黒鳥の最期

缶乃

第1話

 彼女は、「悪魔の娘」だと噂されていた。

 今日も、登校中の電車の中で、教室の片隅で、あるいは学食のざわめきの一部として、ため息が生まれてはひっそりと消えていく。

「てか聞いた? 古賀も夜森に告ってフラれたって」

「マジか。もはや学校のやつ全滅じゃね?」

「男もダメ、女もダメ、年上も年下もダメ。何人泣かせてんのかね」

 夜森望月 よるもりみつきは、この世の誰もを魅了せんとばかりにひときわ美しい。

 腰までの長さの、丁寧に手入れがなされているとわかる、つややかな黒髪。黒曜石の瞳。膝丈の、黒一色の地味なデザインのセーラー服までもが、彼女のために仕立てられたかのように輝きを放つ。60デニールの黒タイツと、磨き上げられた黒のローファー。その白い肌と、さりげないピンクのリップとネイルを除けば、彼女のスタイルはみごとに黒で統一されていた。

 これまでに、何人もの王子様、もしくはお姫様がその黒い美しさに魅入られ、彼女を独占したいと願い、そう申し入れるも、ことごとく断られてきた。誰も彼女の心を手に入れることはできないのだ。だから人は彼女を指してこう言う。

「まるで悪魔みたいだな」

 でも、そうじゃないってこと、私だけはわかっているよ。

 藤島さおりは、ななめ前の席に座る望月のうしろ姿へ、心のなかでそう語りかけた。ほんとうは、直接伝えてしまいたかったが、今は授業中である。さおりのささやきはそっと胸にしまわれた。

 さおりと望月は、2年1組のクラスメイトだ。2年生に上がるタイミングでのクラス替えで同じクラスとなり、先日の席替えでこの席順を手に入れた。それだけだ。特別親しいわけでも、親しくないわけでもない。しかしさおりは、一年前の自分が何を考えて生きていたのかもう思い出せない。ノートにペンを走らせる望月の、その白くて細い指を見ていると、頭の芯がくらくらしてきて、彼女のことしか考えられなくなるのだ。心臓にぱちりと火花が散る感覚。それはさおりにとって幸福でもあった。この感情を持たなかった一年前、自分は真の意味では生まれていなかったのかもしれない。生まれていなかったから、昨年の自分が何を思って暮らしていたのか思い出せないのだ。さおりはそう感じていた。

 ふと、望月と目が合った。望月と、そのななめ後ろの席に座るさおりの目が合うことなんてほとんどない。先ほどのささやきが伝わってしまったのだろうか。ありえないと思いながらも、心臓はどきりと跳ねた。望月がなにか口を開こうとした瞬間、さおりの頭上から声が降ってきた。

「藤島さん!」

 数学教師の声だった。そうだった、今は授業中なのだった。次の問題の計算式と答えを黒板に書いて、と言われ、さおりは慌てて返事をして、教科書をぱらぱらとめくる。どの問題ですか、と問いかけると、先生は呆れたような声音で問2の(3)、と答えた。

 望月を見つめるのに一生懸命で、さっぱり話を聞いていなかったさおりにはこの問題は難しすぎた。黒板の前で、チョークを右手に硬直するしかなかった。どうしよう、授業が止まってしまう。こんな晒し者みたいな状況あんまりだよ、と嘆いていると、背後から透き通った声が響いた。望月の声だ。

「先生。その問題、私が代わりに答えても構いませんか?」

 まあ、夜森さんならいいか、と先生がつぶやく声が後から聞こえた。望月が席を立ち、黒板へ歩み寄ってくる。さおりはどうしていいのかわからず、望月のほうへ振り向くので精一杯だった。望月はさおりのすぐ隣に立ち、そっとチョークをさおりから預かる。耳元に吐息がかかる。

「まかせて」

 間近に望月の声がした。ばくん、とさおりの心臓が音を立てたのがわかった。

 そこからは一瞬の出来事だったように思う。望月が黒板に向かっていたのだから、それなりの時間が経っていたのかもしれないが、さおりにとってはまばたきの間の出来事だった。どくんどくんと脈打つ心臓をなだめるのに必死で、先生の、はい正解、藤島さん、もう戻ってもいいですよ、の声もどこかぼんやりと聞こえた気がした。


 次の授業は体育館でのバスケットボールだった。ジャージを着て、長い黒髪をポニーテールに結った望月を見つけて、さおりは走り寄る。

「夜森さん、さっきはありがとう! あとでお礼させて」

 さおりの申し出を聞いて、望月は困ったように笑った。

「お礼なんて……気にしないでください」

 でも……と、さおりは食い下がった。困ったところを助けてもらったのだからお礼をしなければ、という純粋な気持ちもあったし、これまでと違う関係性を築く一歩になるかもしれない、という下心もあった。望月は少し思案して、じゃあ、とさおりの手を取った。お互いの手のひらを合わせて、指を組み合わせる。変な汗をかいていないだろうか、とさおりは少し心配になった。望月はにっこりと笑って、さおりに告げる。

「いつか私が困ったときは、助けてくれると嬉しいです」

 望月の笑顔を真正面から受け取ったことなんて、これまでにあっただろうか。さおりは自分の頬が紅潮するのを感じた。もちろん、と答えた声は震えていなかっただろうか。手のひらから自分のきもちが伝わってしまわないように、早く離れてしまいたいような、この時間が永遠に続けばいいような、そんな気持ちだった。

 笛の音が聞こえて、コートの人員の交代の時間を知らせた。望月はそれじゃあ、と言ってコートへ向かっていく。望月と対照的に、さおりは補欠要員だったので、おとなしく体育館の隅に座って望月を眺めることにした。

 望月がシュートを決めるたびに、周囲から感嘆の声が漏れる。望月は勉強だけでなく、スポーツもできるのだ。美人で、文武両道、しかもモテる。そんな人が困る時なんて、本当にあるのだろうか。心臓の高鳴りが少し落ち着いたさおりは、そんなことを考えていた。


 昼休み、さおりは昼食を買うために友人たちと購買へ足を運んだ。目当てのジャムパンとプリンをひとつずつ買って、お気に入りの飲み物を買うために自販機へ向かう。ふと窓の外を見ると、きれいな黒髪がたなびくのが見えた。望月だ。裏庭の方向へ歩いていくのだろうか。裏庭なんてなにもないはずなのに、と望月の動向がなぜか気になった。友人たちに、先に食べてて、と告げて、さおりは望月を追いかけることにした。

 校舎の角から望月を眺める。望月はしゃがみこんでなにかつぶやいていた。その手元をよく見ると、一匹の黒い猫がいるのが見える。望月は、裏庭にいる猫におやつをあげに来ていたのだ。

 望月の手からおとなしくおやつを食べているように見えた黒猫だったが、突然望月の膝の上からパンを奪って逃げ去った。

「あっ、あぁ!? そっちは違……!!」

 望月が珍しく素っ頓狂な声を挙げた。状況から察するに、おそらく望月が食べるつもりだったパンを猫が盗っていったのだろう、とさおりは思った。少し猫を追いかける仕草を見せた望月だったが、さすがに猫には追いつけないと悟ったのか、裏庭に立ち尽くしていた。

「夜森さん……?」

 さおりは校舎の角から望月のうしろへと移動し、そっと声をかける。望月は、藤島さん!? と驚いた表情を見せていた。

「夜森さん、お昼ごはんとられちゃったの?」

「……油断しました」

 恥ずかしいところを見られた、と言わんばかりの表情で望月はそう答えた。お昼ごはんを猫に盗られたということは、望月が食べるものはなくなってしまったはずだ。もしかして、今が夜森さんを助けるべき時なのかもしれない。さおりは望月へそっとジャムパンを差し出した。

「よ、よかったら、これ食べて!」

 望月は一瞬きょとんとした顔を見せた。でも、それは藤島さんのお昼ごはんじゃ……、と遠慮する望月に、いいから、と押し付けるようにジャムパンを手渡す。

「……ありがとうございます」

 望月は遠慮がちにパンを受け取り、そして笑った。望月の笑顔を見ると、さおりの心臓はどくどくと鼓動を早める。

「ここのこと、ふたりのひみつにしてくださいね」

 あの猫ちゃん、人がたくさんいるところは苦手みたいだから、と、望月はそういって唇の前に人差し指を立てた。ふたりのひみつ。このままでは全身が心臓になってしまう。そう思って、別れのあいさつもそこそこに足早にその場を立ち去った。あの場でプリンを食べていたら、夜森さんとふたりきりのランチができたのに、と気がついたのは、友人たちのいる教室に戻ってからだった。

 ふたりのひみつ。

 ふたりのひみつ。

 なんて甘美な響きなんだろう。夜森さんとのあいだに特別な関係が生まれた気がした。午後の授業には当然身が入らず、すべてがただ目の前を流れていくような、そんな感覚だった。きっとあの裏庭は、望月にとって大事な場所なのだろう。そこに自分を招き入れてくれた。夜森さんは、私のことどう思ってる? きっとただのクラスメイトだろう。でも、もしもそれだけじゃなくなったとしたら? 私が夜森さんのことを思っているように、少しだけでも夜森さんが私のことを考えてくれていたら? 動悸がおさまらなくて、心臓ははち切れそうだった。この気持ちをずっとひとりで抱えておくことは、もうできないだろう。さおりはスマートフォンを手に取った。メッセージアプリを開き、望月とのやりとりを開く。履歴にあったのは、最初に連絡先を交換した時に交わした事務的なあいさつだけだ。震える指で、さおりは望月にメッセージを送った。伝えたいことがあります。放課後、時間ください。既読マークはすぐについて、わかりました、と簡単なメッセージが返ってきた。

 ああ、ついに送っちゃったよ! どうしよう!?

 約束の場所は、校舎裏だった。建物に日が遮られて薄暗いそこに、望月とさおりはいた。

「それで、藤島さん。伝えたいことって何かしら」

 薄い闇の中で、望月は曖昧な笑みを浮かべていた。これから何が起こるかわかっているかのような、そんな表情だった。ありったけの勇気をふりしぼって、お辞儀をするような姿勢で、さおりは叫んだ。

「……夜森さん、好きです! 私とっ……つきあってください!!」

 人生で初めての告白だった。

 大丈夫かな!? 言いたいこと伝わってるかな!? こんな言葉、言われ慣れててなんとも思ってもらえないかも? でも……もしも、夜森さんも同じ気持ちだったら……


 ……って、思ってるんだろうなあ。

 望月の心臓がどくんと音を立てる。

 腹の底から何かが湧き上がってくる。それは喜びかもしれないし、快感かもしれなかった。

 

 ああ、告白! なんて面白いのかしら!!


「その、ずっとステキだなと思ってて……」

 甘い勇気が場に満ちる。

「夜森さんと私じゃつりあわないかもだけど」

 鼓動と光が共振する。

「でも私、本当に夜森さんが好きなの!」

 わたし、このために生きている!!!!


「ごめんなさい」

 望月は深くお辞儀をした。

「相手が誰でもお付き合いは考えてないんです。恋人って形式に正直、興味がわかないというか」

 もう何十回と繰り返した台詞だ。申し訳なさそうな表情にだって自信がある。

「今は勉強や生徒会活動を頑張りたいので、お付き合いはできません」

 さおりは一瞬あっけにとられたような表情を見せたが、すぐに後悔と理解がないまぜになった顔を見せ、次第にうつむいていった。これも、望月がもう何十回と見た光景だ。

「……そっか。ありがとう。聞いてもらえただけでも、嬉し……」

 さおりはぽろぽろと涙をこぼし始めた。涙を拭いながら、ご、ごめん、わたし……もう行くね、と足早に校舎裏を立ち去る。眉尻を下げながらその姿を見守った望月は、表情を笑顔に変えて、ひとつ大きく伸びをした。

「ああ、面白かった!」

 藤島さん、わかりやすいんだもの。心の声が聞こえそうだったわ。

 その時、ピコン、と望月のスマートフォンが鳴る。画面を見ると、メッセージアプリに新しいメッセージが届いていた。生徒会室、至急。とだけ書かれたそのメッセージを見て、望月はため息をついた。

「面白い時間って儚い」


 望月は裏庭から生徒会室へと向かった。生徒会室の扉を開けると、そこには、望月に似た顔立ちに眼鏡をかけた、学ラン姿の男子生徒がひとりで座っていた。この学校の現生徒会長であり、望月の兄でもある、夜森朔 よるもりはじめだ。望月と対面して早々に、朔は望月をひと睨みした。

「望月。今週に入ってまたふたり振ったらしいな」

 兄として一応心配してるんだぞ。いつか刺されるからな。と言葉を続ける。耳が早いこと、と思いながら、望月は反論した。

「兄さん。仕方がないことなんです。私は私なりに人にやさしく生きようとしているだけ。そしてなぜか皆、私を好きになってしまうだけ……」

「はい嘘~~~~~。お前は他人をおもちゃにすることを楽しんでいる!!『他人に求められることがきもちいい』『求められ続けるためには特定の恋人は邪魔』……交際を断り続ける理由はそんなところだろう」

「さすが兄さん! 私のことなんてお見通しですね」

「他人の気持ちをもてあそぶな!」

 けらけらと笑う望月に、朔は思わず机を叩いた。そして頭を抱えて、何が楽しいのか全くわからん、と呟く。望月は、そのきもちこそよくわからない、といった表情で言葉を返した。

「人に好かれたい、俗っぽく言えばモテたいなんて、普遍的な欲求ですよね。付き合う直前が一番面白いのも事実です」

「な!? 彼女とか出来た後のがなんかもっと……イチャイチャしたりして面白いんじゃないのか!?」

 いや俺は彼女いたことないけども、と続ける兄に、ひとそれぞれですねえ、と望月は適当な返事をした。朔はひときわ大きなため息を付くと、我が妹ながら悪の組織の女幹部みたいなヤツだ、と嘆く。

「まったく……いい加減にしておけよ。これ今日の用件」

 朔はそう言って数枚の書類を望月に手渡す。

「あら、お説教じゃないんですね、用件って」

 書類を受け取った望月はそれをざっと眺めた。どうやら写真部の部員名簿のようだ。朔は真面目な顔で望月に告げる。

「部員は5名。……だけど昨年度ひとり卒業生がいて4人になってる」

 望月が書類をよく見ると、たしかに5人分の名前が書いてあった。ぺらりと書類をめくると、昨年度の名簿が出てくる。一枚前の書類と、3年生の部員の名前が被っている。つまり、すでに卒業した生徒の名前を名簿に書いて提出し、部員をかさ増しして見せているということだ。

「5人に足りないことを知られたら、部から降格……予算も出なくなるからな。ごまかそうって魂胆だろう」

「なるほど。つまり今年度の正しい名簿を回収すればいいんですね?」

 任せてください、とにっこり笑って望月は告げる。頼んだぞ、と朔は自分の仕事に戻っていった。


 望月は部室棟へと移動した。そしてとあるドアの前で足を止める。写真部は、人数の少ないさまざまな部活といっしょにひとつの部室に押し込まれて存在していた。コンコン、とドアをノックし、失礼します、とドアを開ける。ちょうど向かいの窓から西日が差し込む形となり、そのまぶしさに望月はくらりとした。思わず書類を取り落とす。

 きらびやかな西日に包まれて、ひとりの女子生徒が立っていた。黒のセーラー服の上にカーディガンを羽織っており、ショートヘアがボーイッシュな印象を与える。写真部の生徒だろうか。望月が切り出す前に、女子生徒はあやしい者を見る目で呟いた。

「……誰?」

 誰? この私を知らない? 自分の存在感に自信を持っている望月は、心に少なくないダメージを受けた。気を取り直して自己紹介をする。

「生徒会書紀の夜森望月です。写真部の方ですか?」

「写真部部長の千勝 ちかつまもり」

 女子生徒は端的にそう答えて、さりげなくカーテンを閉めた。まぶしさから立ち直った望月は書類を拾って、この部室を訪れた用件をまもりに伝えた。

「……というわけで、今年度の名簿、いまここで提出していただけます?」

 まもりは、ばれたか、と舌打ちをして、わかったよ、と望月から真新しい部員名簿を受け取った。そのまま机へと向かって、正しい名簿の制作を始める。

 望月も千勝まもりのことをよく知らないが、自分に対する「誰?」という反応から見て周りにあまり興味がないタイプだろうということは推測できた。いままでいろんな人間をターゲットにして、自分を好きにさせて、告白させては振ることを繰り返してきた望月だが、こういったタイプはいなかったように思う。そういう人を落とすのも面白いかも、と、望月はくすりと笑った。

 手持ち無沙汰になった望月は、部室を見て回ることにした。一応それぞれの部活ごとの境界線はあるようだが、部室にひとつだけある本棚にはさまざまなジャンルの本が押し込められていて、混沌としていた。カメラ、アマチュア無線、囲碁将棋……などの本をざっと見ているうちに、一冊の本を見つけた。それは絵本だった。この場にふさわしいような、ふさわしくないような存在だ。不思議と気を惹かれて、望月はそれを手に取った。『白鳥の湖』だ。

 『白鳥の湖』は、悪魔により白鳥に姿を変えられた娘・オデットと、王子・ジークフリートの恋愛の行方を描いた物語だ。途中、オデットと瓜二つの黒鳥・オディールが現れ、ジークフリートを惑わせる。絵本のラストのページは破り取られており、この絵本の結末はわからなかった。

 本を棚に戻し、部室を見回すと、写真部の展示スペースのようなものがあるのがわかった。近寄ってよく見ると、さまざまな写真が展示されているのがわかる。その中には猫の写真があった。

「猫ちゃん......! あの!この写真はまもりさんが?」

 望月は思わず背後のまもりに声をかける。まもりはちょうど名簿を書き終えたようで、望月の方へと無言で歩み寄ってきた。

「素敵です! 猫ちゃんかわいい……。他にはないんですか? 猫ちゃんの写真!」

 目を輝かせてまもりに話しかける望月とは対照的に、まもりはきつい眼差しで名簿を望月へ押し付けた。これ、とだけ告げて、くるりと踵を返す。初対面にしては態度が厳しい気がした。

「あの、私なにか気に触ることしましたか? もしそうなら謝りたいんですけど」

 望月が眉尻を下げながらまもりの背中に話しかける。この表情で許されなかったことはないと、望月は経験上知っている。しかしまもりは、望月に背中を向けたまま険しい声色で返事をした。

「……あたしの写真を褒めるなんて、何が目的?」

 あたしの写真にいいところなんかもなんにもないって、あたしが一番よくわかってるのに。適当なこといわないでよ。

 望月には、写真の良し悪しはよくわからなかった。ただ猫が映っていたから褒めてみせただけだ。それが彼女のなにかを踏み抜いたのだろうか?

「そうやって他人の懐に入り込んで、相手を思い通りに操ろうって?」

「えぇ!? ペシミストですねぇ。私は猫ちゃんが好きなだけですよ」

 望月はまもりへ少しだけ歩み寄る。そしてにやりと笑った。相手はこちらを見ていない。望月がどんな表情でまもりを見ているかなんて、知る由もないのだから。

「まもりさんと仲良くなれたらいいな、とも思っていますけど……」

 カーテンに遮られたやわらかな西日の中で、まもりは上半身だけで振り向いた。そして望月をきつい瞳で睨みつけて答えた。

「あたしはあなたにひとかけらも興味ないから」

 まもりは望月の手を掴むと、望月を部室の外へ追い出した。西日がまもりの背後から輝いた。まるで悪魔を拒絶して、彼女を守るかのように。

「これ以上関わらないで」

 ばたん、と扉が閉まる。望月はしばし立ち尽くしていた。こんな対応をされたのは初めてだ。慎重に詰めたつもりだが、距離感を間違えたのだろうか? それにしても激昂しすぎのような、他に理由がありそうな……。

 西日の陰でも燦然と輝く、あの拒絶の瞳を思い出す。

 千勝まもり……面白い!!


 翌日、自分の机で次の授業の準備をしている望月の耳に、ばたばたとした足音が聞こえてきた。

「夜森望月!!!」

「はい?」

 千勝まもりだ。まもりは一枚の書類を望月の眼前に突きつけた。

「なんだこれ!?」

「あー、私の入部届ですねえ。写真部の」

「なんでそんな落ち着いてんだよ腹立つな!!」

 まもりは腕を組んで、あくまで拒絶の姿勢を崩さないまま告げる。

「言ったよね? これ以上関わるなって」

 それを受けた望月は、瞳をうるませて答えた。

「相談もせずすみません、良かれと思ったんです! これで部員が5人になって、写真部もこれまで通り続けられます」

 まもりは舌打ちをして、痛いところを突かれた、という顔をした。写真部が部員を欲していたのは事実だ。

「それに部室でいろいろ見せていただいて、興味が湧いたんです! 面白そうだなあって」

 望月は椅子から立ち上がり、まもりにそっと近づくと、まもりの耳元へ唇を寄せた。

「私は、あなたに、興味あるんです」

 まもりは望月をはねつけた。そして眉根を寄せて、語気を強める。

「あたしは認めないから! 関わってこないで!!」

 肩を怒らせてまもりは去っていく。望月にとって初めてのことだ。こんなに拒絶されるのは。心臓の高鳴りを感じる。誰に告白されても、ここまで高揚することはなかったように思えた。この拒絶を乗り越えて、千勝まもりが望月のことを好きになり、告白してきたとしたなら、どれだけきもちがいいことだろう。誰にも、もちろんまもりにも見えないような薄暗い場所で、望月はくすりと笑った。

「千勝まもり。私のこと、好きだと言わせてみせます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒鳥の最期 缶乃 @canno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ