共闘回と新ヒロイン その3



 数十秒後、その場には奇妙なフォーメーションができていた。

 すなわち、『創造』を使ってせっせと高い足場を組む律季と、その様子をもじもじしながら見守る炎夏。そして広い部屋の端っこの方で居心地悪そうにしているレンと、その後ろから彼の目と耳をふさぐユウマ。黒い巨体となった螢視は、消耗しているせいか、離れた場所にいる彼らに手を出そうとはしない。


 そう――これが律季の『作戦』。

 「律季と炎夏が一芝居打つことで、螢視の意識を揺り起こす」というものだ。つまり律季が組んでいる台は、螢視の目の前で炎夏にセクハラをするためのものである。 


「よし、こんなもんだろ。ライトアップは炎夏さんがお願いしますね」


「ほ、本当にやるの……?」


「……そりゃ、俺だって他の男の人の前でこんなことしたくないですよ。自分で言い出したことですが正直むかつきます。

 でも、これなら文月先輩を無傷で助けられる可能性があるんです。やっておく価値はあるでしょ?」


「そ、それはそうだけどさぁ……」


 スクリーンは全て現在の炎夏の顔を映し出している。つまり螢視が炎夏の姿を認識していることは間違いない。

 まるでコンサートのリハーサルじみた状況。さしずめ観客であろうレンは、ユウマにがっちり捕まえられていた。


「……なぁ、ユウマ。別に今は目を塞がなくていいだろ?」

 というか、見る気もねぇし……」


「……そう言ってる割に顔熱いよ? あとレン、時々あの女のおっぱい見てるし……」


「――そりゃぁ、まぁ、アレはちょっと反則っていうか。男なら意識せずにいられないっていうか……いでででッ!?

 おいやめろ、グリグリすんなッ!!」


「~~~~ッ!!」


 嫉妬のあまり、涙目でレンを折檻するユウマだが、彼女とて別に貧乳というわけではない。

 着やせするタイプなので目立たないが数字上はFカップあり、歳を考えれば十分なものである。炎夏のおばけおっぱいと比べるのがお門違いというものであり、そもそもレンの好みはちょうどユウマぐらいの美乳であるため、心配する必要もないのだが――閑話休題。


 今、即席の『舞台』がライトアップされ、螢視の顔がそちらを向いた。


「――き、きゃ~~~~~ッ!」


「……A……?」


「ぐ、ぐへへへへ! 捕まえたぜぇ!」


 台の上に上って演技を始める二人。炎夏は偽物の手錠で拘束されたふりをし、律季は精一杯の下衆な笑顔で炎夏の体をまさぐる。

 なお、演技は両者ともメチャメチャ大根である。律季が、慣れているはずのセクハラすらぎこちなくなっていると言えば分かるだろうか。


「(ほ、ホントにこんなのがうまくいくの?)」


「(いいからッ! 茶化されたら騙せるもんも騙せないでしょ!? 炎夏さんももうちょっと気合入れて!

 こっからキツめにいきますからね!)」


「(う、うん……)」


 咳払いをひとつして、律季は目つきを全力でゆがめる。

 緊張で瞳孔が開いており、図らずもなかなか怖い顔になっていた。


「へっへっへ、スケベな身体しやがって……誘ってんだろ? 

 どれどれ、まずどこからいこうかなぁ?」


「た、助けてぇ! ケージぃ!! 犯される~~~っ!!」


「ぐへへへ! 呼んだって誰も来やしねえよ! 大人しくオレと結婚しやがれッ!!」


「いやぁぁぁっ! けだものぉっ!! ヘンタイっ!! おっぱい星人~~~~っ!!」


「……ッ。こ、これはこれでクルものがあるな……」


 なんとも見ていて微妙な気持ちになる子芝居だが、なぜか最後の断末魔だけはグサリと来る演技だった。というか明らかに炎夏が日ごろ律季に思っていることであった。

 全てのスクリーンに悲鳴を上げる炎夏と、罵倒されて興奮している律季の表情が映し出され――螢視の肉体が、少し震えはじめた。


「ウ、ウウウウウウッ……!」


「(あ、あれ?)」


「(う、うそ! もしかしてホントに……み、水鏡くん!!)」


「――ほ、ほぉら、騒いでないで、早く俺と……えーと、その……ち、誓いのキスをッ」


「……い、いやぁぁぁぁっ! 顔近づけないでぇっ! 

 こんな奴とちゅうなんてしたくないっ! ケージぃ! ケージぃぃぃっ!!」


「――いや……『ちゅう』って。可愛いですけど、マジですか炎夏さん。

 高校生がキスを『ちゅう』って言いますかフツー。なんか知りませんがスゲー興奮します」


 炎夏のまさかの発言に律季が素に戻る。ユウマも大音量でそれを聞き、「ブフォッ」と遠巻きに吹き出していた。

 「チュー」ですらない。「ちゅう」である。『キ〇レツ大百科』以外で聞いたことがない。律季はなんか知らないがすごく興奮した。


「こっ、この際マジでやっちゃいます? ――『ちゅう』しちゃいます?

 もう演技じゃないですけど、そこまでやったら文月先輩も起きると思うし……」


「君がやりたいだけでしょ!? 

 け、螢視ケージ、お願いだから出てきて! ほ、ホントにちゅうされるぅぅぅっ!!」


「ちゅ~~~~~~~~~~~っ♥♥」


「ぎゃぁぁぁぁ~~~~~~ッ!! たすけてぇ~~~~っ!!」


「――ウ、ウウウウウウウウッ……!! ガアアアアアア……ッ!!」


「……あ……!」


「――え? ま、まさか……!?」


 巨体が唸り、総身をよじる。

 律季と炎夏は顔を見合わせ、そして――巨体の胴体から、見慣れたクリーム色の髪がのぞいた。炎夏はまたしてもファーストキスを奪われかけたが、結果的には律季の凶行が功を奏したようだ。


「お……おー、やったぁ、計算通りィ……」


「だったら残念そうにするな!! 螢視ケージ、聞こえる!? 助けに来――」




 ――しかし、事態は最後まで、予想外の展開を見せたのである。



 そう、怪物の体の中からは、確かにクリーム色の髪をした人物が出て来たのである。しかしそれは、彼らの知る文月螢視ではなく――




「って……は?」




 怪物の体を脱け出て床へ落ちていく『彼女』は、姿で、ミルクのように白い肌をさらけ出し。

 クリーム色の頭髪は、絹糸のように細やかで……




「……え?」




 は、天道炎夏に負けず劣らずのサイズを誇り。

 睫毛が長く鼻筋の通った硬質の美貌は、女神のごとく美しかった。


 そう、その姿はまさしく――




「――ほ、炎夏ホノー、律季……ッ」





「「お、ォォォ!!??」」


 


 それはそれは、律季の好みにドストライクな、おっぱいのでかい美少女だったのである。

 そして彼女が使った二人称は――紛れもなくこの人物が、文月螢視であることを証明していた。


 

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