の憧れのクールな先輩。何百人という男から告白されてきたあの天道先輩のおっぱいを、はじめて揉んだ男に俺はなったんだ……! 先輩の『乳揉みバージン』をこの俺が!!


「うわわ、うわわわわぁ……!? す、すっごぉ……! あんなおっきいものが、むっちむちたぷんたぷんになって……こ、こんなのレンに見せたら、確実に性癖歪んじゃうよぉ……」


「おいバカやめろ実況すんな……こっちは必死で無になろうとしてんだ」


 天道先輩のおっぱいの迫力は、敵であるユウマとレンさえもたじたじにさせていた。ユウマは形だけ顔を手で覆ってこちらをガン見しているが、レンは固く目をつぶって耳をがっつり抑えている。マジメだなぁ、あの人……。俺も他の男に見せたくないからありがたいけど。


「これで『儀式』が出来たって事なんですかね? 何か変わった感じはしないですけど……」


「え、ええ――ん゛ぅっ♡!? ふあ゛あああぁぁぁぁんっ♡♡!!」


「へっ!?」




 ――ヴオン……ッ

 



「……はっ!?」


「はぁ……はぁ……♡ な、なにこれぇ……♡?」


 先輩が全身を震わせて媚声をあげた。その様は腰が震えるほどエロかったが、一切刺激を与えていないタイミングでいきなりそうなったので困惑する。

 先輩の谷間から両乳にかけて大きく、赤く光る模様が浮き上がった。ハートマークを複雑化したかのような――『淫紋』そのままの意匠の紋章だ。見ると、俺の両拳の甲にもまったく同じ模様が浮き上がっている。その時、俺はこの模様の『使い方』を理解した。




 これは、『契約』によって発現した新たな力。

 ――『乳揉ちちもみ技巧スキル』〝盛夏の香りエスティバル・フレーバー〟だ。

 



「どうやら俺たちは勝てるらしいです。天道先輩」


「ふぇ……? ――って、水鏡くん!? そ、それは……!?」


 俺の手の甲に現れた紋章――否、〝聖痕スティグマータ〟から炎が立ち上り、『生命力の鉄拳リビドー・ナックル』にまとわりついているのを見て、天道先輩は驚愕する。

 それもそのはず――レイン先生の話によれば、『契約』を交わして魔力のやりとりが可能になったとしても、『属性』にない魔法を扱うことはできない。だから俺が、バディである先輩の炎魔法を使うことはできない――その大前提を、俺の能力は真っ向から覆していたのだ。


 謎だった『生命力の鉄拳リビドー・ナックル』の特殊能力――それは、乳揉みによって刻む〝聖痕スティグマータ〟を介し、属性のルールを無視してバディの能力を借りる事だったのだ。

 天道『炎夏』からもらった魔力だから、〝盛夏の香りエスティバル・フレーバー〟――我ながら、なかなか悪くないネーミングだと思う。


「……お、おっぱい揉んで強くなったってのか!? そんなバカなこと、あるわけないだろ!!」


「ああ、そうかもな――だが、実際そうなってるもんは、しょうがねぇ!!」


「……くっ……! た、確かに……!」


「事実は小説よりも奇なりってわけか……!?」


 『乳揉ちちもみ技巧スキル』の存在を敵のお二方にも理解してもらったところで、俺は構えた。

 今からやることは、ユウマたちも知らない技――これが通用しなければ俺たちは負けるだろう。


「俺がさっき言ったことは紛れもない本心だよ。天道先輩を守れるのなら、何が壊れても構わない。――だがあんたらはどうなんだ? あんたらは俺のように、譲れないものを持っているか」


「……!?」


「ユウマ、あんたはあそこまでやられても、結局一度も引き金を引かなかった。本当は、?」


 そしてそれは、レンも同じ。俺が二人に迫っている間には、ユウマが拳銃を発砲する以外にも、レンが迎撃するという選択肢があった。なのにユウマから離れなかったということは、彼の方も怯えていたということ。殺したことがないからこそ殺される覚悟もないのだ。


「――『教国での立場』とやらのために人殺しになるもどれなくなる覚悟が、あんたらにあるのかと聞いている。

あんたらにとって本当に大切なのはお互いだけだろ。任務に失敗して路頭に迷うぐらい、別にいいじゃねぇか。なにも離れ離れになるわけじゃないんだろ?」


「っ……うるさい! お前にボクらの何がわかるってんだよ!?」


「本当はいい人だってことぐらいは」


 炎の渦を残し、俺は空中を跳んだ。莫大な熱が生み出す気流に『迅』を上乗せすることで、飛躍的に速度が跳ね上がる。『生命力の鉄拳リビドー・ナックル』〝聖痕スティグマータ〟から漏れ出る炎が、二筋の帯を空に描いた。


「戻れない闇には誰も落とさない。俺がすくってやる。

盛夏の香りエスティバル・フレーバー〟――夏空燦爛サンライト・ハート!!」


(――!! まずい、避けられな……)


「ユウマ――!!」


 黄白色の軌跡を描く右ストレートがさく裂する。狙ったのは暗示術者のユウマだったが、俺のパンチは彼女をかばったレンを巻き込み、バディ共々ぶっ飛ばした。爆風が埃を舞わせ、吹き飛んだ二人の姿を隠す。


(……ううっ!? 頭痛が……)


 大技を使った反動か、急な倦怠感と頭痛が襲ってくる。

 頭も度胸も魔力も、持てる全てを絞り切ったという感じだ。これで起き上がられたらいよいよ打つ手はないが――果たして?




「……がはっ……!」




「レ、レン……!」




 中央でぽっきりと折れた棍を片手ずつに持ったレンが仁王立ちで現れる。一瞬俺を睨んだように見えたが、血を吐いて崩れ落ち、使い物にならなくなった彼の武器が床に転がった。

 かばわれた方のユウマもダメージは少なくなかったが、杖がレンの背中でへし折れたようだ。もう戦えはしないだろう。周りの生徒たちが虚ろな目で突っ立ったままなので暗示の効果は切れていないようだが、杖がなくなった今、そう長く維持できるとは思えない。


 ユウマは「くっ……!」と吐き捨ててレンを背負った。

 余裕そうに、だが実は全身の力を使って、俺は彼女をまっすぐ見る。天道先輩も人が多すぎて攻撃できないようだった。


「終わったと思うなよ、水鏡律季。これで教国はますますお前への関心を強める。

勝てば勝つほどお前らにとっては、キツイ末路が待っているんだ。覚えておくんだな!」


「ああ……楽しみにしているよ」


「――う、ぐうううううっ……!! お前、ほんっとムカつく!!」

 

 辛くて長台詞を吐けないためにそんな返答になっただけだが、よっぽどユウマは癇に障ったようだ。顔を真っ赤にするほど悔しそうにしながら、涙目で『創造』したホウキに乗り、吹き抜けの穴をくぐりぬけて飛び去ってしまった。




 ……五秒、十秒と数えても、ユウマは戻ってこない。

 ――よし。じゃあ……




「お、終わったぁぁぁぁぁ~~~~! つかれたぁぁぁぁ……」




 俺は魔装をほどき、へなへなと床にへたりこんだ。

 紙一重すぎる勝利だった。もう一回やれと言われてもぜったい無理だ。ずっと必死すぎて、自分がさっきまで何してたかところどころ思い出せない。おっぱいの衝撃もあるにせよ……。


(しかも、ユウマさんたちより強いのがこの先どんどん来るってのか? マジかよぉ……ちょっと想像つかねぇなぁ)


「み、水鏡くん……ちょっと」


「なぁに先輩? お飲み物ですか?」


 疲れで軽く意識が朦朧とした俺は、部活の時と混同した発言をする。

 先輩も俺と同じく「ハァ……♡ ハァ……♡」と荒い息を吐いてい――あれ? でもこの息切れ、なんかすごくエロい感じが……? 俺がボーッとしながら先輩の顔を見上げると、そこには……

 



「……ねぇ、君、なにしたの……っ?♡

君におっぱい揉まれた時から、ずっと体が熱くて……♡ 切なくてたまらないんだけど……っ♡」




 両目にハートマークが浮き出て、全身からいやらしい匂いを立ち上らせ、乳暖簾ごしに充血した乳首の盛り上がりがはっきり見える――分かりやすすぎるぐらい分かりやすく発情した先輩がいた。


 ……どうやら今日は、まだもうひと悶着あるらしい。

 俺は鼻息を荒くして、これからヤれることへの期待を膨らませた。















◆あとがき




天道てんどう炎夏ほのか


 ヒロイン。バスト124cmRカップで黒髪ロングの大和撫子。

 今回の戦いでは終始迷い続け、自分自身の未熟さを思い知らされることになった。

 クールに見えるが、実は良くも悪くも優しすぎる子である。心の中のヒーロー像が魔法少女アニメの主人公から止まっていることもあり、モンスターは狩れても表情の見える人間に対しては攻撃をためらってしまう。

 炎魔法の火力があまりにも高すぎることも全力を出せない一因であり、考えなしにぶっ放してしまうとバディにさえ火傷させてしまう上に、敵をうっかり殺してしまうのも恐怖の対象となっている。


 律季に対してはこれまでかたくなに貞操を守り通したが、自分ではユウマとレンに勝てない事を悟ったことで『契約』の儀式に踏み切る。

 一度許したら取り返しはつかない。今回で完全に律季のモノになるフラグが立ってしまった。あーあ。




水鏡みかがみ律季りつき


 主人公。短髪でデコ出しで鼻絆創膏の少年。童貞。

 今回とんでもないガンギマリぶりを見せつけた狂犬。裏社会の住人から『イカレ野郎』と称されるほどのスゴ味ゴりら。

 彼の中には『炎夏・一般民衆・自分・敵』の順番で、命の優先順位が厳然と存在する。もちろん真っ先に自分が命を張る前提ではあるものの、炎夏を失わずに済むのであれば無関係の他人を見捨てるのもやむなしと思っている。


 一度大切な人を喪ってしまえば、そのあとで何億人を生贄に捧げたって還ってはこないのである。そして彼にとって、好きな人と過ごす時間とは全人類の命よりもずっと重い。『見ず知らずの他人』が犠牲になってそれを守れるのなら、むしろ安すぎるぐらい――善悪は別として、それこそが律季の価値観なのだ。





・『乳揉ちちもみ技巧スキル



 契約の儀式によって偶然存在が発覚した、『生命力の鉄拳リビドー・ナックル』の特殊能力。ネーミングの元ネタは『忍者と極道』の極道技巧。

 発動時には、淫紋そのまんまな形状の〝聖痕スティグマータ〟が出現し、それを介してバディの胸から律季の手の甲に魔力を移動させる。


 『乳揉みを介してバディから魔力を分けてもらう』という絵面のヤバさ、魔法使いにとっての絶対的ルールである『属性』を無視できるという特性の反則ぶり――そして使用後にバディに対して現れる、『発情効果』という副作用。一から十まで律季に都合のいい点しかないトチ狂った技である。

 今後、律季の戦闘はこれを主体にして戦われることになるだろう。つまりこれから炎夏は、戦闘が起こるたびに律季にセクハラされるハメになるということである。戦いのためなら合法だよね。


 なお、決め技となった『夏空燦爛サンライト・ハート』の元ネタは、『武装錬金』の武藤カズキの突撃槍である。(魔装形成フォーミングアームのアイデアもこの漫画が元ネタです)

 ネーミングの由来は技の内容が『黄金の光をまとって突撃しながらのストレート』とそのままなことの他に、炎夏の事を『偽善者』と呼んだレンへの、律季なりのアンサーでもある。炎夏も槍使いだし。





神瀬こうのせ勇真ユウマ

朝霧あさぎりレン




「こわいしエロいしわけわかんなかった……なんなのさアイツらマジで」

「なんだよ乳揉みスキルって……そんなもんに負けるこっちの身にもなってみやがれ」


(戦闘後、レンの手当てをしながらの二人の会話)




 茶髪ボブカットのボクっ子美少女と、銀髪細マッチョのイケメンのコンビ。

 後半はずっと律季にドン引きしていた。特にレンは完全に被害者。敵キャラのはずがどんどんツッコミ枠になりつつある。


 余談:ユウマの本領は風魔法を使っての直接攻撃というより、暗示魔法を存分に生かせる『諜報任務』にある。エージェントに取り立てられたのもその才覚があってのことであり、だからこそレンはユウマの護衛役に徹している。

 非魔法使いへの暗示魔法の効力は絶大で、『なんでもさせられる』と言っても過言ではない。無銭飲食はもちろんのこと、銀行強盗も白昼堂々とやれるほどである。

 機関はそういう魔法の悪用を取り締まっているが、教国もまた野良魔法使いを片っ端から傘下に入れることで、魔法を利用する犯罪者の出現を防止している側面もある(もっとも最終的にはそれらを組織化して世界征服戦争の手駒にするわけだが)。この二大勢力の存在により、現在の世界は魔法の存在が明らかになることなく秩序が保たれている。




・ターゲット ~赤い衝撃~


 デジモン02のオープニング曲。

 心の中の勇者を呼び起こし、忘れられた明日を取り戻す話。個人的にはバタフライより好き。





 次回はまるまるセクハラ乳揉み回です。大変長らくお待たせしました。





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