乳揉技巧とユウマの闇 その3


 ユウマの部屋から逃げ出した律季は、奇異の視線を買っていた。

 それもそのはず、今の律季は、至る所に裂傷を作り、すやすやと眠る螢視を運んでいるという不審者以外の何物でもない状態だ。警察を呼ばれないだけありがたかった。

 小柄な律季が螢視の長身を背負えるのは、『剛』の筋力強化のたまものであるが――身長差がありすぎるせいで猫背になっており、解除した瞬間ぶっ倒れてしまいそうだった。


(――向こうから炎夏さんが近づいてくるな……。見えてはないけど気配で分かる。『本体マスター』の権能ってやつか……)


「……あ! おーい、水鏡くーんっ!」


「いたいた」


 ――ばるんばるん♡ ぶるんぶるんっ♡

 向こうから、シャツ姿の炎夏が走って来ていた。爆乳が好き放題に揺れるのもお構いなしの全力疾走。実際に出ていたかはともかくとして……律季には確かに、『おっぱいが揺れる』音が聞こえた。

 律季に向けられるのとはまったく色彩の違う視線が炎夏に注がれていた。「うわぁ、おっぱいすげぇ……」「でけぇ……」「やべぇ……」と道行く者すべての目が語っていた。律季も危うく目を奪われかけたが、今はそんな事態ではない。


「状況はさっき電話で話した通りです。申し訳ありません……」


「水鏡くんが悪いわけじゃないわ。私の見立てが甘かったのよ」


 律季の服はところどころが無惨に裂け、血の染みができている。彼の『附属物バディ』にしてマネージャーでもある炎夏は、バスケ部の救急箱から持ち出した消毒液と軟膏で、テキパキと応急処置をした。

 そして炎夏が目の前でしゃがむことで、手当てされる側は深い谷間を見せつけられることになる。これは律季だけでなく、バスケ部員全員にとっての悩みの種だ。負傷するたびにとても危険なアングルになってしまい、目のやり場に困る。


「いててて、染みる……!」


「ごめんね。あとちょっとだから」


「はい、わかってます……。でも、文月先輩はこれどころじゃないですよ? 俺の怪我なんかより、急いで病院に連れて行った方がいいんじゃないですか?」


 深刻な表情をしながらも、律季の視線はまっすぐに炎夏の谷間を向いている。

 なんとも間の抜けた絵面だが、むしろ律季は真剣に考え事をしているからこそ、無意識に目がそこに行ってしまっているのだ。悪いのはむしろ男の本能を揺さぶる炎夏のデカパイである。


「……それも考えたけど、多分意味が無いわ」


 ユウマの魔法の危険性は、『欲望を強引に引き出して精神を消滅の危機に追い込む』ことである。

 いくら『機関』の息がかかっていようとも、病院の医療ではどうにもならない問題だ。それどころか、ユウマが螢視を狙って再襲撃をかけてきた場合、病院の患者なり看護師なりが巻き込まれることになりかねない。意味がないどころか、デメリットしか生まない選択肢だった。


「あと、君のケガだって軽くはないのよ。後回しになんてできるわけないわ。

 ――戦ってくれてありがとう。君のおかげで、少なくとも螢視ケージはさらわれずに済んだわ」


「……お礼なんていいですよ。だって、文月先輩が死ぬかもしれないんですよ……?」


「だから、それは君のせいじゃないってば。……というか、こんな事になるなんて誰にもわからないわよ。仮にもプロのエージェントが、任務でもないのにそんな行動に出るなんて……」


 律季は三人がマンションに入って行ったとき、部屋の外で張り込み、魔力を感知した時のみ突入するという作戦をとった。尾行がバレることは前提に、あえて気づかせて圧をかける狙いもあった。対応が遅れたのでも何かを見逃したのでもなく、最速で突入してもどうにもならなかっただけである。実際、律季は考えられる限りのことをやったのだし、たとえ炎夏がいても同じ結果になっただろう。

 彼女の言う通り、ユウマの行動に気づいて螢視を取り戻せただけでも相当にマシなのだ。ユウマはただ螢視を誘拐するだけでなく、使ことを企んでいるのだから。


「じゃあ、どうするんです? とりあえず安静にはさせておかないと良くない気がするんですが……」


「もう考えてあるわ。水鏡くん、今から予定は?」


「特にありませんよ。というかあっても予定の方を合わせます」


「そっか。んだけど、いいかな?」


「……はっ?」


 律季は炎夏に唖然とさせられた。それは普段の逆だった。

 

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