昭和舞鳥劇場・蒼き乙女の舞台戦争恋戯曲

鳥路

序幕:1936年「冒険戯作家への難題」

1:舞鳥

世は昭和

関東大震災の復興を終え、活気を取り戻した帝都ではあるものが盛んになっていた


《自由であることの何が悪い》

《私の人生は、私が決める》


あるものは「演劇」

震災で暗くなった世の中を、少しでも明るくできればと始まった演劇文化は帝都だけでなく、周辺地域に住まう人々の心を刺激し…

今や帝都は「演劇都市」と呼ばれるまでに発展

どこもかしこも劇団ばかり。昼夜問わず何かしらの舞台が開演している街になった


「紫苑ちゃん、そろそろ」

「了解です、桃李さん。準備を始めましょうか」


舞台が盛んになる一方で、この帝都では演劇関係の問題がいくつも発生した

ひとつ「場所の取り合い」、ふたつ「客の取り合い」

みっつ「役者と戯作家の取り合い」

劇団はいくつもある。しかし時間と場所…客に役者、専用の戯曲を書く戯作家だって限られた人数しか存在しない

取り合いが発生するのは、自然の摂理だ


「…いました」

「人数は三名ですね。ここは私にお任せを」

「お願いします」


役割をきちんと定めて、私は「それ」を片手に侵入者へと突撃する

できるだけ舞台に響かないよう、一瞬で終わらせなければならない


「…おはよーございまーす」

「「「ひっ!?」」」

「…早速ですが、お眠りくださいね」


一瞬の悲鳴は仕方がない

三人の首に、きちんとキャップがついている万年筆を勢いよく押し当てて、意識を奪えば仕事は完了だ


「相変わらずの仕事っぷりだ」

「私が作り上げた世界を、こいつらが生む雑音でかき消されたくはないので」

「そうだね。同じ創作者として、君の気持ちは理解できる」

「情報の聞き出しは桃李さんに頼みます。ついでにそいつらのところに「宣戦布告」もお忘れなく。売られた喧嘩はきちんと購入するのが、舞鳥の流儀です」

「勿論。ところで、紫苑ちゃんはこれからどうするんだい?尋問に参加するの?」

「私は朱音の舞台を見てきます。この再演、今日が最後なので」

「了解。じゃあまた後で」


帝都に蔓延る演劇問題は解決する気配はなく、むしろ年々悪化している

今回のように、舞台裏に侵入した第三者が舞台を壊す…なんてこともよくある話だ

最もそれは昔の話。今はかつてほど野蛮ではない

劇団同士の問題を表面上だけでも解決する為、帝都はあるルールを劇団へと施行させた

それこそが「舞台戦争」

誇りと信念、そして存続をかけて行う、劇団同士の潰し合いだ

今回の三人また彼らが属する劇団は…そのルールを破った異端者だ

…守るべきものを守らない人間に、この世界で生きる場所はない


《これから歩む先にある、私の人生は自由であるだろうか》

《それはまだわからない。知るために、私は進み続ける》

《この、果てのない旅路を———》


舞台が閉幕する。ギリギリ終盤には戻ることができたらしい

割れるような拍手に対し、頭を下げる彼は「雲雀朱音ひばりあかね

幕が下がりきると同時に、大きな息を吐いた彼は小走り気味に私のところへ駆け寄ってくる


「紫苑」

「おお、朱音。今日も完璧でしたよ」

「…全部見てなかったでしょ」

「おや、気づかれていましたか」

「流石に気がつくよ。相棒の姿が見えなくなるのは「そういうこと」なんだから」

「…」

「侵入者、いたんだろう?」


あんな大勢の前で演技をしていても、私の不在に気がつくか。流石は私の相棒と言ったところか

私は開演中、舞台袖から離れることが滅多にない

あるとしたら、今日みたいな侵入者がいた時だ


「ええ。三人ほど」

「えぇ!?ここ、できたばかりだよ!?もう三人も侵入を許したって…」

「色々と対策を考えないといけない話ですよねぇ」

「そうだね。今回はどうしたの?」

「今回は捕縛で。侵入経路を含む情報を聞き出さないといけないので。万年筆でドスッと!」

「そっか」

「どやぁ。まあ、私の舞台をぶち壊そうとした報いです。あの三人だけでなく」

「彼らが属する劇団にも、それ相応の報いを受けてもらわないとね」


「流石朱音、話が早くて助かります」

「君の相棒を五年も続けていたら、自然とわかるものだし…それに」

「?」

「今日の舞台は再演とはいえ、君が最初に書き上げた戯曲。俺が初めて演じた戯曲で、再興した舞鳥にとって、路上だったとはいえ初めて行った公演だ」

「そうですね。団長も、今回は「記念公演」として売り出していると」

「そんな公演を汚されて、黙っているわけにはいかない」

「勿論です」


朱音と共に劇場を出て、裏に用意された控え室の廊下を歩いて行く

本来ならば、次の予定になった「舞台戦争」の打ち合わせを舞鳥の面々でやりたいところなのだが…やるべき仕事はまだ残されている

舞台裏で潰し合いをするのが、劇団の仕事ではない

来てくれたお客様を喜ばせることこそが、本来の仕事なのだから


「でも、まずは「こちら」のお仕事からしましょう」

「そうだね」


今日の舞台は舞鳥にとって「記念公演」

一度没落した舞鳥が再興してから五年という年月と、舞鳥専用劇場のこけら落としとして行われたもの

しかもその千秋楽。立ち見で観劇してくれたお客様も多い

ここへ足を運んでくれた方々に、数多の劇団の中から私たちに時間をくれた方々に挨拶をしに行くのは当然の事

…不届者への対処は、その後です


「挨拶は大事ですものね」

「しかし、こういうのは…普通団長の仕事では?」

「どうせ団長は尋問中です。役不足かもしれませんが」

「むしろ団長よりは喜んで貰えると思うよ。なんせ俺たちは看板役者と、専属戯作家。舞鳥を表と裏から支えた立役者なんだから。自信を持っていこう」

「はい」


彼女に代わり、劇場に来てくれた方々へ挨拶をしなければいけない

去りゆく人々にお礼をいいながら、私は今日来てくれているであろう人を探す

それはどうやら朱音もらしい


「今日もいるかな」

「…いてくれないと困ります」

「もしかして、燕河さん?」

「違います。あの人は心配しなくてもいてくれるので」

「謎の信用…まあ、燕河さんはどんな時も欠かさず来てくれているけれども。紫苑が燕河さん以外を探すのは珍しいなと思ってね。今日は誰か招待しているのかい?」

「は、はい。今日はチケットを渡している相手がいるんです。その人は体調さえよければ来てくれているはずなので…探してきます!」


慌てた足取りで、人混みの中へ入り込んでいく

前が上手く見えない中、誰かにぶつかってしまった


「おっと」

「ひゃう!すみません、急いでいたものですから」

「…またかよ、鴇宮先生。今度はなんだ?侵入者か?それとも探し人か?」


顔を上げると、そこには見慣れた常連

今日も絶対にいると思った彼はよろけた私を受け止めて、急いでいた理由を尋ねてくれる


「燕河さん」

「おう」

「探し人は貴方じゃありません。侵入者は捕縛済み」

「わかってるよ…なんだこの手は」

「ちょうどよかった。せっかくなので菜穂子さんと玄さんを探すのに付き合ってください」


服の裾を掴んで、彼を引き留め…そのまま裾を引きながら歩いて行く


「おいおい鴇宮先生、服が伸びる。ちょっと離せ。人捜しには付き合ってやるから」

「はい」

「はぐれないよう、手でも繋ぐか?」

「…他人と、ましてや殿方と手を繋ぐなんてはしたないことだと思います」


当たり前の反応を見せると、燕河さんは口をあんぐり開けて私を見下ろしていました

私が至極当然なことを言っただけだと思います

言葉を振り返っても、おかしな事は何一つ言っていない


「なにか驚くようなことでも?」

「ああ、いや。なんだかんだでお前と関わって五年が経過しているわけで」

「他人が不服ですか?」

「そうじゃない。この五年間、お前の言動をしっかり見てきて上で言わせて貰うぞ」

「はい」

「俺はお前に「はしたない」って概念があったことに驚きだわ」

「殴り飛ばしていいですか」

「そういうところな。とりあえず俺は人よけになりながら前を進むから。お前は探すのと、俺について行くのに集中しろ。らしい人見つけたら声かけてくれ」

「ありがとうございます」


彼の背を追いかけながら、私は人探しを再開する


1936年4月

鴇宮紫苑ときみやしおん、12歳

今日もまた、私は帝都で賑やかに「らしさ」とかけ離れた生活を送っていた

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