第4話

 「話したくないことは、無理して話さなくていいからな。」


 駿はあれだけ興味ありげな表情を見せておきながら、気を使ってくれているようだった。


 こいつは意外と優しいのかも。


「すでにあんたは気がついているのでしょう?学校での私は本来の私と別人だと。」


「ああ。いつもの能天気な静羽じゃ数学検定一級なんて受かんないもんな。」


「それは私の演技が上手いということでいいかな…。」


 笑って誤魔化した。


「疲れないのか?そんなんじゃ毎日しんどいだろう…。」


 駿は落ち着いた声で尋ねてきた。このタイミングでその優しい声は反則でしょう。


 「うーん。本来の私を出すほうが、いろんな意味で疲れる。これくらいの人生が調度いい。」


 思わず本音をこぼした。


「家ではの静羽なんだ?」


「真面目な方。ずっと馬鹿やってると本当の馬鹿になっちゃうから。」


 「そっか…。」


 今度は興味無さそうなそっけない返事。こいつは何を考えているのかわからないもんだな。


 駿はちょっと考え込むと、鞄の中をガサゴソと漁り財布を取り出した。


 じゃらじゃらと小銭の音をならし、テーブルの上に800円を出す。


 「800円以上の価値がありそうだから、契約は変更しよう。」


 駿は私の方へ小銭を差し出した。


「はっ…?ふざけないでよ。さっきこれでいいって言った…」


「代わりに俺のお願いを一つ聞いてほしい。」


 動揺する私の言葉は遮られ、駿はまた優しい声で言った。


「内容によるわよ。先に条件を提示して。」


 確実な口止めが最優先だから、最善は尽くさなければ。というかこいつはセコくないか…?完全に弱みを握ったことを利用しようとしている。


「俺と付き合ってほしい。」


「…。」


意味がわからなかった。


「今、私が付き合ってもらってるんだけど。他にどこか行きたい場所があるってこと?」


 「いやそういう意味じゃない。えっと…。彼女になってほしいんだよ。」


 「…?みたいな一人称・二人称的関係じゃなくて、三人称的な関係を望んでるってこと?」


 なんだ?その関係?三人称ってたぶん遠い関係だよな?


「いや、言わないとわかんないのか…?俺は、お前が好きだ。恋人になってくれ。」


 「…。そういうことか。」


 8000円の高級ステーキが食べたいとでも言ってくるのかと思った。


 しかし、それと同じくらい面倒な依頼だ。 

 どうするべきか。瞬時に考える。


 事情を知っている人が一人くらいいたほうが、今後の学校生活で融通がきくだろう。


 それに完璧な馬鹿を演じる上では、協力者がいたほうが都合がいい。


 「その話、乗った。」


 目が合うと、お互いににやりと笑いあうのであった。


_____________________

 

「疲れないのか?そんなんじゃ毎日しんどいだろう…。」


 俺の予想通り静羽は学校で馬鹿を演じているらしい。

 頭がよいのに無理して馬鹿なふりをするのは、結構しんどいと思う。

 演技だけならともかく、テストの点数までもコントロールしているわけだから、相当な苦悩だろう。


「うーん。本来の私を出すほうが、いろんな意味で疲れる。これくらいの人生が調度いい。」

 わけアリで今の状況に至るというわけか。

 やはりこれはあれだ。俺だけが彼女の秘密を握ってしまったというやつだ。 


「家ではの静羽なんだ?」 


 冷静なふりして会話を続けるが、心臓の音がうるさい。


「真面目な方。ずっと馬鹿やってると本当の馬鹿になっちゃうから。」 


 いつも元気な一軍女子が、実は頭脳明晰で、俺だけに秘密を明かしているなんて、この状況はだいぶやばいぞ。 


 こんなシチュエーションは二度と起こらない。この機を逃したら終わりだ。


 「そっか…。」 


 俺は冷静に考える。 

 今日を過ぎたら、静羽が俺に取る態度は二択に絞られる。秘密を知ってしまった仲だからとこれまでより親密になるか、秘密を知られたことをきっかけに空気のように扱われるか。 


 後者だった場合、俺は日本を代表する虚しい高校生になってしまう。

 一年間片思いした相手に秘密を明かされた挙げ句の果てに、避けられ続けるなんてついてないにも程がある。 


 こうなったら賭けに出るしかない。日本語には一か八かという言葉があるが今回の場合は一か二かといったところか。どうせ悲しい未来を歩むなら最後に告白くらいしておくか。 

 

「800円以上の価値がありそうだから、契約は変更しよう。」


「はっ…?ふざけないでよ。さっきこれでいいって言った…」


「代わりに俺のお願いを一つ聞いてほしい。」


 いいぞ。この動揺ぶりなら、正常な思考はできなくなっている可能性がある。 


「内容によるわよ。先に条件を提示して。」 


 いや。やはり冷静か。なんでもいいや。俺は彼女の目を見て伝えた。 


「俺と付き合ってほしい。」 


「今、私が付き合ってもらってるんだけど。他にどこか行きたい場所があるってこと?」 

 

 いや…?言い方が悪かったか。 


「いやそういう意味じゃない。えっと…。彼女になってほしいんだよ。」 


 何回も言わせるなんて、こいつもなかなかやるな。 


「…?みたいな二人称的関係じゃなくて、三人称的な関係を望んでるってこと?」 


 は…?こいつはやっぱり馬鹿なのか?今からでも取り消すべきか?どうでもよくなった俺は、さらっと口にしてしまった。


 「いや。言わないとわかんないのかよ。俺は、お前が好きだ。恋人になってくれ。」


 「…。そういうことか。」 


 やっと理解したらしい。 


 そして俺は悟った。やっぱりこれは無理だ。

彼女の目が必死に何かを考えている。きっと断る理由を考えているんだ。


 「その話、乗った。」


 彼女は俺を見つめるとにやりと笑った。 


 いつもの静羽とはちがう笑顔に、俺もつられて笑顔になってしまった。


 


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